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マルクス入門ブックガイド

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マルクスの研究をしています、と言うと、「マルクスは読もう(読まなきゃ)と思いつつ、ずっと読んでないんですよねぇ」という趣旨のことをよく言われる。「マルクスって何から読むのがいいんですか?」と聞かれることも時々ある。

言うまでもないことだが、マルクスが後世の学問に与えた影響は、経済学・社会学・政治学・哲学(思想)・文化人類学・国際関係学など多岐に渡る。また悪名高き社会主義/共産主義思想の始祖として、歴史に与えた影響の大きさも計り知れない。当然に、マルクスに関する研究書・解説書の量も膨大である(おそらく歴史上の偉大な思想家たちの中でも、先行研究の蓄積量は一、二を争うのではなかろうか)。

このような知の巨人が残した膨大な著作群を前にして、一体どこから手をつければ良いのやら、と途方に暮れた気分になるのも至極当然なことである。そこで、このマルクス・ガイドブックでは、私の独断と偏見によって、初学者に薦めるマルクス関連の著作を紹介したい。このガイドブックが、マルクスに関心を持っている人が一歩目(一冊目)を踏み出すための一助となれば幸いである。


まず、マルクスの著作を読むならば何から読むのがお勧めか、と聞かれれば、個人的には『経済学・哲学草稿』『共産党宣言』『資本論』の三冊を挙げたい。いずれもマルクス著作のなかで超メジャーなものばかりだ。

 

書名:経済学・哲学草稿

著者:マルクス

訳者:城塚登、田中吉六

出版社:岩波書店

出版年:1964年

 

『経済学・哲学草稿』(城塚登・田中吉六訳、岩波文庫、1964年)は若き日のマルクスが残した草稿(生前には出版されず)であるが、頭から読み始めるよりも、まず「疎外された労働」の章から読むことをお勧めする。といよりも『経済学・哲学草稿』は、ひとまず「疎外された労働」の章だけ読めば良い。疎外、類的存在、自己確証などマルクス思想特有のタームがいきなり出てきて戸惑うかもしれないが、考え過ぎる必要はない。それほど長くない章なのでとりあえず読み通してみて欲しい。昨今、非正規労働の増加、派遣切り、ワーキング・プア問題、就職活動競争の激化など、労働・雇用をめぐる社会問題が頻発しているが、このような時代だからこそ、改めてマルクスの労働疎外論を坦懐に読み直してみて欲しい。それが現代の労働にも十分に説得力をもって訴えかけるものをもった概念であることを理解してもらえるのではないかと思う。

 

書名:共産党宣言

著者:マルクス、エンゲルス

訳者:大内兵衛、向坂逸郎

出版社:岩波書店

出版年:1951年

 

次に『共産党宣言』(大内兵衛・向坂逸郎訳、岩波文庫、1951年)。共産主義の始祖としてのマルクスを決定的に印象づける悪名高き一冊であるが、これまでに持っている偏見を抜きにしてこの本(宣言文)を読んでもらいたい。「ヨーロッパに亡霊が出る――共産主義という亡霊が」という冒頭文はあまりに有名であるが、熱き情熱に溢れると同時に、随所にウィットと含蓄に富んだ表現が散りばめられた、マルクス=エンゲルスの宣言文は、とにかく活力(エネルギー)に満ちている。そこに込められているのは、夢想的な共産主義のユートピアであるよりもむしろ、圧倒的な「資本主義への怒り」である。資本主義が不可避的にもたらす理不尽な貧困や格差やコミュニティ破壊への怒り。これもまた現代社会にも通ずるアクチュアリティをもったテーマではないか。全体を通しても非常に短い一冊なので、読んで決して損はしないはずである。

 

書名:資本論 (1) (国民文庫 (25))

著者:カール・マルクス

訳者:岡崎次郎

出版社:大月書店

出版年:2000年

 

三冊目は、ザ・王道の『資本論』。『資本論』は読みたいと思いつつ、をすべて読み通そうとする必要は全くない、ということ。『資本論』を読もうとする人がまず躊躇してしまうのがその長さ。『資本論』は三巻構成になっているのだが、大月文庫版にして八分冊ぶん(岩波文庫版では九分冊)もある。しかし、『資本論』を最初から最後まできちんと読み通したという人は研究者の中でもそう多くはない。学部生~院生(修士)レベルならば、第一巻(大月文庫版1~3分冊)をひと通り読んでおけば十分だろう。初学者にはまず第一章「商品」~第四章「貨幣の資本への転化」までを読んでもらいたい。この四章だけで『資本論』の重要な骨格はつかめるはず。

『資本論』を一人でイチから読むのはかなり大変だと思うので、手近な解説書等を参照したり、可能であれば身近な仲間と読書会などを開催したりしながら読み進めるのがお勧めだ。確かに第一章からかなり難解な議論が展開されているのだが、そのぶん読みごたえもあるはず。個人的には難解な価値形態論をすっ飛ばして、第四章「貨幣の資本への転化」から読み始めるのもアリだと思う。この章は比較的に論理展開が分かりやすく、表現もウィットに富んでいるうえに、「貨幣」と「資本」の関係性というテーマも重要かつアクチュアリティがある。資本とは何か、貨幣と資本はどう違うのか、資本の自己増殖はいかにして始まるのか、という端的な問いにも答えてくれる。とりあえず、第一巻の第一章~第四章を読んでいれば、資本論を「一応カジった」と胸を張ってよいだろう(笑)


