書名:1Q84 BOOK3
著者:村上春樹
出版社:新潮社
出版年:2010

ようやくBOOK3を読み終えた。
BOOK2を読み終えた後に比べればだいぶ謎が解けた感はあるけど、まだまだ謎は山ほど残っていて、読後感が良いとは決して言えない。
残された一番の謎は、リトル・ピープルとは何か?ということ。(以下、ネタバレ)

この点については、BOOK3でもほとんど謎が明かされなかったので、いろいろ想像を働かせるしかないのけれど、もしかするとBOOK3に続くBOOK4でそのヒントが与えられるということなのかもしれません(BOOK3まで読んだかぎり、いかにもBOOK4も出そうな雰囲気)。

これまでの村上春樹作品に比べた『1Q84』の特徴は、主人公の「父」が明確に描かれていることです。 村上春樹作品では、主人公の「家族」が物語に登場することは極めてまれで、特に「父」の姿が描かれることはほとんどありませんでした。しかし『1Q84』では、「父」との対峙が大きなテーマになっています。

いちばん分かりやすいのは、天吾と天吾の父親の病院での対話ですが、例えば青豆と「さきがけ」のリーダーのホテルでの対峙シーンも、ある意味で「父」と「子」の対決です(青豆の両親は新興宗教の信者であり、リーダーは別の新興宗教の教祖=父であった)。あるいは、リーダーの娘であるふかえりが『空気さなぎ』という小説を書いたことも、「父」に反旗を翻したという意味でやはり「父」と「子」の対決を意味します。

さらに象徴的なのは、青豆がリーダーを殺した際に青豆が天吾の子を身ごもった、ということです。 これは、青豆が「父殺し」を行った際に、同時に天吾が「父」の力と資格を引き継いだことを意味するものと考えられます。つまり、天吾は図らずも「父」を殺すことによって、自分自身が「父」になったのです。ちなみに、青豆がリーダーを殺したとき、天吾はリーダ-の娘であるふかえりと「多義的に交わって」いました。このとき、天吾はまさにドウタと「交わる」リーダーと同じ位置に立っていたということです。そして、リーダーがついになしえなかったこと、つまり「子」を作ることに成功したのです。

つまり『1Q84』では、主人公(天吾と青豆)が様々なかたちで「父」と対峙すると同時に、自分自身が「父」になること、をもテーマにしていると言えます。これは明らかにこれまでの村上春樹作品になかったテーマです。

エルサレム賞の受賞式で、村上春樹は「壁と卵」という感動的なスピーチをしました。そり立つ固い「壁」と、それに潰される「卵」があれば、自分は必ず「卵」の側につくと。
◆村上春樹エルサレム賞スピーチ全文(日本語訳)http://www.47news.jp/47topics/e/93925.php
しかし『1Q84』のなかで村上春樹が描いているのはもう少し複雑な事態です。つまり、卵=子の立場にあったはずの主人公が、「壁」=「父」を倒した途端に、自分自身が「壁」=「父」になってしまったということ。主人公もまた「壁」=〈システム〉の一部になってしまうということ。これが『1Q84』のテーマです。

では、「父」と「母」になってしまった天吾と青豆はこれからどのように生きていくのか。BOOK3のラストは、天吾と青豆が「1Q84年」の世界を抜けだしたと同時に、別の「1Q84年」の世界に来てしまったことを暗示した終わり方になっていますが、この先がどのような展開になるのか、はっきり言ってまったく分かりません。
正直、この小説雰囲気が暗いうえに動きがないので、読んでいてあまりワクワクしないのですが、このまま終わるとなると後味が悪くてスッキリしないので、はやくBOOK4が出て、もう少し気持ち良い読後感にしてくれることを期待します。

(評者:百木漠)

更新:2012/06/14