投稿者「百木漠」のアーカイブ

5月17日『nyx』エコノミー特集読書会レポート

去る5月17日に雑誌『nyx(ニュクス)』エコノミー特集の読書会を開催しました。この読書会は、編集者さんの希望で一般告知は行わず、京都アカデメイアのメーリングリストのみで告知をさせていただきました。(こういうケースもあるので、ぜひ京都アカデメイアのメーリングリストにご登録を!今後のイベント情報などお伝えします)

『nyx』は2015年1月に創刊されたばかりの新しい思想雑誌です。若い力で現状の閉塞したアカデミズムに風穴を開けようという意志と気概が感じられる創刊号になっています。第一特集は「〈エコノミー〉概念の思想史 アリストテレスからピケティへ」、第二特集は「現代ラカン派の理論展開」。若手の俊英研究者たちの論考とともに、ピケティ・アガンベン・ナンシーなど海外の著名な研究者の翻訳論文も掲載されていて、非常に充実した内容です。
(参考)堀之内出版blog記事:新思想誌『nyx(ニュクス)』創刊
産経ニュース:実学偏重、業績主義の傾向強まる中、若手研究者が思想誌「nyx」創刊

nyx

当日は『nyx』エコノミー特集の主幹をつとめられた佐々木雄大さんと編集者の小林えみさんをお招きしてのイベント開催となりました。
まず私(百木)から『nyx』についての全体的な感想や疑問、そこから発展させた私なりの問題関心などをお話しさせていただきました。次に佐々木さんからそれに対するレスポンスをいただき、さらに参加者全員でディスカッション&質疑応答タイム、という段取りでした。

最後は会場全体で佐々木さんを質問攻め&リクエスト攻め、のようなかたちになってしまって少し申し訳なかったのですが、全体的に議論は盛り上がり、参加者の方の満足度も高かったように感じています。個人的には、図らずも「東京vs京都」の価値観や思考方法の違いが浮き彫りになって面白い化学反応が起こったのではないかなと思ったりもしています。

大きな論点になったひとつのポイントは、「そもそも今『エコノミー概念の思想史』を特集することの意義はどこにあったのか」ということでした。この特集では、古代から現代に至るまで「エコノミー」概念がどのような思想的変遷をたどり、それぞれの時代・社会でどのような役割を果たしてきたかということが詳細に検討されています。「エコノミー」と聞いてわれわれが真っ先に思い浮かべるのはもちろん「経済」(とりわけ市場経済・貨幣経済)という意味ですが、実はこの「エコノミー」という概念はそれだけに収まらない多様で豊潤な意味(役割)を持っていたことが示されます。

例えば、古代ギリシアでは「エコノミー」の語源になった「オイコノミア」は「家政術」を意味する言葉でしたし、中世社会では「オイコノミア」は「神による統治」「神が定めた配置・配剤・秩序」といった意味合いをもっていました。さらに近世社会では「自然のエコノミー」「動物のエコノミー」といったかたちで、自然・生物に与えられた秩序を意味するものでもありました。われわれに馴染み深い「(市場)経済」という意味での「エコノミー」という語が用いられるようになるのは、あくまで18世紀後半以降の傾向にすぎません。

このような「エコノミー」概念の多様性・豊潤さを知るうえではこの特集はとても有用です。しかしそのような概念史的変遷を踏まえたうえで、ではその知見をさらにどのように発展させていくことができるのか、そもそも何のためにこの特集が組まれたのか?というところにまで多くの読者の思考は及ぶことでしょう。その部分に対する明快な答え(方向性)が見えないことが、この特集に対するひとつの物足りなさに繋がるかもしれない、ということを(僭越ながら)述べさせていただきました。

個人的には、現代の「エコノミーの過剰」に対する問題意識がこの特集の背景にあるのではないか、という勝手な推測をしています。ここでいう「エコノミーの過剰」とは、ひとつには「政治」に対する「経済」の過剰の問題であり、もうひとつには「主権」に対する「統治」の過剰という問題です。例えば、前者は1970年代以降の新自由主義の展開として名指されているものであり、後者は大竹弘二さんと國分功一郎さんの対談本『統治新論』などで問題視されているものです。

これらの「エコノミーの過剰」問題に立ち向かうためのヒントを「エコノミー」概念の思想史を辿ることによって掴むことができるかもしれない。あるいは、そのことによって現在の「エコノミー」とは異なる、別の「エコノミー」の可能性(オルタナティブ)を探ることができるかもしれない。この点に「エコノミーの概念史」特集を行う意義があったのではないか、というのが私なりの解釈でした。

