作成者別アーカイブ: 村田智子

最近の読書会

超おひさしぶりです、村田です。ブログを書くのは以前に聖書読書会の話を書いて以来かもしれません……。何してたんやという感じでありますが、最近やっと、その読書会が一段落しました。

 

聖書についてほぼ知識のない者たちが集まっていた聖書読書会、新約の福音書に始まり、黙示録を読んだり、ルターに寄り道したり、旧約も読んでみたり……と、途中詳しい人が参加してくれたりもしつつ、参加者の興味の赴くまま色々読みました。

 

とりわけ興味深かったのは旧約の「ヨブ記」でした。神様、というと一般に、いいことしたらご加護をくれて悪いことしたら罰を与える、みたいな存在としてイメージされていると思いますが、そうした因果を超えた神の概念が分かりました。(あと個人的には、ヨブの友達の冷たさが興味深かったです。わけもわからずひどい目に遭っているヨブに、「いや、お前がなんか悪いことしたからとちゃうんか?」みたいなことを言う役回りなのですが、理不尽な目に遭ってる人へのこうした反応って現代でもリアルだなあ……と。)

 

で、ここから、ユングに『ヨブへの答え』という著作があるのでそれを読んでみよう、ということになったのですが、寄り道のつもりで読み始めたらばこれが難物で、一年くらいかけて読み終えたのでした。ユダヤ・キリスト教についての知識と、ユングの思想についての理解、どちらもたいしてなかったので、皆で「こういうことかな?」「こういう意味ちゃう?」とああだこうだ言いながら読み、終盤でようやく、ユングが、核の時代(※執筆されたのは第二次大戦後)において人間は己の持つ力にどう対峙すべきか、という問題意識で以てこれを書いたらしい、という意図がみえてきたのでした。

 

さて今は、聖書に続く「有名だけど読んでない/一人で読みづらいものを読む」シリーズとして、源氏物語読書会が続行中です。毎回いろんな現代語訳で、ときどき原文も参照しつつ、読んでいます。まだ源氏は17歳、空蝉、六条御息所、夕顔、といろんな女性たちと出会い始める頃です。現代であれば明らかにクズ男と呼ばれるであろう言動に毎回呆れつつ、「現代の価値観ではこうだけど、当時はどう受容されたのだろう」と話し合ったりしています。毎回参加者から、思いも寄らんかった視点を教えられるのも面白いところ。文化人類学者・レヴィ=ストロースが源氏論を書いているらしく(知らなかった!)、その解釈によると、源氏が書かれた時代は価値観の転換期でありそれが物語に反映されているのでは?とか。また、あまりにも初歩的なことにハッとしたりとか。(当たり前だけど「ああ、当時は電気がないんだなあ」とか……古典を読んでいると、ついつい現代の感覚で読んでしまっている自分に気づきます。)

京アカMLに登録されている方には読書会案内を流していますが、毎回直前の案内だったり、開催場所が京都だったり大阪だったり、変な時間の開催だったりと、気になっていながら参加しづらい、という方がおられるのでないかと思います、すみません。気楽な勉強会ですのでもし都合がつけばふらりといらしてください。

聖書読書会やってます

超おひさしぶりです、村田です。

夏前くらいからほそぼそと、聖書読書会を続けております。

Fさんの発案で始まったこの読書会、Fさんいわく、「信仰のない者たちが平日に聖書を読んであれやこれや言う浮世ばなれした集い」 ということで、参加者も興味関心もバラバラ。

私は、自分は西洋文化の素養がないなあ、と常々思うており、その基盤となるところの聖書をちゃんと読まねば……とは思うていたのですが、聖書ってひとりで読むにはなかなか意外にハードル高いのですよね。前提が分からんかったり、謎の比喩が出てきたり。というわけで、皆でああとちゃうか、こうとちゃうか、と言い合いながら読めるのは有難いのです。

(ちなみに、昔、人文系知識人何人かに、「読んでいるべきなのに読んでいない本」アンケートを取ったところ、2位に聖書がランクインしたという話を聞いたことがあります。1位は『資本論』だったとか。)

 

聖書を読むだけでなく、毎回、そこからの連想であちこちいろんなところに話題が飛ぶのも愉快です。それぞれの専門分野から無駄話まで(無駄話をするのんはだいたい私ですが)。なぜか今、仏教の専門家多めなので、仏教の裏話をいろいろ聞けるのが面白かったりします。

