将棋電王戦FINALが投げかけたもの

電王戦FINALが閉幕した。
結果は、プロ棋士がコンピュータソフトに3勝2敗で、初めてプロ棋士側の勝ち越し。第1回から第3回までの電王戦でプロ棋士側が大幅に負け越してきただけに、将棋関係者や将棋ファンからは安堵の声があがっていた。
とはいえ、その幕切れがいささか後味の悪いものになってしまったこともまた確かだ。
2勝2敗で迎えた最終局、阿久津主税八段 vs AWAKEの戦いは開始からわずか49分、21手でAWAKE側の投了となった。投了図は下図のとおり。(投了図は記事の最後にリンクした野月浩貴七段の記事から引用した)

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20手目に後手AWAKEが△2八角と敵陣に打ち込み、21手目に先手阿久津八段が▲1六香と香車を上がったところで、AWAKE開発者の巨勢さんが「ここで投了します」と唐突に投了を告げた。あまりにも早い終局に、ニコ生での中継解説は騒然とした雰囲気となり、重々しい空気に包まれる対局場が映し出されていた。

投了図後は、どうあがいても敵陣に打ち込まれた2八角が先手に召し捕られてしまう格好。結論からいうと20手目に後手が△2八角と打ち込んできたのが無理筋で、阿久津八段がその無理筋を的確に咎めたことになる。

ただし問題となったのは、現バージョンのAWAKEはこのかたちになると無理筋にもかかわらず△2八角と敵陣に打ち込んでくることが、電王戦の開幕前からすでに、アマチュア参加型のイベント(「電王AWAKEに勝てたら100万円!」)のなかで明らかになっていたということだった。この企画に挑戦したアマチュア強豪のひとりが、この筋を利用して見事にAWAKEを破り、100万円を獲得したという出来事が電王戦直前に起きていた。この出来事は将棋ファンのあいだでもニュースとなり、はたして阿久津八段もこの筋を使うのかどうかが最終局の前からひそかに関心の的になっていた。

投了後に行われた記者会見では、AWAKE開発者の巨勢亮一さんは「すでにアマチュアの方が指されていた形を、プロ棋士が指すのはやり辛いのではないかと思っていた」「このような指し方はプロ棋士の存在意義脅かすものではないか」と憮然とした表情で述べた。ソフト側に欠陥があることがわかっているにしても、すでにアマチュアが公開イベントで試して勝利している「ハメ形」を、プロ棋士がこういった大舞台で指してくるのはいかがなものか。もっと正々堂々と戦ってはどうなのか。巨勢さんの発言からはそういった怒りと悔しさが滲み出ていた。

阿久津八段は、このかたちを指すことに葛藤があったとしながらも、プロ棋士側の大将でこの勝負は勝たなければならない大一番だったことから、一番勝つ確率の高い指し方を選んだと説明した。そのような阿久津八段の決断に対して、将棋ファンからは「プロ棋士ならば相手の弱点を突くのは当然」という意見と「プロ棋士ならばハメ形など利用せず、堂々と戦ってほしかった」という意見との両方が聞かれ、一種の論争にまで発展した。

この論争のどちらが正しいかを簡単に結論づけることはできないだろう。それぞれにそれぞれの立場からの言い分がある。真剣勝負をかけて戦うプロ棋士とソフト開発者のあいだに見解の齟齬が生まれるのも当然だと言える。むしろこのような論争を含めて、人間とコンピュータ(人工知能)の対峙の仕方がいかなるものであるべきかを考えるための最高の素材を与えてくれることに電王戦の最大の価値があったのだと見るべきなのかもしれない。

この点について本質を突く発言をしていたのは、主催者のひとりであるドワンゴ会長の川上量生氏だった。

「この電王戦の大きなテーマは、人間とコンピュータの関係を世の中に問うということだと思っています。そういった意味で、今回の電王戦は今までのなかでも一番、人間とコンピュータが性能を競うとはどういうことなのかということについて、いろいろな問いを投げかけてくれたのではないかと思って、大変に満足をしています」

電王戦はしばしば「人類vsコンピュータ」という図式で語られ(そして実際にドワンゴ自身がそのような対立図式を煽っているのだが)、プロ棋士とコンピュータソフトのどちらが勝ったのかという点にのみ関心が行きがちだが、むしろ一番重要な問いは勝ち負けではなく、その戦いを通してどのような人間とコンピューターの関係性の未来が見えてくるのかということにある。

今回の最終局について言えば、阿久津八段がAWAKEのハメ形を知ったうえで、その弱点を採用するのかしないのか、彼がどのように戦い、またソフト開発者はそれに対してどのように対応するのか、そしてそこからどのようなドラマが生まれ、観客はそこに何を感じとるのか、ファンの間でどのような議論が巻き起こるのか、人間とコンピュータの対戦が生み出すそのような一連の反応こそが、電王戦の最も重要な要素だったということである。

それらの反応からは、人間とコンピュータ(人工知能)の関係性の未来を予測することができるだけではなく、そもそも人間とコンピュータ(人工知能)の違いとは何なのか、「人間(らしさ)」とは何なのか、というより根本的な問いが立ち上がってくる。もし部分的な性能においてコンピュータ(人工知能)が人間の能力を追い抜いたとき、それに人間はどのように対応するだろうか、そこで脅かされる人間の意義とは何だろうか。あるいは決してコンピュータ(人工知能)には真似することのできない「人間的」な部分とは何だろうか。そのような哲学的問いを、電王戦が生み出したドラマはわれわれに問いかけてくるのである。

プロ棋士がコンピュータソフトに負けたからといって、その事実だけで単純にプロ棋士の存在意義が脅かされるということはないはずだ。むしろ本質的な問題は、コンピュータソフトにその実力を追い抜かれようとしているときに、プロ棋士側がその過酷な現実に対してどのような手を打っていくのかということにある。その意味では、ここ数年、将棋ファンの枠を超えて広い盛り上がりを見せている電王戦シリーズの開催は、今までののところ、プロ棋士側がとるべき対応として大成功の結果を収めていると見るべきではないだろうか。日本将棋連盟は、プロ棋士がコンピュータソフトに負けるというピンチを、電王戦という興行イベントを立ち上げることによって見事にチャンスに変えたのだ。

ここ数年、毎年さまざまなドラマと論争を巻き起こしてきた電王戦は、今回がFINALと銘打たれている。少なくとも第2回~今回までのような5対5の対戦形式での開催は今年が最後ということである。しかし最後の記者会見では、日本将棋連盟とドワンゴのあいだで次なる企画に向けた話し合いが進められていることが明らかにされた。ここまでピンチをチャンスに変えてきた日本将棋連盟が、次に放つ一手とはどのようなものだろうか。将棋ファンのひとりとして楽しみに見守ることにしたい。

 

参考記事:電王戦FINAL第5局 観戦記 野月浩貴七段(ニコニコニュース)
「ハメ手」って何? 将棋・電王戦で21手でコンピューターが投了 人類が圧勝した理由とは(The Huffington Post)
将棋電王戦FINAL 第5局 阿久津主税 八段 vs AWAKE PV (ニコニコ動画)

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