そのような「別のエコノミー」の可能性を探るヒントとして、私が個人的に最も関心を持っているのは、佐々木雄大さんの論考の最後に触れられている、バタイユの一般エコノミー論(普遍経済学)です。バタイユは、近代における「市場経済」あるいは「貨幣経済」としてのエコノミーを「限定エコノミー」と呼び、それよりもより包括的で普遍的なエコノミーのあり方を「一般エコノミー」として構想します。ここでいう「一般エコノミー」とは何か。私はバタイユに関しては素人なので精確な説明を与えることはできないのですが、例えばそれは、太陽から降り注ぐ熱エネルギーや、自然・生物がもつ生命エネルギーや、人間社会に内包される諸々の「力」の存在などをも対象とした、〈生産に限定されない消尽・贈与をも考慮に入れた〉より広範囲な「エコノミー」のあり方を構想するものです。

このようなバタイユの「一般エコノミー」論は、現代の「限定エコノミー」がもつ限界(あるいは「限定エコノミー」の過剰化問題)を突破するためのひとつの重要な参照点になるのではないか、というのが私から佐々木さんに投げかけた問いでした。この問いに対して、佐々木さんはひとつひとつ丁寧に答えてくださったのですが、そのなかでも個人的に印象に残っているのは、「しかし、太陽から降り注ぐ熱エネルギーを『純粋な贈与』として捉えるバタイユの視点は、実は、オイコノミア神学の捉え方にほとんどそのまま重なるものでもありうる」というご指摘でした。バタイユの一般エコノミー論に従来の「エコノミー」概念を突破する契機を見出そうとしたところが、実はその試み自体もまた伝統的な神学枠組みのひとつのバリエーションにしか過ぎないのかもしれない。あるいは近代的な「統治パラダイム」(生政治)に対抗して「無為と栄光」の意義を換骨奪胎(脱構築)しようとするアガンベンの試みにも同じようなことが言えるかもしれません。

最後の方はやや専門的な議論かつ説明不足で分かりにくいところがあったかもしれませんが(あるいはより専門的に見れば不正確な記述もあるかもしれませんが)、あくまで実際に行われたディスカッションへのメモということでご容赦ください(もし記述に不正確な部分があればそれはすべて私・百木の責任です)。ひとまずこうした雰囲気で濃密な議論が参加者のあいだで交わされたということが伝われば十分です。

こうした濃密な議論ができたのも、何より若手研究者の方々が中心になって『nyx』という思想誌を創ってくださったからですし、またゲストの佐々木雄大さんがどんな質問やツッコミにもひとつひとつ真摯にお答え頂いたからだと感謝しております。またときどき、こういったかたちで「東京vs京都」の交流イベントができればお互いにとって刺激的な場になるのではないかと考えています。はるばる東京から京都までお越しいただいて、快く議論に参加してくださった佐々木雄大さんと小林えみさんに感謝しつつ、また今後の『nyx』の展開にも期待をしております。また京都アカデメイアでもそれに負けないようにいろいろなイベントを企画していければと考えていますので、今後ともよろしくお願いします。

 

DSCF2626

当日は20名ほどの方に参加いただきました。

DSCF2628

東京vs京都(?)の構図。

DSCF2639

読書会を終えて佐々木さん&百木で記念撮影。

将棋電王戦FINALが投げかけたもの

電王戦FINALが閉幕した。
結果は、プロ棋士がコンピュータソフトに3勝2敗で、初めてプロ棋士側の勝ち越し。第1回から第3回までの電王戦でプロ棋士側が大幅に負け越してきただけに、将棋関係者や将棋ファンからは安堵の声があがっていた。
とはいえ、その幕切れがいささか後味の悪いものになってしまったこともまた確かだ。
2勝2敗で迎えた最終局、阿久津主税八段 vs AWAKEの戦いは開始からわずか49分、21手でAWAKE側の投了となった。投了図は下図のとおり。(投了図は記事の最後にリンクした野月浩貴七段の記事から引用した)

1365188p

20手目に後手AWAKEが△2八角と敵陣に打ち込み、21手目に先手阿久津八段が▲1六香と香車を上がったところで、AWAKE開発者の巨勢さんが「ここで投了します」と唐突に投了を告げた。あまりにも早い終局に、ニコ生での中継解説は騒然とした雰囲気となり、重々しい空気に包まれる対局場が映し出されていた。

投了図後は、どうあがいても敵陣に打ち込まれた2八角が先手に召し捕られてしまう格好。結論からいうと20手目に後手が△2八角と打ち込んできたのが無理筋で、阿久津八段がその無理筋を的確に咎めたことになる。

