京都アカデメイア

ホーム>>書評>>書評

内田樹著、
 『他者と死者――ラカンによるレヴィナス』

書評に戻る 修正 削除


書名:他者と死者――ラカンによるレヴィナス

著者:内田樹

出版社:文春文庫

出版年:2011


 

■ 時評家・内田樹のバックボーン、その根本哲学

 内田樹といえば、いまや論壇において、あるいは人文系の批評家としてもっとも著名な人物の一人であり、多くの人にとって彼の存在は、新聞や雑誌に頻繁に載る気の利いた短文のエッセイや、対談などの軽い新書類をとおして知られている。本書『他者と死者――ラカンによるレヴィナス』は、売れっ子となった内田がもともとフランス現代思想の研究者として登場したことをあらためて思い起こさせる、かなりお堅い内容の作品である。世間に賛否を巻き起こすだけの時評的文章を軽妙なタッチで次々と繰り出す物書きには、必ずそうした「高速消費空間」を超越するか、少なくともそこから一歩か二歩引いて事態を眺めることを可能にする、思想的バックボーンが存在するものである。本書は、時評を追うだけではなかなか見えてこない内田のそうした水準での思考の一端を垣間見せてくれる。つまり、売れっ子批評家による、決して売れない類の本である。この文庫が出たのは2011年で、すでに内田の文章が世間で人気を博すようになってだいぶ経ったころではあるが、単行本としては2004年に刊行されており、内田も文庫版のあとがきで「写経する」かのようにこうした本を書くことができた当時の「牧歌的な時間の過ごし方」を、「ちょっと遠い目になって、いい時代だったなあ……」と思い返している。ポストモダンもはるか彼方に過ぎ去ってもはやファッショナブルとは到底いいがたい論壇的なるもの、しかも流行りのサブカル論壇でもないまさに「論壇的なるもの」を今日において求めるニーズの先に内田樹がいるとすれば、同時に彼の思想的な土台のほうにも少しでも目を向けなければ意味がないだろう。そうした意味で、内田の時評的記事に積極的にであれ否定的にであれ刺激を受けている読者は、内田のこうした類の本に一度じっくり取り組んでみるにしくはない。だから、「仕事と仕事の隙間の時間」に書かれた軽やかな文章たちのようにはとても売れないにせよ、同じ人物の手になる少し重めのこうした本を軽量で安価な「文庫」という形式で再刊することは、消費される論壇とそこから少し離れたところにある多少とも思索的な世界との蝶番たりうる内田という物書きの場合には、それだけいっそう意義深くもある。
 だが、『他者と死者』はいわゆる専門的な研究書ではない。この点も同じくらい重要である。本書に登場する何人かの思想家の専門家からすれば、それぞれこの本の内容に多かれ少なかれ不満はあるだろう。しかし本書は、哲学者の研究書ではなくて、哲学することそれ自体を少なくともある仕方で遂行している「哲学書」の一種と見るべきである。おそらく、哲学研究書というより哲学書の範疇に入れるべきものを書いてきた著者だからこそ、その来歴は、論壇的時評にどことなく深みをもたせるバックボーンとなりえたのである。偉大な思想家の単なる専門家だったとすれば、その専門知がアクチュアルな問題を扱うその手さばきにこうした効果をもたらすということは、ちょっと想像しがたい。
 さらにもう一点、この「哲学書」はオリジナルな思索を開陳するものではまったくない(cf. 43頁)。そうしたものがないなら哲学書などとは言えないと考えるのは早計である。このレヴィナスについての本は、「写経」あるいは「釈義」のようなものだと著者はいう。まったき自由から生まれる「オリジナリティ」などではなく、ただ「レヴィナス先生の本を翻訳」し、写経するように解釈すること。あえていえばこれこそ、武道に通じた内田の「奥義」であろう。それどころか、(著者は明示しているわけではないが)じつはこの「写経的営為」こそ、レヴィナスの言わんとしていることの核心なのである。ここにあるのは師と弟子の関係である。つまるところ、「昔の子どもが漢籍を暗誦させられた」のと同じだという。子どもには、たとえば「断腸の思い」のような表現を裏づける身体実感があるはずもない。子どもに内在している感覚を言語として外部にむけて表現するのではない。逆に、「まず他人の語が先行する。それから、語を「受肉」できるレベルまで自分自身の心身の熟成を待つ。言語の習得とはそういう自然過程をたどるもの」なのである。内田にとって、レヴィナスを翻訳したり解釈したりすることもこれと変わらない。「外来の「異様な」概念や感覚を受肉できるように僕自身の言語と思考と感覚を変性させる。語彙を押し広げ、統辞法を脱臼させ、可聴音域外の音韻を聴き取る。自分の身体を切り拡げ、伸びない筋肉を伸ばし、曲がらない関節を曲げるようなことをしないと、写経ということはできません」。ただし、「自分自身を壊して、再構築する覚悟」さえ求められる「写経」(≠単なるコピー)の対象に選ぶうえでは、その「「外来のもの」に対する100%の信頼がなければ済まない」。そこに選択が生じる。「実際問題として、まわりにいる人間たち全員に師事すること」などできないからである。そこで、「先駆的直感」による選択が不可避となってくる。

