書名:自分の強みを見つけよう~「8つの知能」で未来を切り開く~
著者:有賀 三夏
出版社:ヤマハミュージックメディア
出版年:2018

 「自分の強み」とは何か。自分の得意なことが明確な人もいれば、自分には何が合っているのか、分からず悩んでいる人もいるかと思います。たとえば、就職活動をしている人にとっては、自己分析をする中で多少なりとも生ずる悩みなのではないでしょうか?
 本書は、「多重知能理論」を切り口に、そもそも知能とは何であるかを明らかにし、自分の知能の特徴を把握することによって、自分はどういった人間であるかや、更にどうすれば自分の理想とする姿に近づくことができるのかについて、分かりやすい事例とともに提示しています。

1.多重知能理論とは
 まずは、本書で取り扱っている多重知能理論について説明します。多重知能理論とは、人には8つの能力があり、人によってどの能力を使うことに長けているかが異なっているということです。

【8つの知能と能力】
①論理・数学的知能
 論理や数字と演算を理解し、使う能力。
②言語的知能
 言葉を効果的に使う能力。
③音楽的知能
 音のリズム、高さ、メロディーとハーモニーといった概念を理解し、使う能力。
④空間的知能
 空間やその中にあるものを認識したり、その認識を可視化したりする能力。
⑤博物的知能
 物事や自然現象を認識し、理解したり分類したりする能力。
⑥身体・運動的知能
 身体全体、またはその一部(手、指、腕など)を使って身体運動を調整する能力。
⑦対人的知能
 心にあるものを表現し、他人を理解するために口頭や文字でコミュニケーションをとる能力。対人関係を通じて積極的に学ぶことができる。
⑧内省的知能
 自分の考えや感情、好み、利害などを理解し、コントロールする能力。

 これら8つの知能は優劣をつけることができないものとして独立していると考えられています。

 先述の通り、多重知能理論は人には8つの能力があり、人によってどの能力を使うことに長けているかが異なっていると言います。私たちは、日常の生活の中で、自然と自分が得意とする複数の知能を組み合わせて暮らしており、それによって8つの知能の中で強弱が生まれます。そうした、人が持っている知能の強弱や、職業によって求められる知能の強弱のことを「知能個性」と呼びます。
 本書では、各知能の強弱の型として2種類挙げています。

①レーザー型個性:アーティストに多い。自分の得意領域と専門領域を定めやすいのが利点。
②サーチライト型個性:政治家に多い。キャリアや人生の進路を選ぶ際に、自分で得意領域や専門領域を明確にすることが難しく、進路を決定づけるための助けが必要となる。

 本書には「多重知能評価シート」がついています。1〜4段階で、自分の各知能の強さを確認することができます。
 ちなみに、私は「言語的知能、音楽的知能、対人的知能、内省的知能」が突出した形となり、どちらかといえば「レーザー型個性」なのだと思います。みなさんもぜひ試してみてください。

2.多重知能理論の成り立ち
 本書では、知能(とその検査)の歴史についても触れています。ここで、多重知能理論の理解をより深めるために、知能とその検査の歴史について見ていくことにします。

 最初の知能検査は、フランスの心理学者アルフレッド・ビネーによってなされたと言われています。19世紀後半、フランス政府は学業不振児を通常の学校とは異なる特殊な学校へ入れることを考えていました。しかし、対象となる児童たちが、学習能力を持ちながらも環境に恵まれていなかったり、勉強をしたがらなかったりしたために成績が上がらないのか、それとも単に知能が低いのかを判断する術を持ちませんでした。そこでビネーはフランス政府の依頼を受け、独自の知能検査を模索し始めました。それが、現代のIQテストの基盤と言えるビネー・シモン法知能測定尺度の誕生へと繋がります。しかし、ビネー・シモン法知能測定尺度は結果の算出方法が現代とは大きく異なります。