ただし問題となったのは、現バージョンのAWAKEはこのかたちになると無理筋にもかかわらず△2八角と敵陣に打ち込んでくることが、電王戦の開幕前からすでに、アマチュア参加型のイベント(「電王AWAKEに勝てたら100万円!」)のなかで明らかになっていたということだった。この企画に挑戦したアマチュア強豪のひとりが、この筋を利用して見事にAWAKEを破り、100万円を獲得したという出来事が電王戦直前に起きていた。この出来事は将棋ファンのあいだでもニュースとなり、はたして阿久津八段もこの筋を使うのかどうかが最終局の前からひそかに関心の的になっていた。

投了後に行われた記者会見では、AWAKE開発者の巨勢亮一さんは「すでにアマチュアの方が指されていた形を、プロ棋士が指すのはやり辛いのではないかと思っていた」「このような指し方はプロ棋士の存在意義脅かすものではないか」と憮然とした表情で述べた。ソフト側に欠陥があることがわかっているにしても、すでにアマチュアが公開イベントで試して勝利している「ハメ形」を、プロ棋士がこういった大舞台で指してくるのはいかがなものか。もっと正々堂々と戦ってはどうなのか。巨勢さんの発言からはそういった怒りと悔しさが滲み出ていた。

阿久津八段は、このかたちを指すことに葛藤があったとしながらも、プロ棋士側の大将でこの勝負は勝たなければならない大一番だったことから、一番勝つ確率の高い指し方を選んだと説明した。そのような阿久津八段の決断に対して、将棋ファンからは「プロ棋士ならば相手の弱点を突くのは当然」という意見と「プロ棋士ならばハメ形など利用せず、堂々と戦ってほしかった」という意見との両方が聞かれ、一種の論争にまで発展した。

この論争のどちらが正しいかを簡単に結論づけることはできないだろう。それぞれにそれぞれの立場からの言い分がある。真剣勝負をかけて戦うプロ棋士とソフト開発者のあいだに見解の齟齬が生まれるのも当然だと言える。むしろこのような論争を含めて、人間とコンピュータ(人工知能)の対峙の仕方がいかなるものであるべきかを考えるための最高の素材を与えてくれることに電王戦の最大の価値があったのだと見るべきなのかもしれない。

この点について本質を突く発言をしていたのは、主催者のひとりであるドワンゴ会長の川上量生氏だった。

「この電王戦の大きなテーマは、人間とコンピュータの関係を世の中に問うということだと思っています。そういった意味で、今回の電王戦は今までのなかでも一番、人間とコンピュータが性能を競うとはどういうことなのかということについて、いろいろな問いを投げかけてくれたのではないかと思って、大変に満足をしています」

電王戦はしばしば「人類vsコンピュータ」という図式で語られ(そして実際にドワンゴ自身がそのような対立図式を煽っているのだが)、プロ棋士とコンピュータソフトのどちらが勝ったのかという点にのみ関心が行きがちだが、むしろ一番重要な問いは勝ち負けではなく、その戦いを通してどのような人間とコンピューターの関係性の未来が見えてくるのかということにある。

今回の最終局について言えば、阿久津八段がAWAKEのハメ形を知ったうえで、その弱点を採用するのかしないのか、彼がどのように戦い、またソフト開発者はそれに対してどのように対応するのか、そしてそこからどのようなドラマが生まれ、観客はそこに何を感じとるのか、ファンの間でどのような議論が巻き起こるのか、人間とコンピュータの対戦が生み出すそのような一連の反応こそが、電王戦の最も重要な要素だったということである。

それらの反応からは、人間とコンピュータ(人工知能)の関係性の未来を予測することができるだけではなく、そもそも人間とコンピュータ(人工知能)の違いとは何なのか、「人間(らしさ)」とは何なのか、というより根本的な問いが立ち上がってくる。もし部分的な性能においてコンピュータ(人工知能)が人間の能力を追い抜いたとき、それに人間はどのように対応するだろうか、そこで脅かされる人間の意義とは何だろうか。あるいは決してコンピュータ(人工知能)には真似することのできない「人間的」な部分とは何だろうか。そのような哲学的問いを、電王戦が生み出したドラマはわれわれに問いかけてくるのである。