■ 皮相なポストモダン理解の批判と、90年代以降の論壇

 こうした議論は、実のところ人口に膾炙した通俗的なポストモダン解釈への批判となっている。「差異の戯れ」や「シニフィエなきシニフィアン」といった標語でしばしば表現される、同一性や主体、あらゆる形而上学的観念の解体は、ポストモダンと呼ばれる思潮のすべてではない。たしかに「脱構築」を掲げるデリダや、スキゾやノマド的生を称揚するドゥルーズ=ガタリらは比較的こうした方向性に親和的ではあるが、のちに論じるような、一神教世界の形而上学的伝統にたいする凄まじい闘争という背後にある文脈を押さえるならば、彼らについてさえこれをお気楽なポストモダン的遊戯なるものと同一視することなどとてもできなくなる。この点をいったん置くとしても、「デリダ的」とひとまずはラベリングできる脱構築主義的なポストモダンの潮流とは大きく異なる、ポストモダンのもう一つの方向性が、じつはレヴィナスやラカンの思想に見出すことができる。この点こそ本書のライトモチーフだといっても過言ではないように思われる。
 このポストモダンのもう一つの流れを指摘することは、従来の少々子どもじみた(あるいは子どもであることをずばり称揚する)ポストモダン論に反省を強いることにもなりうる。端的にいえば、それはバブル全盛期の一過的な多幸症(ユーフォリア)でしかなく、高度成長の夢がすっかり潰えてしまったあとでは、いわばネオリベラリズムに仕えるはしためにすぎなかったことが暴露された云々、といった議論である。政治の季節の終焉とともにマルクス主義の革命運動の夢破れた左翼に、彼らの心情に親和的な一種の慰めをあたえたのが(進歩史観を解体したはずの)ポストモダンであったと、ときに皮肉交じりに論じられる始末である。こうした描写が本当にどこまで妥当かの判断は留保するにせよ、たしかに脱構築主義的なポストモダン左派の多くは、カルチュラル・スタディーズ、ポストコロニアリズム、多文化主義といったものといわば雰囲気的に結びつき、日本では国民国家とナショナリズムの神話性を暴露する類の言説を筆頭に、形而上学的な超越性にたいする徹底的な拒否の身振りをしめしてきたのである。この意味では、どんな形であれ外部的な権威を生み出しかねない超越性や絶対性、普遍性といったものを導入したり、あるいはその内的な論理を取り出してみようとすることさえ、忌避されてきたのだといえる。内田は、先駆的直感による師としての他者の選択などと書けば、「それは主体の自己利益追求を判断の最終根拠にすることではないのか」、「「他者」として遇してよい他者と、「その他有象無象」を差別化することを許したら、それは扉から叩き出したはずの「主体の権力性」を裏口から引き込むようなものではあるまいか」という反論が来そうだと述べたうえで、しかし人間の有限性を踏まえるならばこうした「優先順位」問題は避けては通れないと論じる。「師としての他者」(第2章)というレヴィナス思想の核心には、たしかにそうした危険があるかもしれないが、それでも、裏口から回帰してくる一度は否定されたはずの超越性の問題に向き合うほかはないのである。
 このように見てくると、論壇・批評からは一見程遠いようにも見える本書の議論が、実際には、ニューアカが過ぎ去った90年代以降の日本の現代思想の主要な論点と思われるものと、かなり正確に重なり合っているということが分かってくる。すなわち、東浩紀流にいえば、超越性をなお密輸入する「否定神学的」なるものと、一切の形而上学的含意を取り去ったフラットな偶有性としての「郵便的」なるものという基本構図である。東のデリダ論は、浅田彰の名に象徴される80年代のニューアカ的ポストモダニズムをさらに徹底化させる方向で、これに大きく寄与したのは間違いない。ややポストモダンにそぐわない表現を使うなら、東はこの潮流に、ヴァージョンアップされた新たな基礎理論を提供したのである。
 他方で90年代以降の論壇のもう一つの特徴は、ポストモダンの成果を踏まえつつも、あらためて超越性や普遍性といったある種形而上学的な論点を再検討しようとする動向が出現したことにある。論壇におけるこうした議論は、大澤真幸と宮台真司に代表される社会学者によって開始された。大澤は「第三者の審級」の摩耗に現代社会の特質を見つつも、それが、手放しに称揚できるような単純なノマドロジーを実現したわけではなく、むしろ「虚構の時代の果て」にオウムという形で終末論的テロリズムを招来し、「不可能性の時代」に特有の自由の閉塞をもたらしたと論じる。原理論としても現代社会論としても、ポストモダンが忌避した普遍性や超越性の発生現場を、もういちど正面から分析することが必要不可欠だというわけである。宮台も、自由に戯れる若者を主体としたサブカルチャーの擁護者から「転向」を遂げ、社会学的啓蒙による徹底した機能主義の試練を通過させた(括弧つきの)超越性ないし全体性の再導入を図る。90年代末から、サブカルを含むあらゆる部分システムの機能的等価性の強調を引っ込め、ごく限られたソーシャル・デザイナーの視点から中心を有する(かのような)社会の全体性へアプローチする道を、可能性として論じはじめる。そうしたコミットメントが「あえて」であることを強調しはするが、2000年代に入ると、少なくとも動機づけのシステムとしての「真理の言葉」の機能的な意義を主張し、理論的にもルーマンとハーバーマスのウロボロスの輪のごとき相互飲み込み構造を説くにいたる。

