中沢新一『ポケモンの神話学』:拡張現実の時代へ

大窪善人

2016年、日本中、世界中を席巻した携帯ゲームアプリ『ポケモンGO』。今年の夏は街中のいたるところで『ポケモンGO』で遊ぶ人たちを目にしました。ですが、このゲームがなぜこれほど大ヒットを巻き起こしたのかは、いまなお謎のままです。

たしかに、「ポケモン」はかねてから日本を代表する人気コンテンツだったわけですが、『ポケモンGO』自体は『Ingress』というゲームの既存技術の応用に過ぎません。にもかかわらず、これほどのムーブメントを巻き起こした理由は何なのか。

本書『ポケットの中の野生』(1997年)改題『ポケモンの神話学』にその謎を解くヒントを探してみましょう。

「野生」との出逢い

著者の中沢新一はポケモンとのであいをこんなふうに書いています。

多摩川のほとりを歩いていた私は、川べりの水たまりでおたまじゃくしやザリガニを取るのに夢中になっている数人の小学生を見た。[…]私がアレッと思ったのは、そのうちの何人かの子が、すいているほうの手に小さなゲーム機を握っているのが見えたからだ。私はこういうことに詳しい若い友人に、あれはなにかと聞いた。すると友人はこともなげに、「ああ、あの子たちは『ポケモン』をやっているんですよ。『ポケモン』をしながら、魚とりか。なんかとってもいまっぽいですよね」と答えるのだった。

ご存知の通り、最初の『ポケモン』は1996年に任天堂から携帯ゲームソフトとして発売されました。ゲームのシステム自体はすでにありふれたものでした。ゲームの目的は、草むらや森、洞くつといった様々なフィールドにひそむ「ポケモン」と呼ばれる不思議な生き物たち(全150種類)を捕獲して「ポケモン図鑑」を完成させることです。その過程で捕まえたポケモンを育てたり、友達のポケモンと戦わせたり、交換したりして遊ぶわけです。

ここで著者が注目するのが、『ポケモン』という電子的メディアが「野生」や「神話」といったアルカイックな想像力を呼び起こすという両義的な関係です。

『ポケットモンスター 赤・緑』/任天堂

ゲーム内において、ポケモンたちははじめ「野生」として主人公に襲いかかってきます。そこでプレーヤーは「モンスターボール」という「科学的」なアイテムを使って捕獲することで、ポケモンを手なずけることができるようになっています。

すべてのポケモンは「ピカチュウ」「ヒトカゲ」「フシギダネ」のように「種類」として分節されていて、それぞれに「でんき」「ほのお」「くさ」といった「属性」(15種類)を備えています。この設定から、戦闘において「水ポケモン」は「炎ポケモン」に強い、「電気ポケモン」は「水ポケモン」に強い、「じめんポケモン」は「電気ポケモン」に強い…といった、ジャンケンや元素説を思わせる対称関係の論理が出てくるわけです。

一見多様でとりとめなくみえる世界に体系的な論理や分節を導入することによって、子どもたちが「自然」や「野性」にアクセスしていく。そこに著者はレヴィ=ストロースのいう「野生の思考」の現代的アレンジを見出します。

そして、そうした子どもたちの想像力が、現実世界と驚くほど地続きでありうるということに衝撃を受けたわけです(ゲームの舞台である「カントー地方」には、ゲームデザイナーである田尻智が幼少期を過ごした東京郊外の風景が流れ込んでいる)。

私がじっさいにこのゲームについて話をしてみた子どもの何人かは、『ポケモン』に夢中になりだしてからというもの、近所にあるちっぽけな藪や公園の草むらから、ふいに「ポケモン」みたいな変な生き物が飛びだしてきそうな気配を感じるようになって困った、と話をしてくれた。この子どもたちにとっては、ゲーム機の中でおこっていた「多神教的感覚」が、そのまま現実の町の中で働きだしてしまったのである!

拡張現実の時代へ

中川大地『現代ゲーム全史』は、見田宗介の戦後日本の時代区分「理想の時代/夢の時代/虚構の時代」を踏まえ、その後に「仮想現実の時代(1990〜2004年)」「拡張現実の時代(2005年〜,宇野常寛)」を付け加えます。ここで重要なのは後者です。なぜなら、中川によれば96年に発売された『ポケモン』こそ「拡張現実の時代」の萌芽だったからです。

「拡張現実(AR,オーギュメンテッド・リアリティ)」とは、たとえばテレビ・アニメーション『電脳コイル』(2007年)でも描かれたような、バーチャルな情報を現実の物理空間に重ね合わせる技術のことで、カメラやGPSを備えたスマートフォンや携帯ゲーム端末の登場によって普及しつつあります。そして『ポケモンGO』はまさにこの「拡張現実」を応用したゲームなのです。

しかし、そこでおもしろいことは、先に述べたように、96年の初代『ポケモン』がそもそもはじめから「AR的な想像力」を持っていたということ、これです。だから『ポケモン』が元来備えていた「野生の思考」的な理念は、ARの技術的進歩を待って、ようやく20年後の2016年に実現したと言うことができるでしょう。

交換を経由した贈与

『ポケモン』というゲームの最大の特徴は何か? それは「交換」であると中沢は言います。いわく、ポケモンの「交換」には不思議なことがあると。

ポケモンには「親」である自分の名前とIDが付いていて、それは交換によって誰かのものになっても残るようになっています。著者はそれを、ポケモンに付随して「親の人格」の一部が贈与(ギフト)されているのだと言います。

そのほか「人からもらったポケモンはいうことをきかなくなることがある」「交換でのみ進化するポケモンがいる」という設定に表現されています。つまり、一見それはポケモン同士の「等価な交換」に見えつつ、じつはそれ以外の”何か”が行き来している、「等価交換以上の交換」だと言うのです。

さて、『ポケモンGO』にはまだ交換機能は実装されていませんが、おそらく近い将来実現することになるでしょう。なぜなら、それこそが『ポケモン』の一番不思議な魅力なのだから。
 

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