プロ棋士がコンピュータソフトに負けたからといって、その事実だけで単純にプロ棋士の存在意義が脅かされるということはないはずだ。むしろ本質的な問題は、コンピュータソフトにその実力を追い抜かれようとしているときに、プロ棋士側がその過酷な現実に対してどのような手を打っていくのかということにある。その意味では、ここ数年、将棋ファンの枠を超えて広い盛り上がりを見せている電王戦シリーズの開催は、今までののところ、プロ棋士側がとるべき対応として大成功の結果を収めていると見るべきではないだろうか。日本将棋連盟は、プロ棋士がコンピュータソフトに負けるというピンチを、電王戦という興行イベントを立ち上げることによって見事にチャンスに変えたのだ。

ここ数年、毎年さまざまなドラマと論争を巻き起こしてきた電王戦は、今回がFINALと銘打たれている。少なくとも第2回~今回までのような5対5の対戦形式での開催は今年が最後ということである。しかし最後の記者会見では、日本将棋連盟とドワンゴのあいだで次なる企画に向けた話し合いが進められていることが明らかにされた。ここまでピンチをチャンスに変えてきた日本将棋連盟が、次に放つ一手とはどのようなものだろうか。将棋ファンのひとりとして楽しみに見守ることにしたい。

 

参考記事:電王戦FINAL第5局 観戦記 野月浩貴七段(ニコニコニュース)
「ハメ手」って何? 将棋・電王戦で21手でコンピューターが投了 人類が圧勝した理由とは(The Huffington Post)
将棋電王戦FINAL 第5局 阿久津主税 八段 vs AWAKE PV (ニコニコ動画)

コンピュータ将棋

ドキュメント コンピュータ将棋 天才たちが紡ぐドラマ (角川新書)
松本博文 (著)

京都アカデメイア新規会員募集中!

京都アカデメイアでは新規会員を募集しています。

京都アカデメイアは、「専門分野や所属などをこえて、みんなで一緒に勉強する場をつくる」ことを目的として作られたNPO法人です。だいたい月一回程度、なにかしらのカジュアルな勉強イベントを開催しています。具体的には、(1) ひとつのテーマを決めて参加者で自由に議論しあうアカデメイア・カフェ、(2) 課題本を決めてそれについての感想を鍋をつつきあいながら話し合う批評鍋、(3) 書評やブログなどをウェブを通じて発信、などの活動を主に行っています。その他、なにか外部(他団体)から持ち込み企画があった場合にはそれに応えてイベントを企画したりすることもあります。そのときどきのメンバーの興味関心に応じて、毎月の企画を立てて、自分たちで運営をしています。ホームページから過去の活動履歴など確認できるので、興味ある方はご覧になってください。

一緒に京都アカデメイアの活動に参加してみたい、勉強系のイベントを企画・運営してみたい、という方がいれば、ぜひお気軽にご連絡ください。京都アカデメイアの理念に賛同してくださる方、京都アカデメイアの活動に興味をもってくださる方であれば、所属や年齢を問わず、誰でも歓迎します。学生(大学生以外も可)、学生以外の方、社会人の方、一般市民の方、などどなたでも参加可能です。

また直接に活動には参加できないけれども京都アカデメイアを応援したい、という方には賛助会員の制度も設けています。1口1000円からの賛助を受けつけています。正会員、賛助会員になってくださった方には、毎年一回、京都アカデメイアの会報(京アカ通信)を送らせていただいています。現在は、正会員が約20名、賛助会員が約10名ほどで構成されています。入会案内はこちらからどうぞ。

直近では4月19日(日)18時からGACCOHにて、「はじめてのベーシックインカム」をテーマとしたアカデメイアカフェを開催します。こちらはベーシックインカム勉強会関西さんとベーシックインカム勉強会いしかわさんとのコラボ企画です。イベントスペースGACCOHさんにもしばしばお世話になっています。京都アカデメイアの活動に関心をもたれた方は、こちらのイベントに遊びに来ていたただければ、その際に詳しいお話などもさせていただけると思います。これ以外にも、だいたい毎月一回程度、何かしらのイベントや企画などを開催しているので、ご都合あう際にご連絡をいただければ幸いです。

ポスター ベーシックインカム-01

 

また会員以外の方にもメーリングリストで今後のイベント情報や書評の更新情報などのお知らせを行っています。登録希望の方はこちらのフォーマットからどうぞ。さらに専門的に学んでみたい、という方には京都アカデメイア塾の運営もしております。こちらも随時、受講生募集中ですのでどうぞよろしくお願いします。お問い合わせ、リクエストなどはkyotoacademeia□gmail.comまでどうぞ(□に@を入れてください)。

みなさまのご参加をお待ちしております!ともに京都から街場での学びを広げていきましょう!