■ ポストモダンに潜在する超越性――否定神学の諸問題

 以上の社会学的・社会理論的な議論に対応する哲学的な表現は、大澤がキリスト教の歴史に注目しつつ論じてきたところの「否定神学」だと考えられる。大澤自身、ラカン(とラカン派のジジェク)やレヴィナスに仮託して、否定神学の社会論理構造を明らかにしようとしてきたように思われる。本書『他者と死者』は、ポストモダンにおけるこうした否定性を媒介させた複雑な超越性の構造に迫ろうとする哲学的分析だと、さしあたり把握しておいて間違いではないだろう。以下ではこうした視点を念頭に置きつつ、本書に含まれるいくつかの要点を取り出しておこう。
 第2章では、レヴィナスのテクスト理論の根幹を支えている、ユダヤ教の教典であるタルムードへのアプローチについて考察がなされている。タルムードはもともと口伝律法であったものが書き留められて文書化したものであり、「その本来の対話的、論争的な生命を呼び戻してやること」が欠かせない(41頁)。タルムードは近現代のラビたちの新しい注釈を取り込み続けている「今もなお増殖中のテクスト」であり(48頁)、それをめぐって「聖句の解釈が確定することを妨げ」るしかたで論争は繰り広げられるため、決して終結し閉じることのないテクストなのである。しかも、元来が口伝文書であるタルムードについて語り伝えるために不可欠な対話者は、必然的に師と弟子の関係のうちに置かれる。そこにあるのは決して平等でリベラルな対話ではない。タルムードを学ぼうとする「弟子はまず「師としての他者(Autrui comme maître)」に就いてテクストの読み方を学ばなければならない」のである(54頁)。そこでの師とは絶対的存在であり、「その叡知が「弟子」の理解能力を絶対的に超えた知的境位」である(57頁)。師から弟子への呼びかけは、かくして実定的な意味では決して到達することのできない「外部からの召喚」であるほかはない。それゆえ、そこで教えられることは、外部であったものを内部化して自らの実定的な知識として取り込むということではなく、そのようなプロセスには決して回収されない絶対的な外部が存在するという、そのこと自体なのである(58-9頁)。換言すれば、そのような外部ないし異なるものが実際のところ何「である」(本質)かではなく、そうしたもの「がある」(実存)ことだけを伝えるのが、「師としての他者」なのだといってもよいだろう。
 続く第3章の議論で特に注目すべきだと思われるのが、難解で知られるラカンのなかでもとりわけ有名な象徴界と想像界に関する問題の解釈である。本書の副題である「ラカンによるレヴィナス」――というよりここでは「レヴィナスによるラカン」であろうが――の本領が発揮される場面である。前章でしばしばラカンの議論を介在させつつ分析されたレヴィナスのテクスト論・他者論が、今度はラカンを腑に落ちるものにしてくれる。少なくとも、現代思想の入門書にありがちなただ分かった気にさせる解説よりは、当初のその分からなさが本質的な意味をもつようなしかたでラカンを「分からせて」くれる点で、一段深い解釈となっている。この解釈の要点は、絶対的な差異と切断をもたらす「師としての他者」とは、ずばり象徴的なものであるというテーゼにある。そしてそれと表裏をなすのが、世界のすべてを主体性へと求心化し同一的な均質空間で埋め尽くそうとする西欧(近代)の知は、想像的なものに執着し続けるというテーゼである。対話相手をもたずタルムードを学ぶことを許されない「独学者」は、想像界に住み続ける者である。彼は絶対的に異なる「他者」を、自分と同じような「他我」へと矮小化してしまう。そこにあるのは対話ではなく、「双数的」な関係である。独学者は、「「自分がすでに知っていること」を他者のパロールのうちに「再発見」する」ためにだけ、そうした関係を生きる。「彼の目の前にいるのは、彼と同類等格の「他我」、彼自身の「鏡像(image)」にすぎない。「想像界(l’imaginaire)」の住人であるというのは、そのことである」。だから、「「想像界」に住む者=独学者は「既知」に取り囲まれて生きている」(94-5頁)。いくら世界を広げたように見えても、数多くの他人に新しくであったように思われても、実際にそこに見出されているのは自分自身の単なるコピーであり、この同一性を超えて本当に付け加えられたものは、何もないのである。