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ロジャー・イーカーチ著、 樋口幸子・片柳佐智子・三宅真佐子訳
 『失われた夜の歴史』

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書名:失われた夜の歴史

著者:ロジャー・イーカーチ

訳者:樋口幸子・片柳佐智子・三宅真佐子

出版社:インターシフト

出版年:2015


 

概要


 歴史書を読むことの愉しみのひとつに、現在の自明性からの解放感がある。現代世界では疑ってもみない当たり前の物事が、かつての時代にはまるで違う様相を呈していたり、そもそも存在すらしていなかったことを示されると、そこから翻って、現在の社会のどうしようもない閉塞感から抜け出た新たな世界が、これから先にもあり得るのではないかという希望が生まれてくる。その意味で、歴史を知ることは、まだ見ぬ未来へと通じる行為なのだ。
 ロジャー・イーカーチが著した『失われた夜の歴史』は、産業革命以前の時代のヨーロッパにおいて、夜という時間帯がいかなるものとして人々によって生きられていたかを丹念に掘り起こした著作である。
 第一部「死の影」で説かれるように、人工の光が夜を侵食する以前には、夜は昼間とはまるで異質な、瘴気漲る危険な時間帯であった。その危険は、天体の影響やサタンや魔女の活動など、宗教的な迷信に彩られたものも多いが、他方で、強盗、事故、そして火事など現実の危険も大きかった。現在われわれが想像する以上に、それらが高い頻度と大きな強度で生じたということが、膨大な資料の引証によって具体的に示される。一方、夜は昼間とはそれほどまでに異質な時間であるがゆえに、逆に、昼間の義務や公権力による監視からの避難所としての意味も持った。
 第三部では、こうした危険にもかかわらず人々が様々な活動を営んでいた事実とその具体的諸相が示される。屎尿の汲み取り、仕事仲間との寄り合いや物語、恋と情事、窃盗や密輸、売春、そして瞑想と読書…。
 こうしたイーカーチの記述はそれ自体興味深く、膨大な具体例を見つけてくる著者の力量に驚かされるのも確かではあるが、他方で、人工的な光が蔓延する以前の社会にとって「夜が危険に満ちていたこと」や「昼間の束縛からの避難所であったこと」や「それにもかかわらず人々が様々な活動を営んでいた」こと自体は、私たちの常識的推測からさほど外れたことではない。ある意味で「そりゃあ、そうだろう」と言いうる、いわば想定の範囲内の事実ではある。そのため、膨大な事実列挙に読んでいて少し疲れてくるところもなくはない。
 その点、末尾に近い第十二章で示される「二つの眠り」とそれに関連した諸事実は、おそらく現代人の多くがまったく予想もしないものであり、評者を含め、多くの読者はこの箇所にもっとも強く関心をそそられるのではないだろうか。
 現代に生きる私達は、夜寝ついてから、朝まで中断なく眠れることがよい眠りであり、途中で起きて何かしらの活動をしてから二度寝する、ということは、疲れも取れず体によくない、と思い込んでいる。しかし著者が史料を博捜する中からつかみだした事実は、これとは正反対のものであった。産業革命前の社会においては、夜中に一度目を覚まし、何かしらの活動をしてから寝ることがむしろ一般的だった、と著者は言う。
 それは、アメリカ国立精神衛生研究所の実験からも証明される。そこでは被験者を数週間、夜間に人工光を利用できない状態に置くと、産業革命前の家庭で見られたのと同じ分割型の睡眠のパターン(四時間の第一の睡眠→二時間から三時間の静かな休息と内省→四時間の第二の睡眠)を示すようになり、しかも、中間の覚醒の期間にはプロラクチンの濃度が明らかに高まるという内分泌学上の特徴があったという。つまり、中断なき現代人の眠りのほうが、人工照明の時代に生まれた、人類史的には特殊な眠りなのである。
 そして、自然が与えたこの二つの眠りの間の覚醒期間を、昔の人々は放尿し、煙草をくゆらせ、勉学に励み、祈り、犯罪に出かけ、魔術を取り行い、情事にふけり、瞑想し、そして、見た夢を反芻して過ごした。それらの諸相を著者はやはり豊富な資料にもとづいて明らかにしている。