新年度雑感

百木です。
あっという間に新年度になりましたね。ついこの前までお正月だったはずなのですが。数えてみると、京都アカデメイアも最初に始めてから今年で6年目になります。NPO法人になってからは3年目ですね。最初に始めた頃は、正直、このように長く続く取り組みになるとは想像していませんでした。

地道な活動をボチボチと5年間続けてきた結果、それなりに周囲での認知度も高まり、一応活動を続けてきた意味はあったのかなと思ったりしています。ここまで続けてこられたのも、京アカの活動に協力してくださった方々、応援してくださった方々のおかげです。改めて感謝申し上げます。

この5年間でいろんなことがありました。
うまくいったこともあれば、うまくいかなかったこともあり、予想以上の成果が出たこともあれば、議論がこじれて後味が悪い結果になったこともありました。6年目を迎える今でも、活動は試行錯誤の連続で、ひとつの団体やプロジェクトを長期間継続していくのは大変なことだなとしみじみ感じています。

京都アカデメイアのメンバーは、大きな理念や方向性は共有しているけれども、個別の興味関心や志向性、知的なものへの向き合い方はそれぞれにバラバラな部分が大きく、何かにつけて意見がぶつかることも多いです。ひとつの企画を実行に移すときにすんなり物事が決まるほうが珍しいくらいです。それでも、それぞれ価値観の異なる意見でもメンバー間で率直にぶつけあって、議論し合いながら互いの妥協点を探っていくことができるのはありがたいことだと思っています。

個人的には今年度はまたフレッシュな気持ちでなにか新しいことに挑戦したり、あるいはその反対に、原点回帰的な読書会や勉強会などを企画できたらいいかなと考えたりしています。具体的なことについてはそのうちまたいずれ。
あとは昨年に立ち上げた京都アカデメイア塾をもう少し盛り上げていきたいですね。どうやったらもっと盛り上がるかなといろいろ考えていますが、まだこれだ!というアイデアを思いついていません。なにか良いアイデアがあれば教えてください。

しかし余談ですが、わずか正会員約20名、賛助会員約10名の団体で、常時の活動にコミットしているメンバーは3~5人程度で、だいたい月1回程度の活動で、基本的には大まかな理念や方向性を共有しているメンバーで構成されている団体を続けていくだけで、これだけの労力とエネルギーがかかるのだから、人口が何千万人とか何億人とかの国家をひとつの同質の集団としてまとめあげて存続させていくのなんてほとんど不可能にしか思えないというか、きっと相当な無理をしたうえに成立しているもなんだろうなと思えてなりません。それゆえにそこにはさまざまな軋轢や歪みが生じるのでしょうけど。別に国家でなくても、大企業とか大組織とかでもいいんですが、そういう単位のものは基本的に僕の理解や共感や愛着の範疇を超えたところにあります。

自分にできるのはせめて自分に目の届く範囲の物事を、地道にコツコツと続けていくことぐらいだなぁというのが正直な実感です。それだって(自分にとっては)十分にしんどいことなんだから。とはいえ、なんだかそういう呑気なことを言っていられない剣呑な状況が社会全体で進行しつつあるのもまた事実なのですが。
世界にはいろんな考えや価値観をもった人がいて、そういう人たちとなんとか一緒にうまくやっていかないといけないというのは本当に大変なことです。
京都アカデメイアを通じて、自分に何がどこまでできるのか、未だによくわかりませんが、とりあえず自分にやれる範囲のことを、自分なりのペースで地道に続けていこうかなと思っています。相変わらずそんなマイペースな感じですいませんが、そういうことでひとつ、今後ともどうぞよろしくお願いします。

(以上の見解も、あくまで京都アカデメイア全体ではなく百木個人のものです、ということをお断りしておきます。念のため)

10380343_888061064569147_2817254939604379302_n

写真は鴨川(正確にいうと出町柳よりも少し北なので高野川)の桜です。個人的にはこのあたりが毎年の花見のベストポジション。

「やっぱり知りたい!!マルクス」 GACCOH×京都アカデメイア塾

百木です。

昨年の「寝ながら学べるアーレント」講座に続き、今年もまたGACCOHさんにて「やっぱり知りたい!マルクス」講座をやらせていただくことになりました。この講座は、GACCOHさんと京都アカデメイア塾の共催イベントとなっております。

予備知識不要、誰でも参加歓迎のマルクス入門講座となっております。
気になるけれどもなかなか触れる機会がないマルクスの思想について、初心者向けにできるだけわかりやすく解説をさせていただく予定です。ご関心とお時間のある方はぜひご参加ください。