 

レジュメは切らない輪読形式の読書会なので、興味ある方はお気軽に参加ください。(信仰のある方もない方もどなたでもどうぞ。) 日時はだいたい平日午前に隔週で、人数は3~6人で続けております。マタイ福音書を(半年くらいかけて)読み終わり、最近、「コリント信徒への手紙」に入ったところです。

新約聖書であれば、訳も言語もなんでもOKです(下の写真ではどれも新共同訳ですが……)。

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場所は今のところ、京都大学時計台内の京大サロンを使っています。

京大サロン、できた頃は「気取ったもん作りやがって」と思ってましたが便利ですね。あと、毎日、日替わりでいろんな可愛いお花が飾られているのがひそかに楽しみです。話がそれたところで、お花の写真をupして終わります。

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読書会とパラダイス

 

こんにちは!村田です。(批評鍋でいつも鍋を食べているだけの者です。)

京アカでブログを書くのは実に実に久しぶりでして、ブログもリニューアルしたことであるし、自己紹介もかねて「私にとって京アカとは」的なテーマで書いてみては、と勧めていただいたのでありますが、昨今京アカの活動にもめっきり参加できておらず(鍋を食べる以外)、勉強からも遠ざかり気味でありなんとも情けない思いであります。

とはいえちょくちょく読書会に参加したりもしておりまして、ずっと 「私にとって京アカとは」 と問われると「アカデミック出会い系みたいな感じ」と答えておったのですが、まさに以前に『構造と力』読書会を通じて知り合ったメンバーと、最近はフロイト読書会をしました。ひとりで考えるとすぐに行き詰まってぐるぐるしがちな性質なのでありますが、フロイトという著者はひとりで読むとぐるぐるしがちの極致のようなものであるから、いろんな専門の人が集まって、時代背景、他の思想家、現代の精神医学、はたまた個人的体験にも話を飛ばしながら読めたのは有難いことであり、大学を離れて久しいが、やっぱ勉強会ええなあ、と思ったのでありました。

さてそうしてわいわい勉強できることに感謝する一方で、わたしはじめじめひとりで何かすることも好きであり、じめじめひとりで何かして自足している人に憧れます。

たとえばわたしは「パラダイス」めぐりを趣味としているのであるが(「パラダイス」とはテレビ番組『探偵ナイトスクープ』で名付けられた、いかにも土地の余った田舎や郊外でたいていは中高年の男性が一人で、なんともいえない珍妙なオブジェ群やアトラクション群でもって或るワールドを作り上げてしまったものを指す)、「パラダイス」はアウトサイダーアートの一種であると思っておりその著名なものがシュヴァルの理想宮であると思うのですが「どこから/どこまでがアートか」という論にここでは深入りしたくないので「パラダイス」という絶妙な名称で統一しますが、パラダイスが好きなのは、それがひとり作者(パラダイサー)の世界観に基づいてその自足のために飽かずコツコツと作られているところです。勿論来場者の愉しみが考慮されていたりもするのだけど(でも独りよがりだったりする)、基本的に、儲けが度外視され作者が愉しんで作っている、というところに惹かれるのであります。

一方でこの自分の嗜好に私は疑念をもってきてもおりまして、それは、この嗜好は、オーソライズされていない者の作品(と呼んでよいか分からんが)に、しふぉん主義の中で失われたピュアネスやなんやを投影する、ある種失礼な「オリエンタリズム」、あるいは嘲笑的キッチュ趣味のようなものがベースにあるのでないか?という疑念であったのでありますが、先日先輩に「ものすごく絵が下手な絵付け職人」を教えてもらい、その人の作品を見、たしかに絵がすごく下手なのだが不思議な迫力のある世界が展開されているのを目の当たりにし、さらにその制作者の目が作品に凝らした工夫や趣向を語りながらきらきらと輝いているのを見たとき、「いや!違う!」と強く思うたのでした。「自分は、未熟だったり売れなかったりしても愉しんで描き続けている人が好きなのだな、そしてそうして描き続けることは『失われた』ことでなく、端的に自分にとって『まだ手に入れられていない』ことなのだな、だからこのパラダイス愛は敬意なんや……!」と強く感じたのでありました。