本書とアジール論をつなぐもの — 「公共性」について


 そもそも評者が本書に興味を持ったのは、アジール論の視点からである。広義のアジールは、何らかの身体的・精神的な脅威から人間を庇護する場全般を意味する。しかし、とりわけ重要なのは、人が人を支配する鉄鎖からの解放をもたらすアジールである。そうした鉄鎖の最たるものは国家の「公」権力であり、そこからのアジールを創出するためには、国家の垂直的公共性とは別種の、水平軸の対抗的公共性が必要となる。そうした公共性の原理を網野善彦は日本中世史のなかに「無縁・無主」の原理として見出した。
 公権力や世間の目を盗んで犯罪者が暗躍するかつての「夜」には、昼間を支配する国家の公権力を相対化するような別種の「公」的な絆が、明確な姿を現したのではないか、という見立てから、評者は本書を読んだ。
 実際、本書には「夜」を「避難所」として捉えた記述がいくつも見つかる。例えば「人の家は城塞である―よい夜のために」(第四章タイトル)「夜は生きている者すべてに共通の庇護者である」(276)、「少数派、受難者たちの聖域」としての夜(334)、さらには「暗闇は、各人の昼間の人間関係とはまったく別の、〈小さな独立した共同体〉を創り出したのだ。」(232)、夢は「自由の最後の避難場所、抵抗運動の火床となりうる」(458)、などである。しかし、イーカーチの叙述からは、これらのアジールの背後に、昼間の公権力を相対化する対抗的公共性の原理まで読み取ることは困難であった。その意味では、私の目算は外れたと言ってよい。
 ところが、思いがけないことに、産業革命の時代、すなわち「夜」が人工の光によって浸食されはじめた時代に、おそらくはそのことと相関しながら水平軸の「公共性」の原理が新たに登場した、ということに気づかされた。著者は言及してはいないが、私が思い浮かべたのはカントの理念に代表される「市民社会的な公共性」である。
 産業革命は十八世紀後半のイギリスに始まるが、夜の時間の変質はすでに十八世紀前半から始まっていたことを、イーカーチ自身が指摘している。それに与って力あったのは、啓蒙主義思潮による世界の「脱魔術化」であった。これにより、夜はもはや魑魅魍魎の跋扈する時空ではなくなってゆく。夜は恐怖の時間ではなく、甘くて清々しい空気を吸い、星々の輝きを愛でる時間となる。そして、産業革命がおとずれ、夜は新たな経済的フロンティアとなる。著者の描写を引用しよう。
 「暗闇は、イギリスや大陸の大部分を席巻する産業革命によって活気づく消費文化や、始まったばかりの産業化に支配されるようになった。通信手段の発達に加えて、道路や河川網が整備されたことで、国内外の市場拡大に拍車がかかった。北西ヨーロッパ内の勃興しつつある都会の中流階級は、数においても富の面でも膨れ上がり、1700年代には国内消費を押し上げる一因となった。職人、小売店主、事務員は必需品に加えて、贅沢品の購入に目を向けた。多くの町や都市で、にぎやかな商店や市場、あるいはアーケード街は日暮れを過ぎても開かれているようになった。〔中略〕同じように重要な点は、都会の家族が余暇をたっぷり楽しむようになったことである。社交、遊園地、仮面舞踏会、狩り、劇場などはかつてないほど上流社会の夜の時間を魅力あるものにした。」(469—471)
ところが、夜が迷信から解放され人々の活動の場になるとともに、夜にいまだ存在し続ける現実の恐怖、すなわち窃盗や暴力への恐怖は逆に前面化する。そこから、公権力は夜の犯罪を取り締まることに力を入れるようになる。そのための強力な武器が、ガス灯などの人工照明であった(474-475)。これにより、犯罪者が暗躍する闇は消し去られてゆく。
 このように著者は、人工光が、支配層にとって支配を容易にし効率化するものであったという側面にウェイトを置いて説明している。「都会でしばしば騒動が勃発した際、真っ先に犠牲になったのが街灯だった…〔中略〕照明は既成秩序の味方だった。」(481)
 だが、この支配層にとって武器となった「光」を逆手に取り、国家の「公」とは別の市民社会的公共性を担保する原理としたのがカントであった。もっとも、その光は「理性」の光ではあるけれども。そもそも「啓蒙」とはenlightenment(英)であれAufklärung(独)であれ、理性の「光」によって蒙昧の「闇」を駆逐することの謂いである。イーカーチの叙述を追ってきた読者には、啓蒙思潮の浸透という思想史的現実が、産業革命とともに都市部に始まりやがて社会の全領域に及んだ「人工光による夜の駆逐」という社会的現実と、相即的に進行していたことが感受されるだろう。
 『啓蒙とは何か』(1784)においてカントは権威や習慣に迎合することなく「自ら自身の悟性を用いる勇気を持つ」ことが啓蒙であり、これによってこそ、人類は正義にかなった秩序へと接近してゆくことができるとした。斎藤純一によれば、この考えは「公共性」のプロジェクトをその核心に含んでおり、そこには二つのモメントがある。
 一つは、「批判的公開性」の原理である。すなわち、公衆の批判的吟味に対する十分な開放を拒むような立法(政治的意思決定)は何らかの不正の要素を隠していると判断し得る、という考え方である。数年前に日本の国会で通過した秘密保護法などを想い合わせても、今もアクチュアルな原理といえよう。
 いま一つは、「自らの理性をあらゆる点で公共的に用いる自由」すなわち自分の思考を公衆(世界市民)に向けて伝える自由である。これがあって初めて、各人は自分の理性を自立的に使うべく訓練される。
 これら二つのモメントから読み取れるのは、カント的な「市民社会的公共性」とは、言論を通じた理性の光が届き得ない領域を失くすことによって成り立つ公共性であり、それは国家の「公」(あるいは「国家理性」)の恣意を阻止する対抗的公共性であることである。そして、臼井隆一郎によれば、ヨーロッパ各地の「コーヒーハウス」こそが、こうした開かれた議論を通じて市民的公共性が培われた場であった。
 暗闇を消す人工照明が統治者の武器となった時代に、理性による「啓蒙」の光によって統治者の恣意を正す「市民的公共性」の理念が生み出されたこと。そうした理性的個人を醸成する具体的な場となったのが、夜の闇を駆逐する産業化の過程で叢生した各地の「コーヒーハウス」であったということ。これらは、近代における「光」と「闇」、「理性」と「蒙昧」、そして公共性の錯綜した関係について、さらに、近代における公共性とアジールの可能性について、私達にいろいろと考えさせてくれる。
 もちろん、こうした評者の自由連想とは関係なく、本書は純粋に歴史書としても興味深い本である。一読をお勧めしたい。


参考文献
 カント『啓蒙とは何か』中山元訳(光文社古典新訳文庫)
 斎藤純一『思考のフロンティア 公共性』(岩波書店)
 臼井隆一郎 『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』(中公新書)

(評者:舟木徹男)

更新:2018/03/10