 ビネーは、知能について次の3つを定義しました。

①目的を達成するために適応する能力
②一定の方向を維持する能力
③自己批判をする能力

 もともと、精神発達遅滞児の診断を目的として知能検査の開発を始めたビネーが着目したのは、対象者の実年齢に対して精神年齢(知的能力)が異なるか否かでした。知能は環境により大きく左右されると信じていたビネーは、知能検査で精神発達遅滞児と診断された子どもに特別な授業をおこなうことで、彼らの発達の遅れを取り戻そうとしたのでした。

 ビネーが亡くなった1911年以降に「優生学」という学問が興隆します。ダーウィンの『種の起源』やメンデルの遺伝の法則を背景に、良い遺伝子同士を交配していくことで人類の進歩を正そうとする社会運動が興りました。
 同じ時代、イギリスの心理学者チャールズ・スピアマンは、知能は遺伝子による影響が大きく、また、普遍であるという説(知能の「g因子説」)を唱えました。これは、努力や環境で知能が伸びることはないとする点で、ビネーとは対極の考え方です。
 つまり、スピアマンの説によれば、学習能力の高い者はどんな分野でも優秀であるということであり、反対に、劣性遺伝子の人間はその子どももまた劣勢であるという遺伝子決定論の側面が強いものでした。
 20世紀初頭に大きな支持を得ていた優生学ですが、倫理的な側面が重要視されるようになることにより次第に主流ではなくなっていきました。

 そして1983年、ハワード・ガードナー氏によって多重知能理論が発表されました。
 ガードナー氏はスピアマンのg因子説——遺伝子による知能の決定——に異議を唱えました。

・もし、g因子説が正しいならば、脳に物理的な損傷を負った時、誰しもに同じ症状が出るはずである
・もし、g因子説が正しいならば、子供によって得意、不得意な科目は存在しないはずである
・もし、g因子説が正しいならば、優生学が一般的になっているはずである(144頁)

 知能とは複数の能力の複合体であり、それぞれの能力が互いに複雑に関係し合うことにより個性は作られる、というのがガードナー氏の考えでした。苦手なこと、脳が損傷して機能不全を起こしていても、他の知能領域で補うことができるということを明らかにしました。

 知能測定というと、IQテストを思い浮かべる人が多いと思います。一時期バラエティ番組でも頻繁に取り上げられていました。
 IQテストによる知能の数値化・標準化が行われる一方、筆者は——そして、ガードナー氏は——頭の良さを完全に数値計測することは不可能であると言います。言うなれば、多重知能理論は、一面的な「頭の良さ」のみを見る知能の数値化へのアンチテーゼなのです。

3. 多重知能理論の活用事例
 本書では、多重知能理論の教育現場への活用事例が紹介されています。
 まず、教育現場で受け入れられた理由として2つ挙げています。
 1つ目が、人間の知能を数値化してIQと名づけた知能測定とは根本的に違う考え方だったからです。
 近年の多重知能理論の研究により、人間の脳は記憶、推理、判断力以外の能力も持っていることが分かりました。つまり、人間の優秀さを表す根拠として、IQだけで判断するのでは不十分であるということです。ノーベル賞受賞者のIQは飛び抜けて高い値の人物ばかりではなく、高いIQと創造性には決定的な関連性がないことが分かっています。
 2つ目の理由は、芸術活動を教育ツールとして使う教師たちにとって、画期的であり、理解しやすいものだったからです。
 画一的なIQによる数値ではなく、人間の能力をより細かく分類することにより、個々の子どもに対して教育の指導案が考えやすくなりました。ガードナー氏自身も、人間は「どれだけ頭がいいかということが重要ではない。それよりも、どの領域に対して頭がよく働くのかが重要だ」と著書の中で述べています。多重知能理論は、子どもが自ら得意とする方法を使って物事を学ぶことを可能にするのです。