なんか勉強するとか論文書くとかいうのも絶対そういうパラダイス的側面をもっていると思うておりまして、そのように自身も、ひとりでじめじめとパラダイス的世界を作り上げつつ出会い系的世界にてその我がパラダイスを伝えられたらばまったく理想的なのでありますが、なかなか実際はひとりでは集中力が続かずに中途半端に出会い系に頼る、という凡人回路をぐるぐるしている日々です。
またなんか書きますね。

(画像はハニベ巌窟院の未完成大仏)

 

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新春企画☆批評鍋

みなさまこんにちは、遅ればせながら新年あけましておめでとうございます、今年もゆるゆると活動してゆく予定ですので、よろしくお願いいたします。

先日、新年初京アカイベントを開催しました。題して「批評鍋」。
ネーミングのてきとーさからお分かりいただけるように、年末にノリで決まった企画です……が、いざやってみると、なかなか白熱した会になりました。

第一回は、phaさんの『ニートの歩き方』という本を取り上げて語り合いました。
「鍋をつつきながら批評ぽいことをしよう」という主旨のイベントだったのですが、後半は議論がヒートアップし、鍋を食べているのは私だけになり、ついに鍋の火が止まるという事態に……。

詳しい内容は、他のスタッフが書いてくれることを期待して、とりあえず鍋の写真だけupしておきますね☆
なお、「批評鍋」は来月以降もやる予定です。
話題の本だけでなく、論壇やサブカル一般もテーマにとりあげたいなあ、という声もありますので、ご興味ある方はぜひご期待ください! 参加も歓迎です。

最初の鍋。白い。

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赤くなった! 紅白で縁起良し

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具材は持ち寄りで。
牡蠣!

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仙台土産、ずんだ風味きのこの山!

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京アカの近況と畑の近況

おひさしぶりです。(む)です。

しばらくブログを書いておりませんでしたね。
ご無沙汰してしまいましたが、近況報告をさせていただきます。

さいきんは、ちょっとのったり気味のわれわれです。
主要メンバーがそれぞれ多忙であったり各地に散っていたりして、ここのところ大きなイヴェントなどはなかなか企画できずの状態であります。
とはいえ、月イチで食事会&会議を開くなどの集まりは、ぼちぼちと続けております。
それらの会に新規の方が来てくれたり、こんなことしてみたいあれやりたいとアイデアが出されたりもしています。
そのアイデアがなかなか実行できぬのがもどかしくはありますが、一日発言しなければ忘れ去られてしまうんちゃうかというネット時代的強迫に満ち満ちた昨今、そんな中でスローにやっていくのんもまたよいのではないかとおもいます。
(いや忘れ去られるも何も、そもそも忘れ去られるほど知られてもないのだが。)

先日の食事会の写真です。
「(できれば)一品持ち寄り」制。てづくり南蛮漬けやなますなど、みんないろいろもってきてくれました!

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でかいチヂミを焼きました。

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この後、今月のイヴェントとして、玉置沙由里さんとのUst中継をしたのでした。
ご覧くださった方、有難うございます。
今回は、主にこちらから、常々疑問に思っていたことを玉置さんに質問するという形でしたが、また違う形でもやってみたいなと思っております。
この日の録画はこちらから。

なお中継中に貼っていた紙はコレです↓
背景がさみしかったのでなんか貼ろうと思い急遽つくったのだがうまく貼れず… かなしいのでここにupしておきます。

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畑のほうも、ぼちぼち、であります。たねまきの時期を逸して初春撒き野菜が上手く収穫できんかったのでありますが、初夏撒き野菜は上手くいけば夏にたんと獲れるはず!!
先日は、秋に植えたニンニクとエシャロットを収穫してまいりました。
剥いたり炒めたりして食べました。美味!

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これだけの量をいっぺんに食べたので、現在皮膚からニンニク臭が立ちのぼってゐる状態です。
これで終わるのもなんですが、このへんでそろそろ。

ではまた!

