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本田由紀著、
 『「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち』

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書名:「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち

著者:本田由紀

出版社:勁草書房

出版年:2008


 

「私たちをこれ以上追い込んでくれるな」。本書のまえがきにある言葉である。お母さんでもある筆者が、日ごろ子育てするにあたって自分たちを追い込むなにか大きな力の存在に気づくのは、なにも彼女が教育学者だからではないだろう。私が出会うお母さん方、そしてお父さん方も、「あるべき子育て」をいつも考え、それが何なのか全くわからず、しかし日々自分の子どもに直面しなければならない現実に立ち向かい、またおびえているように見える。私だって。教育の専門家ですと言いながら、自分の子育てにはまったく自信がない。うちの子どもはちゃんと育ってくれているとは思うが、なにぶん上の子もまだ高校1年生である。これから何が起こるかわからない。

親を追い立てるこの得体のしれない化け物のようなものは何か。著者は「家庭教育」という言葉に着目する。家庭教育とは読んで字のごとく家庭で行われる教育のことだ。今親たちが子どもにしている家庭教育とはどんなものか。この本では「きっちり」教育と「のびのび」教育という2つのキーワードを設定している。「きっちり」教育は、学習塾に行かせたりしつけをしたり習い事をさせたりと、子どもを一定の枠にはめる教育である。そこでは、子どもたちは自主性を発揮するよりは、教えられたことに忠実であることを要求される。「のびのび」教育とは、自然で遊ばせたり体験型のワークショップに行かせたりして、子どもの自主性を重んじる実践をさせることである。ざっくりまとめると、著者の調査によると、「きっちり」教育を重んじた親の子どもは、学歴が高く大人になってからの収入も多いが、親や自分に対する感情がネガティブでコミュニケーション能力なども低い。「のびのび」教育を重んじた親の子どもは、「きっちり」教育を重んじた親の子どもと逆の結果であった。つまり、親の子どもに対する教育態度が、子どもの将来に大きく影響しているというのだ。だから、親の教育が大事なんだと言われる。その社会の声が、親を追い立てる化け物になっている。

最近家庭教育が重要であるとの言説をよく見る。教育再生会議では、親は子どもが出会う最初の先生なんだそうだ。冗談じゃない。教育の仕事も低くみられたもんだ。教育のトレーニングを積んだものでなくても先生できるんなら、教員免許なんてなくせばいい。教育はそんなに簡単なもんじゃないから、素人である普通の親に押し付けたら、そりゃ、親もたまらんだろう。そこに、社会的格差も絡んできたら、これはもう階級社会への第一歩ではないかとさえ思ってしまう。いや、もうすでに日本は階級社会かもしれないが。

著者も主張するように、ここは親から「家庭教育」とやらを解放すべきである。学力をつけて、社会が求める人間性も身につけさせて。社会人の一員として立派な大人に育てる。これを学校なり学校外のたとえば子どもの遊び場NPOなどで請け負ったらいかがだろうか。素人の親がするよりももっと質も高い教育が受けられる。親も、子育てが楽になり、自分のキャリア設計も選択肢が広がる。この調査でも、子育てのために仕事を辞め、自分の職業人としてのキャリアを中断したお母さんがたくさん出てくる。

さて。この本を読んで私が感じた疑問を、私の課題として3つあげておく。
1つ目は、子どもの育ちに親の教育態度が大きく影響することはわかったが、親が育てたように子どもが育つわけではない。しばしば、親が思わない方向に育つこともある。親の教育と子どもの育ちのミスマッチの仕組みが知りたいと思った。
2つ目は、著者も書いているが、お母さんの子育てに対するお父さんの影響である。特に学歴が高いお父さんは、子育てに関心が高く一家言を持つ人も少なくない印象である。子育て雑誌も、対象とする子どもの年齢が高いほどお父さんが読む雑誌がベースになっているものが多い。お母さんになんらかの口出しや、自分が子どもとの時間を過ごすことも、考慮に入れなければならないのではないか。
3つ目は、著者が「のびのび」教育に入れた自然活動や体験型ワークショップなどは、これは大人がデザインしたものがほとんどで、子どもの自己表現と言っても所詮は大人のデザインの範囲内であることである。大人の意図が入らない活動、昔で言うと近所の子どもが集まって空き地で遊ぶとかは、教育の範囲に入れられないかもしれないが子どもの自主性や自己表現を養うのに大きな力になる。大人が入らない活動の機会も、考慮に入れるべきではないか。

私は子育て支援として、実際親御さんが抱えている重荷を下ろす仕事をしている。この本を通して、世のお母さん方が抱えている重荷は何なのか、詳しく具体的に知ることができた。今後私が彼女たちの重荷を下ろす作業をするとき、その重荷を分析するのに、この本の知見が役に立つだろう。また、親御さんは、自分たちが追い立てられているものの得体を知ることができるだろう。社会学の論文で、一般の親御さんには読みづらいかもしれないが、わからないところを飛ばして読んでも、十分著者の意図は伝わるだろう。本来子育ては、笑顔でするべきである。「隘路」を険しい顔をしてするものではない。親たちの子育てを狭く険しい山道にしないでほしい。これ以上、子育てで涙を流してほしくない。私は、この本をよりどころにして、また今日から親御さんと向き合うことにする。

(評者:船越克真)

更新:2014/03/28