 今日では、座学による講師からの一方通行の授業だけでなく、アクティヴ・ラーニングという授業スタイルが注目されています。それは、受け身の学習ではなく体験や創作を通じ、「自分で考える」ことを重視する授業のスタイルです。横断的な取り組みをすることで課題を解決する多重知能理論を用いた教育は、まさに今日のアクティヴ・ラーニングに通じるものがあると思います。

4.多重知能理論の活用方法
 知能個性の特徴を応用して物事を学ぶ際のアプローチを「エントリー・ポイント」と呼びます。
 エントリー・ポイントは、理解への入り口という意味で、物事を学ぶ時に、方法は複数あるという考え方です。何かを学ぶ際に、「実技や経験から導入するほうが有効か」、「本やデータ、資料など活字から情報を集めるほうが有効か」によってプローチが異なるように、複数の異なる理解への入り口(エントリー・ポイント)を準備しておくことで、より学習効果が高まるという考え方です。

 エントリー・ポイントを使った指導法をおこなうメリットは2つあります。

①教科の理解だけではなく、どの生徒がどの知能に強いのかも把握できる。
②複数のエントリー・ポイントを用意することで、生徒たちがその選択肢から自分にあったものを選び、それが理解に結実するため、教師の負担を減らすフレームワーク的な役割も果たす。

 さまざまな教育に使えるツール(教科書、映画、ソフトウェア)を用いて、生徒が理解しやすく興味を持てそうな入り口を用意することが、優れた教育と言えるのではないか?と筆者は述べています。
 本書では、多重知能理論を使っての学びには、6つのエントリー・ポイントを用意するのが良いとしています。(186頁)

①説話的エントリー・ポイント
物語や文章を読んだり、聞いたり、書いたり、話したりすることで学ぶ
②論理的エントリー・ポイント
数字や測定を扱う。データを用いたり、推論的な考え方をしたりして遊ぶ(数字の分析、一定の音楽のリズム、構造、原因と影響の相関性など)
③根拠的エントリー・ポイント
哲学、背景、起源、根拠を考察して学ぶ。なぜ?と問いかける質問を主体に、人生、死、世界の意義を問う。
④審美的エントリー・ポイント
美術的感覚を養うことで学ぶ(色、造形、線)
⑤経験的エントリー・ポイント
物理的なものやコンピュータ・シミュレーションを使い、個人的な経験をしながら学ぶ(現場での作業、直接的な作業、シミュレーション・ソフトウェア)
⑥共同的エントリー・ポイント
他社との共同作業(ディベート、討論、質疑対応)やプロジェクトを通じて学ぶ。

 多重知能理論にとっては、8つの知能を組み合わせて使うことが重要です。本書の中で例としてピアノ演奏が出てきます。もちろん、音楽的知能がもっとも使われていますが、それに加えて身体・運動的知能と論理・数学的知能も使われています。
 知能そのものを伸ばそうとするのではなく、領域の能力開発をおこなうことが、結果としてその領域に関連する知能を伸ばすことにも繋がるというわけです。

5.最後に
 私は大学では社会学を専攻していましたので、最後に少し社会学に絡めた話をして締め括りたいと思います。
 社会学者の土井隆義氏は、現代の若者たちが「個性」を生来的なものだと信じ、他者との関係ではなくひたすら自分の中に見出そうとする傾向にあることを指摘しています(『「個性」を煽られる子どもたち:親密圏の変容を考える』)。かつて個性は他者との比較の中で獲得していくものであったのに対し、現代の個性や自分らしさと言ったものの捉え方は「もともと特別なOnly one」であるというわけです。
 しかし、多重知能理論の考え方からすれば、個性を生来的なものとして捉えることが誤りであることが分かります。多重知能理論では、能力の複雑な関係性により個性が作られると考えるのであり、それはまさに、他者との「関係」によって自分らしさが生成されるプロセスと響き合っているのではないでしょうか?

(評者:岡本竜樹)

更新:2019/06/28