ルネの花壇

こんにち(む)です。
先日ひさびさに京大に行ってみましたらば、西部生協「ルネ」前の花壇に、薔薇がきれいに咲いていました。
しかしそこには、悲しいお知らせの貼り紙が!
なんでも、ルネの耐震工事のため、花壇は今年夏で取り壊されることが決まっているそうです。

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毎年きれいな薔薇を咲かせるこの花壇には、在学中よりしばしば心慰められておりました。
取り壊しは寂しいのう……工事後は花壇も復活するのやろか。
と思うと同時に、これまで花壇の世話をしてこられた方(ルネの職員さんなのでしょうか??)に感謝であります。お疲れ様でした!!毎年楽しみにしておりました。

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見事に咲いておるので、京大生や近隣の方は東大路を通る際に見てみてください。東大路通に面しております。
きょーあかとは関係ない記事でしたが。ではまた。

さいきんの勉強会と畑

みなさんこんにちは(む)です。
昨日は、最近始まったテンニースの読書会に出ました。
『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』の復刻が、岩波文庫から出たとのことで。

テンニースは社会学の大物らしいですが、翻訳はこれ一冊しかなく、これもあまり読まれていないようです。だが、社会のあり方が変わりつつあり、共同体のあり方などなどが考えられる昨今、これはよんでおくとよいのでないか、というFさんの発案で読書会は始まりました。
今回は最初のほうをちょこっと進みました。テンニースは小難しいこと言うタイプの人ではないようですが、時代背景や当時ホットだった思想などが分からんと読みづらい部分が多く(「この人何を前提にこんなこと言い出すの!?」みたいな箇所が多い)、人と一緒に読むとそういうとこ誰かが教えてくれたりするんがいいですなあ。

昨日は「ゲマインシャフトは何か」という話が始まったあたりを読んだんですが、「結婚はゲマインシャフトらしいが、結婚しない恋人たちは?」とか「母子関係がゲマインシャフトの中心とされているのはなぜか」などが論点となりました。後者に関しては、当時民俗学で流行った母権社会論の影響があるそう。
この会はまだまだ続きそうです。先は長い!

また先日は、ひさしぶりに数学の会が開かれました。線形は「対角化」の分野を、微積は「偏微分」の分野を終え、かなり達成感……。
まだまだ完全には理解できていませんが。
数学は、たとえば「連続」とかいう、普段自明だと思っている概念をいちいち定義せねばならないところがおもしろい。そのたびに はっ! となるよ。
だから実は数学って(いわゆる)文系にとってこそ面白いんやないかと思うんですがね。
こちらの会も新規参加者さん歓迎です。興味ある方はぜひ。

この日は、普段宮城でボランティアをしている(み)くん(京アカ唯一のアクティヴ男子)も来てくれて、宮城での話を聞くことができたのもよかった。

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話変わって畑の近況。
だいぶ前ですがごーるでんうぃーくに耕し&種まきしました。
耕したらみみずさんがうにょうにょ出てきたで。

各種夏収穫用の種を撒きました。早速シソさんがわさわさ茂りだしてうれしい限り。
それまでなかなか手入れができず、荒れ畑になっておりましたが、それはそれで面白い風景でもありました。

ねぎぼうずができてしまった

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変わり果てたハクサイの姿

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お花部分はゆでて醤油をつけるとおいしい

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残ったお花は飾った

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この日は、東京の大学から、見学の方も見えました。
農地とネットワークについて興味をもって研究しておられ、いろんな農地を訪ね歩いてはるそうです。
ちょっと農業やってみたいけどきっかけがない、という若い人をつなぐことができれば、と言うてはりました。たしかに、ガチ農業じゃなくてちょこっと興味はあるが、土地もないし機会もない、って人はけっこういるんでないかとおもいましたよ。

そんな感じです。ほなまた。

新学期雑感

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こんにちは(む)です。
新年度であります!
京都は桜の季節もすぎて早くも新緑になってしまいよりました。
しばらくブログを書いておりませんでしたが、その間もわれわれは、色々うごうごしておりました。
ブログに書きそびれたイヴェントとしては、山の学校で開催させていただいた第3回アカデメイアカフェがありました。
「教育」というテーマで話し合いました。年配の方から幼稚園児(!?)まで集まってくださいました。

新年度に向けて(あ)氏が作成し続けていたウェブサイトも公開できる状態になりました。
まだぼちぼち修正中ではありますが、晴れてお披露目です。
プログラミングを一から学んでの、渾身のリニューアルです!
http://www.kyoto-academeia.sakura.ne.jp/