こうした「他なるもの」の中立化、ないし「他なるもの」の「同一的なもの」への還元が、故郷への帰還にすべての経験を関連づけ帰着させてしまうオデュッセウスの冒険によってその神話的な表現をあたえられているとすれば、象徴界を目指すことはアブラハムの旅に喩えられるとレヴィナスは述べる。「アブラハムは故郷を棄て、いまだ知られざる土地へ向けて旅立ち、おのれの息子が出発点に帰ることさえ従者たちに禁じた」(『実存の発見』)。他我ならぬ他者とは、「絶対的に他なるもの」、「自我と同じ度量衡をもっては計量することのできぬもの」であり、共通の祖国の不在はそれを「異邦人」たらしめるのである(『全体性と無限』)。この観点は、まさにラカンの次のような言明と共振している。「主体は鏡映しの立場を取り、それによって相手の行動を見抜くことができます。しかしこの方法自体すでに間主観性の次元を前提にしています。というのは、主体は、目の前にいるのが原則的に自分と同類の他者だと知っていることが前提となっているからです。(…)このゲームが双数的関係、相手との等価、「アルター・エゴ(他我)」と「エゴ」という水準だけで行われているならば、決して第二の段階〔=象徴界〕へと到達することはないということはすぐお解かりでしょう」(『自我』下巻、「丁か半か、間主観性の彼岸」)。
 しかし、同一性への回収にとどまらない他との出会いは、あらかじめ対等で自由な関係性として成立するものではなく、逆に師/弟子という構えにおいてはじめて可能となるものだというのが、レヴィナスの思想の核心であった。ラカンのいう「子どものディスクール」は、まさにこうした構えを示唆する。ラカンはオデュッセウスの話を――先のレヴィナスのネガティヴな仕方とは違う形で――持ち出して、想像界から象徴界への飛躍をもたらすようなある構えについて論じている。オデュッセウスの仲間たちは冒険の途上で豚に姿を変えられてしまうが、そのブーブーという鳴き声を、よくわからないが何かを意味し伝えようとしているのではないかと思う聴き取る側の構えこそが、その鳴き声をパロールとするとラカンは言う。鳴き声の意味するところは何かという(本質についての)問いに先立って、そこに何か「がある」という構えが聴き手によってとられること、このことが決定的な意味をもつ。その意味するところのものが先にあって、それが記号=音声として表現されているのだという想定では、決してこの構えに到達することはできない(117-120頁)。
 ラカンは「シニフィエなきシニフィアン」を受けとる能力に、人間の固有性を認めている。それが何を意味するのかわからないにもかかわらず、そこに何やら規則性(言語ゲームの規則)があるようだと推し量って、その意味するところ(=シニフィエ)が何かを決定しないまま、しかし何かを意味しようとしている(はずの)何ものか(=記号、シニフィアン)が現実存在しているのだとみなすことができるのが、人間存在である(cf. 124-6頁)。「何かがシニフィアンであるのは、〔…〕記号が何ものをも意味しないでただそこにある、ということによってなのです」(『精神病』下巻)。冒頭で、「シニフィエなきシニフィアン」を「差異の戯れ」などの標語と並列させたが、ラカンのすぐれて否定神学的な議論の構造を表現しているこのタームは、ニューアカ時代の逃走するスキゾキッズ的な気分とはじつは少なからず異質なものだとみる必要があるだろう。
 ちなみに、ラカンはこうした人間のコミュニケーションの特徴を示唆する例えとして、船に乗っていると夜の闇につつまれた海上に何か揺れるものがあって、どうも規則的に思える動きをしているというシチュエーションを提示するが、これはクワイン以降の英米の分析哲学で一つの重要な論点であった「好意の原理(principle of charity)」を想起させる。いわゆる「根本的解釈」の場面であるが、それはより整合的な理解を求めて漸進的に進められていくコミュニケーションの成立を可能にする条件の位置にあって、経験を通じて得られるデータに含まれるものではないという意味で先験的なものである。ラカンが示唆するのは、しかしこの条件じたいは実際にはどんな場合でもアプリオリに保証されているわけではないという事実である。それを可能にする象徴世界に通じた構えと、正体不明のサインを単なるノイズとして無視するか既知の事態に還元するかする鏡像的=想像的な世界観、このどちらを採るかで事態は大きく変わってくるのである。