「やっぱり知りたい!!マルクス」

日時:2月7日(土) 18:00~
場所:GACCOH(京阪出町柳駅から徒歩5分)
講師:百木漠(京都大学 人間・環境学研究科 博士後期課程)
参加費:1000円

marx3

GACCOHさんにはいつもナイスな講座タイトルとポップなポスターを作っていただき、感謝しております。(こういうのが京アカには欠けている要素ですね…)
GACCOHさんではこれからマルクス入門だけでなく、さまざまな分野で「やっぱり知りたい!!」シリーズを企画予定とのことですので、それもまた楽しみです。京都アカデメイアが運営している「大人のための教養塾」京都アカデメイア塾ともコラボしながら、さまざまな教養入門講座を提供していければいいなと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

第三回「寝ながら学べるアーレント」@GACCOHのお知らせ

今回も京都アカデメイア主催のイベントではないのですが、告知をさせていただきます。
先月・先々月と、GACCOHさんの教養講座第1弾として開催させていただいた「寝ながら学べるアーレント」講座の第3回を、今度の日曜日に開催します。前回・前々回とももたくさんの方にご参加を頂いたのですが、今回が最終回となります。最終回からの参加でも歓迎ですので、お申し込みお待ちしております。今回は、昨今の論壇などでアーレントがどのように扱われているのかを紹介しながら(ネット、演劇、アイドル、映画など)、アーレントの思想が現代社会においてどのように役立つのか?ということを参加者の方とともに考えていくつもりです。

ちなみに第1回の様子をまとめていただいたtogetterがこちら
予想以上にたくさんの方にご参加いただき、また参加者の方から熱心な質問やご意見をたくさんいただけて、講師側の自分も大変に刺激を受けました。いま改めてアーレントにたいする関心が高まっているのだなぁと実感すると同時に、アーレントだけでなく、教養についてカジュアルなかたちで学び直したいという方が、年齢層を問わずに増えているのだなと思ったりもしました。

今回がGACCOHさんの教養講座第一弾だったのですが、GACCOHさんと京都アカデメイアのコラボが理想的にうまくいったケースではないかと思います。今後もこのようなかたちで街場での学びの可能性を広げていけると良いです。
現在GACCOHさんと話し合いながら、教養講座の第二弾も企画中ですので、お楽しみに。

GACCOH教養講座「寝ながら学べる」シリーズvol.001
「寝ながら学べるアーレント」第3回 「アーレントと現代」
日時:7月27日(日)19時~21時
場所:GACCOH (京阪出町柳駅から徒歩5分)
講師:百木漠(京都大学大学院)
参加費:1000円
予約申し込みはこちらから。

f:id:kyotoacademeia:20140723222123g:image:w360

f:id:kyotoacademeia:20140723221959p:image:w360

GACCOH教養講座vol.001「寝ながら学べるアーレント」

 

百木です。
今回は京都アカデメイアのイベントではないのですが、告知をさせてください。
今週土曜日にGACCOHさんでアーレントについての入門講座を担当させて頂くことになりました。
昨年公開の映画などでも話題になった思想家ハンナ・アーレントについて、知識のない人でも分かりやすいように授業させて頂くつもりです。関心ある方がいらっしゃればぜひご参加ください。
今後も、このようなかたちで京都アカデメイアとGACCOHさんでコラボなどしつつ、京都を中心とした街場での学びの機会など広げていければいいなと考えております。よろしくお願いします。

◆GACCOH教養講座「寝ながら学べる」シリーズ第一弾
「寝ながら学べるアーレント」

日時:5月31日(土)19時~21時
場所:GACCOH (京阪出町柳駅から徒歩5分)
講師:百木漠(京都大学大学院)
参加費:1000円
参考文献:矢野久美子『ハンナ・アーレント――「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』(中公新書)

詳細・申し込みはこちらから。

f:id:kyotoacademeia:20140527195709g:image:w360

人間の条件 (ちくま学芸文庫)

人間の条件 (ちくま学芸文庫)


D

イベント「大学改革、どうしてこうなった!?―「京大騒動」から見る大学のいま」のご報告

遅くなりましたが、先月に行ったイベント「大学改革、どうしてこうなった!?―「京大騒動」から見る大学のいま」のご報告です。

当日の参加者は約15名ほど。
京大生を中心に、他の大学の学生や社会人の方などさまざまな方にご参加いただきました。
まず主催者の安達・渡邉・百木から大学改革の現状や大学の歴史についてのプレゼンを行い(第一部)、その後に参加者全体でフリーディスカッション(第二部)、という段取りでした。前半のプレゼンも好評をいただき、後半の議論も活発に盛り上がって、良い雰囲気だったのではないかと思います。
初めてGACCOHさんのレンタルスペースでイベントをさせて頂いたのですが、あの場もそれぞれに活発に発言をしやすい雰囲気作りに合っていたのではと感じました。