わたくしめも、(な)くんとともに、新歓タテカンを作成中であります。今度は水族館風味にしようと思ってます。もうじきお披露目しますね。

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年度末には、スタッフ会議(という名の放談会)も何回か開きました。
相談したのは主に、ホームページのことやイベントのことですが、その中で「京アカとは?」みたいなでかい話もちらちら出ましたので、今日はそのよーなことなどちょっくら書いてみるとします。

ついったーで「京アカのマネタイズ」という話が出ていたので、もしかしたら気にしてくださっている方もおられるかもしれませんね。
かいぎ(会議という字面が好きではないのでひらがなにする)ではその話も中心話題のひとつでした。まずこれについて報告をば。
(以下わたしの記憶を元に書いておりますので、誤りやニュアンスの違いがあればご訂正ください>会議参加者各位)
ぼんやりとした方向性としては、「マネタイズ」といっても今すぐに京アカを営利化するとかいうわけでなく、それも中長期的目標として視野にいれつつも現時点では少しカンパを募れる機会くらい持てればいいかな、というところで話はひとまず落ち着きました。(ついったーでこの話が出たのもそもそもは、「みんなそれぞれ忙しく生活もラクではない中、このまま収益ゼロで京アカの活動を続けられるものかなあ、ちょっとはお金が入る仕組みができるといいなあ」という話でしたし。)
しかし、この件に関しては会議参加者の意見はバラバラでして、一応の結論は上記のようなところに落ち着いたものの、本格的な「マネタイズ」を考えてもよいのでは?という意見もあり、いや「京アカ」でそれはするべきでないorしたくないという意見もあり、カンパを募ることすら良くない、お金をもらうということにはリスクがある、という意見もあり。
で、これは結局、「京アカは最終的にどうなりたいのか?」というところに関わるぎろんやなあと思ったわけです。
この点に関しては、発起人である(も)くんたちには一定のビジョンがあるでしょうし。それぞれのメンバーにはそれぞれのかかわり方に応じて希望があるでしょうし。(ちなみに私自身は、そのときどきで参加できそうな企画があれば参加する、という程度のかかわり方でかかわっております。希望については後で述べます。) なんとなくの方向性はあるものの(そしてそれに拠ってその都度物事を決めてはいる)、かっちりした最終目標を全員が共有している、という団体ではないのです。だいたいの方向性の中で、なんとなくの役割分担に従って、それぞれ得意なorやりたいことをする、という方針でこれまで進んできています。

このゆるさが京アカのいいところでもあり、「学生団体」といえば何かに向ってばりばりやるイメージが強い中、下手なりに不器用にやっていくのんも(利益や誰かへのサービスを目的とするのでない限りは)いいんではないかな、と個人的には思うわけですが、「京アカとは?」と問われたとき、対外的に(「外」とはどこからかというのもまた問題なわけですが)どういう団体かを説明するときに困るところでもあります。

私はこのように「京アカスタッフブログ」でブログを書いておるわけなのですが(ちなみに私村田がブログをよく書いておるのも、別に皆の代表というわけでなく、なんとなくの役割分担の結果です、あと暇人だから…)、このブログでどれだけ好き勝手勝いてよいのかな? どれだけ自分の色を出してよいのかな? というところはしばしば悩むところであります(これでも)。
つまり、京アカが明確な目的をもつ団体であれば、その団体の利益やイメージに反するようなことは書かない!という自制ラインがはっきり作られるでしょうが、そうではないですしね。
もちろん、一人ひとりが好き勝手に暴れながらもなんとなく皆が同じ方向を向いているようなチームが、理想のチームのあり方だとは思うのです。全員めちゃくちゃやりながらもなんかかっこいいパンクバンド、みたいなイメージね。が、京アカはそういうチームともまた違うのですね。
基本的には何でもアリなのですが(かいぎで相談をしてみたところ(も)くんや(あ)さんも「基本的にそれぞれ書きたいことを書いて削除はしない方針、それで揉めたとしても何も書かないよりはいい」とのことでした)、それでも「そうは言ってもそこは避けたい」というところはなんとなくあるわけで。また、収益化を最終目標とするかしないかによって、そのラインも変わりうるでしょう。

