要塞戦とパルチザン:大学をめぐる状況

大窪善人


 

ラテン語のintra muros(イントラ・ムロス=城壁の内側)という単語にはもうひとつ「大学の構内」という意味もあります。しかし、大学の由来を考えると「大学」と「城壁」とが結びつくのは少し不思議です。

大学の起源

世界初の大学は12世紀末〜13世紀初頭の北イタリアに誕生したボローニャ大学だと言われています。当時のヨーロッパでは自治都市が発達し、流浪者や旅の学者、朗読家など多様な人々が集まっていました。大学はそうした自由人たちにとって相互扶助の知的空間として誕生し、ヨーロッパ中に拡大していきました。

大学制度の成り立ちについては吉見俊哉『大学とは何か』岩波書店、2011年(筆者による書評)をご覧ください。

この中世に登場した大学には一つ大きな特徴があります。大学の「開放性」です。

各地の大学の講義はヨーロッパの共通語であるラテン語で行なわれ、アリストテレスをはじめとするギリシア科学が基礎教養とされたため、内容にほとんど地域差はありませんでした。

大学は市民一般に”開かれた”教育機関として誕生したわけです。だから城壁の内側に引きこもるのとは正反対なのです。

諸学部の争い

“intra muros”の辞書的な由来については調べてみないとわかりませんが、そこで思い出されるのはカントの大学論です。

カントは『諸学部の争い』という書で、(近代の)大学のコアは哲学部にあると主張します。

神学、法学、医学という「上級学部」は、教会や政府といった大学の外側から命令を受けるために他律的です。他方、大学が大学として自律するためには、真理の探求をめざす哲学部(下級学部)が外部の干渉から自由でなければならないと訴えます。つまり、大学は市民社会とは異なる価値観を守る砦であると主張されたわけです。

要塞戦とパルチザン

いま現代の大学は大きな危機に直面しています。先進各国が経済的に行き詰まる状況で、グローバルに展開する資本と力の論理が幅を利かせるようになっています。各大学で研究費の獲得が厳しくなる中、「軍事研究の解禁」もそうした流れのひとつなのでしょう。

大学で軍事研究、解禁議論を開始 日本学術会議 /日本経済新聞

実際の要塞が戦争の近代化によって無力化したのと同じく、大学という「知の城塞」も根拠地としての力を失いつつあるのかもしれません(もちろん、現状それに対する抵抗は行なうべきだと思いますが)。

一方でそれに代わるものは、あるのでしょうか。比喩的に言えば、特定の拠点を持たないゲリラ的なネットワークとか潜行するクジラの群、したたかにシステムの裏をかくパルチザン的な方法であるのかもしれません。
 

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