プレゼンの内容についても簡単に紹介しておきます。
まず安達千李くんからは、ここ数年の京都大学の大学改革の進み方についてのプレゼンがありました。
国際高等教育院、思修館、教養科目の半数を英語化、5年間で外国人教員を100人雇用、大学入試改革(「意欲枠」の導入)、学域学系制度、など軽く列挙するだけでも、いま京都大学がかなり大がかりな大学改革を進めようとしていることが分かります。またそれぞれの改革について、反対の声も挙げられてきたことも指摘されていました。

つぎに渡邉浩一さんからは、ここ数十年間での文科省の大学改革方針を振り返るというプレゼンがありました。
教育基本法や学校教育法、大学設置基準など、大学にかんする法律関係の基礎知識についての解説があり、それを踏まえたうえで、大学の独立行政法人化後にどのように大学「改革」への圧力が強まってきたのか、という説明がありました。普段あまりこのような大学設置に関する法律などに触れる機会がなかったので、個人的にも勉強になりました。

最後に私、百木漠からは、中世ヨーロッパの大学発祥から近現代へといたる大学の変遷についてのプレゼンをしました。
吉見俊哉『大学とはなにか』(岩波新書)を手がかりにしながら、12~13世紀にヨーロッパで誕生した大学が16~17世紀にはいちど衰退期を迎えていたこと、それが19~20世紀にいおいて国民国家の勃興とともに再び隆盛期を迎えてきたこと、について説明しました。そのうえで、現代ではインターネットという新たなメディアの誕生とともに、もしかすると「第二の死」を迎えつつあるのではないか?という仮説を提示しました。

第二部のフリーディスカッションでは、「人物重視」の大学入試制度(AO入試)は許容しうるか否か、欧米の大学と日本の大学の違い、大学外での学びの可能性、今後の大学のあり方、などについて幅広く意見がでました。参加者全員がそれぞれの立場から発言をして、良い感じに盛り上がったように思います。
他方で、大学改革をめぐる議論はあまりに論点が多すぎて、やや議論が拡散してしまい、それぞれの論点を深堀りしていくのが難しいところもあるな、と感じました。とはいえ、議論に広がりが出るのは良いことで、今後もまた何からのかたちでこのような大学改革について考えるイベントを開催していきたいなと感じました。

GACCOHさんのご好意で、21時すぎにイベントが終了したのちは会場でそのまま懇親会に突入し、その後もそれぞれのグループで議論に花が咲いていました。大学の中ではなかなかこのように様々な年代や立場の人がひとつのテーマについて自由闊達に議論を交わすということは起こりにくいので、京都アカデメイアやGACCOHが協力して、今後もこのような議論と学びのための「場」を提供していけたら良いな、と改めて感じた次第です。

f:id:kyotoacademeia:20140307192750j:image:w250  f:id:kyotoacademeia:20140307194239j:image:w250  f:id:kyotoacademeia:20140307202402j:image:w230
f:id:kyotoacademeia:20140307194739j:image:w500  f:id:kyotoacademeia:20140307193927j:image:w500

【まとめ】第5回批評鍋 『ゆとり京大生の大学論』

百木です。第5回目の批評鍋では『ゆとり京大生の大学論』を取り上げました。

この本は、昨年から京大で起こった「大学改革」の流れをうけて、現役京大生(ゆとり京大生)6人が自主的に企画して出来上がった本です。
拙速に進もうとしている「大学改革」(教養制度改革)に対して、一度立ち止まってそもそも大学とは何か、教養とは何か、を学生の立場から考えなおしてみよう、というのがこの本の趣旨になっています。(昨年起こった大学改革騒動の経緯についてはこちらの記事をご覧ください)
本の構成としては、ノーベル賞受賞者の益川敏英さんへのインタビューや、その他京大を中心に著名な先生方からの寄稿文などから構成される第一部と、この本を企画した「ゆとり京大生」たち自身による座談会をまとめた第二部の、大きく二つのパートに分かれています。


D


D

当日は、この本の編集・企画者のひとりである安達千李くんがゲストで参加してくれました。このような本を作ろうと思った経緯から、作る過程での苦労話、作り終えたあとでいろいろ考えたこと、本に盛り込めなかった裏話など、いろいろと興味深い話を聞かせてくれました。
拙速な大学改革の流れにも、それに対する大学教員の反対運動にも、どちらにも違和感を感じていた安達くんたちは、仲間と連日深夜までこの問題について議論し合い、その議論の内容を本というかたちで残そう、と考えたそうです。構想から出版まで約半年間かかったそうですが、学生たちの手で企画・編集をして半年間で出版にまでこぎつけたのは、なかなか大したものだと思います。
周囲からもいろいろと反響があり、出版記念のイベントもいくかの書店や読書会などで行なわれたそうです。