■ 絶対的差異と反復

以上が、3章での議論の概要である。これを踏まえて2章末尾の「反復」についての議論に立ち戻ると、その意味するところがより鮮明に見えてくるように思われる。
 ある同じ事態が反復された(と思った)と同時に、絶対的な差異をともなった師弟関係が生まれ、ひとは双数的=鏡像的=想像的ではない、象徴的な意味の世界へと足を踏み入れる。ラカンは丁半ゲームを例に出す。「一回だけの勝負では勝ち負けを言っても全く意味はありません。当たろうが外れようが同じことです」(『自我』下巻)。ところが、「ゲームが二回続き、二度続けて勝つか負けるかすると、そのとき、人はそれと知らないうちに「象徴界」に足を踏み入れている」(76頁)。より正確にいえば、同じ事態が反復された、ゲームが二回続けて行われて同一の勝敗結果が繰り返された、と私が思ってしまったそのときに、象徴的なものへの移行はなされたことになる。というのは、「勝負が一回限りで、その記憶がそのつど消えて、前回の勝負が忘れ去られるなら、何回丁半勝負を繰り返しても、勝ち負けの確率はつねに50パーセントである」からである。反対にそこに反復を認定するということは、「これまでの勝ち負けの記録をとるように」なるということでもある(77頁)。こうした反復とともに象徴的な意味、いつまでも内容を確定できない空虚な記号を受けとるようになった人間は、鏡像によっては理解できない、師としての絶対的な他者と出会うことになるのである。
 たいへん有名な、エドガー・アラン・ポーの『盗まれた手紙』に取材した『エクリ』冒頭のセミネールも、こうした事態を指し示す寓意的表現として理解できる。S公爵から王妃に送られ、大臣が略取した手紙は、何事かを意味するが、しかしそれが争奪戦の対象となるのはその真の意味が秘匿されている限りでのことである。このまさに「シニフィエなきシニフィアン」を、関係者たちは自らのものとして占有しようとして逆に翻弄され、結果的には、手紙を支配するどころか反対に手紙にすっかり支配されてしまっている。手紙の謎めいた力は、ここで、反復によって生じている。この「引き取り手のない手紙」の置き換えは二度繰り返されるからである。王妃から手紙を取り返すように依頼を受けた警視総監は、デュパンに助言を求める。デュパンは大臣を二度訪問することで、大臣を出し抜く。ここにも反復がある。一度目のデュパンの訪問に大臣は何ら興味を示さないが、それが特段意味のない行為として遂行されたあとの「二度目の同じく無意味な訪問」(82頁)によって、大臣は、彼にとって理解しがたいこの反復されたデュパンの行為の背後にある「隠された意味性」を想定してしまう。そしてそれをどうにかして知りたいと思ってしまう。この時点でゲームは始まってしまったのであり、しかも大臣はデュパンを「どういうルールでゲームをしているのか、分からない謎の人」という地位にみずから祀り上げてしまった「子ども」として、そのゲームを開始してしまっているのである。