 

書名:マルクスる?世界一簡単なマルクス経済学の本

著者:木暮太一

出版社:マトマ出版

出版年:2007年

 

先にも書いたとおり、マルクスの解説書・参考書の類は膨大に存在する。そのなかでも超入門編として個人的にお勧めなのは、木暮太一『マルクスる?-世界一簡単なマルクス経済学の本』(マトマ商事、2007年)。冗談のようなタイトル、イラスト入りの中身と、一見幼稚な解説書に見えるかもしれないが、内容的には比較的によくまとまっていて、解説も的確な部類に入る。もちろん超入門編のため、かなり単純化&図式化している箇所はあるが、マルクス理論への第一次接近としては良心的な入門書だと思う。

 

書名:マルクスを再読する――「帝国」とどう闘うか

著者:的場昭弘

出版社:五月書房

出版年:2005年

 

やや専門的な参考書としては、的場昭弘『マルクスを再読する―「帝国」とどう闘うか』(五月書房、2005年)がある。マルクスの主要著作を、それぞれの著作ごとに解説を加えながら紹介し、マルクス経済学/マルクス思想の概観がつかめるようになっている。少し古いところでは、廣松渉『今こそマルクスを読み返す』(講談社、1990年)が挙げられる。廣松渉独特の文体に触れながらマルクスの解説を読むことで、古き良きマルキストの雰囲気を味わうことが出来る一冊である。

 

書名:貨幣論

著者:岩井克人

出版社:筑摩書房

出版年:1998年

 

概括的な解説書ではないが、マルクスをテーマとして扱った読み物としてお勧めなのは、岩井克人『貨幣論』(ちくま学芸文庫、1993→1998年)。『資本論』第一巻・第一章~第三章で扱われる価値形態論、商品交換論、貨幣論の骨子を明瞭に解説しつつ、貨幣の本質を明らかにしようという野心に満ちたスリリングな一冊。文章も分かりやすく、マルクスに関する知識がほとんどない人でも楽しんで読めるのではと思う。貨幣の本質を考え直すきっかけを与えてくれると同時に、『資本論』第一巻の良質な解説書にもなっている点もポイントが高い。同著者の『ヴェニスの商人の資本論』(ちくま学芸文庫、1992年)『資本主義を語る』(ちくま学芸文庫、1997年)『二十一世紀の資本主義論』(ちくま学芸文庫、2006年)なども読み易く、ウィットに富んでいるのでお勧め。

 

書名:マルクスその可能性の中心

著者:柄谷行人

出版社:講談社

出版年:1990年

 

また日本を代表する批評家である柄谷行人の『マルクスその可能性の中心』(講談社学術文庫、1978→1990年)も読み物としてのクオリティが高く、マルクス思想について考えるための重要なヒントを与えてくれる一冊だ。また、柄谷の最新作『世界史の構造』(岩波書店、2010年)『トランスクリティーク――カントとマルクス』(岩波書店、2001→2004年、定本柄谷行人集3)発表以来の柄谷の思索(マルクスとカントの横断的(トランスクリ)批判(ティーク))の集大成とも言うべき著作となっている。世界的に見ても、マルクス思想について最先端の考察を与えてくれる一冊なので、意欲のある方は挑戦してみてはいかがだろうか。近年の柄谷の思索への入門書としては『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』(岩波新書、2006年)がある。併せてスラヴォイ・ジジェク『ポストモダンの共産主義 -はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』(ちくま新書、2010年)などもお勧めだ。

 

書名:資本論体系

編集代表:富塚良三、服部文男、本間要一郎

出版社:有斐閣

出版年:1984-2001年

 

最後に、『資本論』研究の専門的な参考書としては『資本論体系シリーズ』(有斐閣、1984→2001年)が定番だ。世界的に見てもトップレベルの研究水準を誇る日本のマルクス研究の蓄積が詰まったシリーズであり、項目別の『資本論』の詳細な解説から学術的論争の過程までが収められている。マルクス用語の理解にあたっては、『新マルクス学事典』(的場昭弘他編、弘文堂、2000年)『マルクス・カテゴリー事典』(マルクス・カテゴリー事典編集委員会、青木書店、1998年)などを参照すると良いだろう。これらの解説書・事典は多くの大学図書館に収められているので、必要箇所を適宜参照することをお勧めする。


以上、個人的な独断と偏見に基づいてマルクス入門のための著作・参考書のごく一部を紹介してきた。繰り返しになるが、マルクスを読む際には、共産主義/社会主義の父などといった一般的イメージ(偏見)をいったん捨てて、虚心坦懐にその独特な魅力に溢れた思想と文体を味わってみて欲しい。そうすれば、思想的に賛同できるかどうかはともかく、偉大な経済学者・思想家としてのマルクスの魅力の一端に触れることができるのではないかと思う。様々な学問分野において良い意味でも悪い意味でも、マルクスへの参照はしばしばなされるので、一度マルクスのテキスト・思想に触れておくことが損な経験になることは決してないはずだ。サブプライムローン・ショック以降、資本主義の在り方を改めて考えなおそうという機運が高まる中、資本主義の本質を根本から考察したマルクスの思索は我々に多くのヒントを与えてくれるだろう。

(文責:百木漠)