読売新聞の紹介記事:「ゆとり世代 京大生の大学論…6人で編集・出版」
毎日新聞の紹介記事:「京都・読書之森:ゆとり京大生の大学論 /京都」

批評鍋参加者からの感想としては、

揶揄/自虐にむかいがちな「ゆとり世代」をポジティヴにとらえてるのが新鮮
・ゆとり世代の大学論ということで、ある種の若者論としても読めるのでは
・先生方のパート(第一部)より、ゆとり学生の座談会(第二部)のほうがおもしろかった
・「自由の校風」という京大のノスタルジーに代わる視点はあるのか?
・社会問題への接続、という観点があっても良かった
・研究者になるか・企業につとめるかというふたつの道しか提示されてないのが不満
・いろいろな先生が昔を語っているが、経済的問題についての観点(授業料・生活費など)が抜け落ちている
・高橋先生のいう大講義のよさをつきつめれば、インターネット配信になるのでは

などといった意見・批判・疑問などが出されました。

それに対する安達くんからのレスポンスやその後の議論などが気になる方はYouTubeに残されている動画などを見ていただければと思います。
後半は、京大の理念と現実の乖離、大学改革の現状、大学外での学びの可能性と課題、などにも論点が及びました。
個人的に興味深かったのは、大学外での学び(ラーニング・コミュニティ)について、安達くんから、1)場所、2)人、3)質、の3点をどう確保するのか、という課題が投げかけられたことです。この問題は、まさに「大学の外での学びの可能性」を追求してきた京都アカデメイアが抱える課題でもあります。それに対しても、参加者からいくつかのレスポンスがあったので、こちらも関心ある方は動画をご覧ください(動画後半のほうです)。

f:id:kyotoacademeia:20130816172531j:image:w360

f:id:kyotoacademeia:20130816174529j:image:w360

f:id:kyotoacademeia:20130816172436j:image:w360

今回の大学改革は京大だけの問題ではなく、日本の大学全体の問題へと発展しつつあります。それが悪い面だけを持っているわけでもないと思うのですが、やはりいろいろと疑問に感じてしまうところがあるのも事実です。もはやこの改革の流れは止めようがないもののようにも思えますが、この『ゆと京』本のように、それぞれの立場からこの問題について考え・議論し、声をあげるべきところで声をあげていくことはとても大切なことだと思います。
これも個人的な感想として、この本で一番印象に残ったのは、「いまこそ大学に〈ゆとり〉が必要なんじゃないか」という座談会でのゆとり大学生の発言でした。本当にその通りだなぁ、と感じました。「ゆとり乙」と揶揄されがちなゆとり世代ですが、むしろその強みを活かして、ゆるい立場から・しかし本質的な問題に切り込んでいる彼・彼女らの姿にこそ、いまの大学の希望があるのかなぁと思ったり、自分もそれに負けずに頑張らねばなぁと思った次第です。

大学のあり方、大学で学ぶ意味、大学の外で学ぶ可能性、教養とはなにか、なぜ学問するのか、などのテーマは、これまでも京都アカデメイアのイベントの中でたびたび議論されてきたことですが、今回の批評鍋でまた少しその議論を前に進めることができたかなと思っています。今後もこれらのテーマについてはいろんな機会に考え続けていくつもりです。

参考:大窪くんによる書評:吉見俊哉『大学とは何か』(岩波新書)

Ustream番組、「カピバクさんに聞いてみよう!」の告知です

f:id:kyotoacademeia:20130405150521j:image:w640

日本経済の状況が依然厳しく企業業績も成長が難しい中、「就活」の話題が巷を騒がせない日はありません。内定、エントリーシート、リクルートナビ、自己分析、インターンシップ、コミュニケーション能力、ブラック企業などさまざまな言葉が飛び交っています。

今の就活のリアルとは?
人生を台無しにしない就活のためにはどうしたらいいのか?
そもそも、どうして就活をしなければいけないのかなど、
ここでしかできない話をカピバクさんに聞いてみます!

京アカUstream “カピバクさんに聞いてみよう!”第2回 「『就活』をはじめる前に知っておきたいこと」
2013年4月13日(土),午後2時~

出演:
カピバクさん(百木漠)
大窪善人

Ust URL:http://www.ustream.tv/channel/moriouju-test