ハイエク『法と立法と自由』:法は立法より古い

大窪善人


法と立法と自由1

春秋社(2018年04月13日)

 
ハイエクといえば経済学者として有名ですが(1974年ノーベル経済学賞受賞)、法哲学でも重要な議論をしています。

彼の本でもっともポピュラーなのは1944年の『隷属への道』でしょう。中央政府が社会全体をコントロールする社会主義、福祉国家政策を「設計主義」として退け、個人の基本的自由を守ることの重要性を訴えました。本書はその延長線上で書かれた、ハイエク法理論の主著(邦訳は全3巻)です。

彼は法概念の歴史的な変遷について「法は立法より古い」と言います。現代の国家では、法は民主的につくられたものですが、中世までの法は”すでにあるもの”として「発見」されなければなりませんでした。ハイエクは、人が意図的に作る法(テシス)に対して、自生的な秩序としての法(ノモス)を重視しました。

ハイエクはたびたび右派あるいは保守主義者とも言われてきましたが、その理由はこうした「法の支配」論からも見てとれます。つまり、理性よりも伝統や慣習を信用するからです。ですが、このハイエクの議論は、理性主義の権化のようなカント的発想からそう隔たっていないかもしれません。

晩年カントは『単なる理性の限界内における宗教』で、理性が扱える範囲を限定しました。理性の自己規制は理性自身の謙虚さを示しています。他方、よく保守派の政治家や学者が「行き過ぎた個人主義」とか「権利の濫用」を言い立てますが、そのような”理性の思い上がり”は、すでにカントによって封じられていたからです。

人間が自分は法をつくったり変えたりできると思うようになる前に、法が長いこと存在してきたのはまぎれもない事実である。[…]すべての法は立法者の自由な発明の産物であり、そうあることができ、そうあるべきであるということについては事実に反している、それは[…]設計主義的合理主義の間違った所産なのである。

『法と立法と自由』pp.98-9

何でも理性と設計でコントロールしようと考えるのは「致命的な思い上がり」に他なりません。
 

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