■ 近代性の一神教的バックグラウンド

 『盗まれた手紙』についてのラカンのセミネールは、これに対するデリダの批判を招来した。日本の現代思想では、東浩紀がデリダの議論に沿う形で否定神学批判を展開している。郵便的/否定神学的という区別に準拠してみると、西洋の近代思想は一神教であるキリスト教の伝統を批判し、現実の生を統制しようとする彼岸の超越的な価値のくびきから人間を解放しようとしたものの、実際にはその人間中心主義のうちにひそかに超越的なものの構造を回帰させてしまっている、つまり超越性を否定神学的なしかたでとりこんでしまっている、と批判できる。そういった反転した形での超越性から逃れるための隠喩として脱構築派が持ち出すのが、つねに誤配可能性へと開かれた郵便物であり、音声中心主義の原初的同一性を脱臼させるエクリチュール(書かれたもの)である。石板や洞窟の壁面に発見される古代の象形文字は、そうしたエクリチュールの性質の核心をよく示している。われわれにとってそれは、もはやその真に意味するところを指し示しているはずの純粋な記号としてのみ受けとることは困難である。というのもこうした象形文字は、意味するもの(記号)と意味されるもの(内容)という意味作用の基本的構図を、すでに乗り越えてしまっているからである。象形文字はそれとは別のところにある何かを代理表象するというよりも、それ自体で表現であり、意味作用の典型的な図式を当てはめればほかの抽象化された記号によって意味されるべき何かという位置に、その「文字」は置かれてしまう。かくして象形文字というエクリチュールは、古代の芸術でもある。
 どうしても注目せざるをえないと感じてしまうのは、近代を生み出した西洋世界の先端にあるはずのこうした論争自体が、いかに一神教的・ヘブライズム的な超越性の観念に捕らわれているかという事実を、あるいは少なくともそれを無視しては論争自体が成立しないという事実を、逆照射してしまっているという点である。近代社会になお隠された一神教的なものをあぶりだそうとする脱構築派の意志やエネルギー自体、こうした身振りがニューアカにおいて自然な空気感のなかで受容された日本からすると、少しばかり異様に映る。ごく単純化して言ってしまえば、日本にはそこまでして逃れるべき超越性の磁場など存在しないのである。デリダに代表されるポストモダンの思潮も、ニーチェとハイデガーによって開始された西洋形而上学に対する闘い、つまり確固として確立されたものに対する「政治」的闘争=逃走のなかの一章(それが終章であったかどうかは分からないが)であったとみるならば、日本にはそもそもそのように絶対的なしかたで構築されたものなどなかったために、脱構築の結果として現れる地平それ自体は、日本人にとっては自然と受け入れられる馴染み深いものと映じたとして不思議ではない。そこに至る過程はあまりに異なるのであって、それゆえにそこに出現した地平が西洋世界のポストモダン知識人にとって持つ意味は、我々には容易には想像しがたい部分がある。
 逃れるべき一神教的伝統など存在しない世界における後期近代――それをポストモダンと見るかどうかは別として――という時代は、それ固有の歴史的課題を提出する。あらためて、われわれには理念や価値というものを成立せしめる「絶対的なもの」や「超越的なもの」といった観念に欠けるところがあったのではないかという疑念が、浮上したりもするのである。

(※ブログのほうで、この一神教的伝統とポストモダンの否定神学的契機という問題についてもう少し掘り下げて考えてみたい。)

(評者:上野大樹)

更新:2016/06/05