それと少し関連してですが、次回アカデメイアカフェの話です。
かいぎでは、この話も中心ぎだいのひとつでした。
次回アカデメイアカフェは、「ハシズムを考える」というテーマででぃすかっしょんする予定です。
私は政治的なテーマを取り上げることにまつわる懸念(のようなもの)を少し話しました。むろん、別に政治の話だけが政治的な話ではないですが、しかしやはり、こうした極めて今日的な話題を取り上げるときは、これまでの「教育」「大学」といったテーマとは違う種類の懸念ができてしまうのではないかな、と思ったのです。それは単に、所謂「色つき」の団体になってしまうのでないか、という懸念とは少し違いまして。
アカデメイアカフェは、誰が参加してぎろんがどう転がるかはまったく分からんまま、とにかくみんなで話してみる、というイヴェントです。
その結果、話が「反ハシモト」的な方向に流れれば

構造と力と私

ハロー、皆様、ハウ・ロウ? 花粉はいかがですか? 鼻水がとめどなく流れるよ上顎が痒いよ(む)です。

先日は『構造と力』会に顔を出したのでその話をば。
これは、京大3回生の(オ)さんが、ついったー経由で京アカに、浅田彰著『構造と力』読書会をしたいと持ちかけてくれたものです。
(オ)さんのお友達+京アカ経由の参加者で、10人くらいの会になりました。

前半は思文閣の地下Caveで、後半はそのお隣のカフェで。
途中昼食タイム(なしごれん!なしごれん!)も挟み、雑談もしつつ(合こん!合こん!)、リラックスした会になりました。
でぃすかっしょんでは、本の内容についてのみならず、この本が書かれ読まれた時代背景についても話すことができました。

『構造と力』ちゅーたらもう30年も前の書。それを携えた若者たち(とそれほど若くない者たち)がこの2012年に集うのはたしかに一寸不思議な光景。
私は、80年代ニューアカブームって何やったんか? そして、その頃の本が今なぜ・どのように読まれているのか? という興味があって参加したんですが、で、一般的にはシラケたスカした時代として回想されがちな80年代であるが、この本の冒頭「序にかえて」を読んだ一回生の学生さんたちは、

「自分に向けて言われてるように感じた、励まされてるように感じた」
「熱い!!」

と言うてはって、今でも若者にその著書がそのように読まれていること、浅田さんはご存知かなあ!とおもいました。

たしかに30年前の書ではあるが、この冒頭に書かれている「大学」にまつわる諸々の話題、「虚学」(と呼ばれるもの)vs「実学」(と呼ばれるもの)、就職予備校化、云々は、こんにちますます議論されていることであって、しかもけっこううすっぺらく議論されることであって(たとえば理系文系ディスり合戦みたいなあるいは理系文系占いというてもいいような形で)、また、「ジャングルで学問ができるか」(当時京大総長)vs「ジャングルでなくて学問ができるか」(浅田)という議論は、京大もジャングル感を削り取られこぎれいな凱旋門大学になりつつある昨今ますます切実であるんではなかろうかと、思。
しかし、受験勉強的入門書的な知識のあり方から非整然としたジャングル的知へ、というテーゼが繰り返されていながら、この本の体裁自体は、あとがきで「チャート式」とあるように分かりやすい入門書になっている(よね?)という(一見の)矛盾も面白いとこではないでしょうか。

長うなってしまいました。
上では「序にかえて」のことばっか書いてしもうたが、一章以降のないようについても勿論いろいろ話しまして、私のよーなゲンダイシソウ音痴には、「この用語ってどういう意味?」みたいな素朴な質問ができる会だったのもよかったです。
続き(二章から)もやるっぽいので、興味ある方は京アカMLにご登録を。
そして主催の(オ)さんたち、京アカに連絡ありがとうございました。みなさん目がきらきらしてはったのが印象的でした。では!

会場にいた古代魚さん↓

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これまでのビラなど

 

ぬぬーん。(む)です。
これまでに京アカ関係でつくったビラなど、別ブログにまとめてみました。単にじこまんぞくですが、よかったらごらんください☆
http://acephale.g.hatena.ne.jp/may_ca/20120229

京都もそろそろ春の空気になってきました。
春に向けて、ホームページも鋭意改装中です!(注:(あ)氏が。)
たてかんもまた作りますかのう。では皆様お元気で。