京都アカデメイア

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「理系」×「文系」ワークショップ

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▼ 基本情報



日 時:2011年1月18日(火)18:45~21:15


会 場:京都大学 人環棟 535演習室



参加者:司会…溝口(人環D1、社会学)

    理系サイド…栗下(工M2、ケミカルバイオロジー)、細川(人環M1、生物)

    文系サイド…百木(人環D1、経済思想)、中森(人環D1、社会学)、積田(人環M1、社会思想史)、眞部(総人B4、哲学)

    フロア…Uさん(社会人)、Oさん(阪大M2、法)


目 的:「文系」「理系」のお互いの理解を深めること





▼ 内容



1.趣旨説明


2.参加者紹介、自己紹介


3.理系サイドより提案① NF企画や京都アカデメイアに関して感じたこと


4.文系サイドより反論、感想など


5.理系サイドより提案② 「研究」に関するとらえ方、文系の研究に対する疑問の提起


6.文系サイドより反論、感想など


7.フリーディスカッション


8.議論のまとめ、京都アカデメイアの今後に関して





1.趣旨説明(溝口)


「文系」「理系」にあえて区別することの意図

…ものの見方の違い、考え方の違いを感じるため。あくまで便宜的な区切りとして。(以下「」を省略。)


今回の企画の目標

…文系・理系でお互いの理解を深めること、違いを感じること。各自の専門分野の相対化。





2.参加者紹介、自己紹介


(省略、上記参加者の項目を参照)





3.理系サイドより提案① NF企画や京都アカデメイアに関して感じたこと(細川)


資料1(PDF)を参照





4.文系サイドより反論、感想など


「あいまいさ」に関して

・理念を表す言葉があいまいな表現であることは構わない。

…ただし京都アカデメイアが提供しうる価値がイメージしやすくなるように、説明等の工夫が必要。

→下位区分として具体的な目標があると良い。(積田)


・理系の意見がすくないなどの偏り、参加者視点の欠如、など

…自覚していたが準備の都合上できなかったこともある。今後はできる限りオープンにしていきたい。

理系や外部の人からどんどん意見を寄せてほしい。それを取り込めるよう努力する。(百木、積田)





5.理系サイドより提案② 「研究」に関するとらえ方、文系の研究に対する疑問の提起(栗下、細川)


提示された4つの疑問

Q1:文系分野において、一番早く発表することへのこだわりは?

Q2:英語で書くことを重視しないのはなぜ?

Q3:文系の研究って、人脈と文献があればできるイメージ。大学でやる意味はあるの?

Q4:大学の実学化志向がなぜ問題なのか?





6.文系サイドより反論、感想など


A1:

・同じことでも解釈の仕方と語り方により説得力が変わる。文系ではもっとも説得力のあるアプローチで発することに重きがおかれる傾向がある。(中森、百木)

→だとすると「いちばん(※)」はどう判断する?(栗下)

※(注)今回のディスカッションにおいて「いちばん」とは「一番早く報告すること」の意。


A2:

・日本語の概念だからこそうまく表現できることもある。(中森)

・日本語に限らず、他の言語のほうが表現しやすければその言語をつかうこともある。(例:マルクス研究)(百木)

・英語で書くことへの努力の量に対して、得られる評価は必ずしも大きくない。それならばまずは日本語での発表を優先しようと考える。(百木)

・国内の研究者コミュニティ内に発信できればいい、という面があるため、英語へのこだわりは強くない。経済との関係もある。英語圏中心の世界になっていて、研究の世界にもその感覚が持ち込まれているだけ。(眞部)

・また、日本語で書くことが積極的な意義を持つ分野もある。例えばマルクス主義の研究は日本が中心の一つ。むしろ海外研究者が日本の論文を参照する。(百木)


A3:人的資本が大学に集まることが、大学で研究することのひとつの意義。(百木)

「いちばん」でない部分にも力を注げる環境として、大学が存在する必要がある。(中森)

議論し合う状態を保つことができる環境として大学が存在している。(中森)

→読書会にいくつ参加してる? 中森:3コ、百木:2コ


A4:(時間の都合であまり議論できず)

※※補足 事前ミーティングなどでのやりとりから

・実学化じたいが悪いというわけではない(NFで確認済み)。ただし実学を支える/疑うための教養も必要ということ。(百木)





7.フリーディスカッション


◆外部参加者の意見から

・専門は憲法。理系は大変だと感じた。また、「先行研究」の指すフィールドの範囲が違うように感じた。憲法の分野においては外国含め最新の概念をいかに早く報告するかが大事。(Oさん)

・父親をみて、文系にはならないと決めた。数ある学部のなかで工学部がいちばんハード。でもそういう人は少数派。法律は決まっている、その中で科学は成り立たない。最近の学問は源泉を学ばず、テクニックだけを学んでいる。近代学問の源泉はデカルトから。すべてひとつだったものが、各分野に分けられていった。専門化しすぎて互いのことがわからなくなった→最近は原点回帰の傾向。(Uさん)

・自国語で独自の学問を形成できた国は世界的に見ても少数。日本独自の歴史。1960年代、日本でも英語化運動があった。でも東芝がワープロを作っちゃったからなくなった。日本語を捨てるとは、和歌や日本の文化も捨てるということ。哲学は物事の考え方を学ぶ学問。まずは哲学を学ぶべき。(Uさん)


◆文系と理系のアプローチの違い

・百木さんがマルクスのように後世に研究対象とされるような思想を打ち出すことはできないのか?

→面白い質問!(中森)

…ゼロから思想を創り上げるのはかなり難しいこと。(百木)

ここまでの議論の整理

理系サイドの発想:自分自身がマルクスやケインズ並の研究者になる

文系サイドの発想:マルクスの中に未だ汲み取られていない要素があると考える(溝口)


◆文系と理系の発想の違い

文系は過去のライブラリー化で終わってしまうことが多い。そこから一歩突っ込むと新しいものが生み出されることがあるかも?(Uさん)

何の知識もなしに、閃きや妄想で語ってしまうほうが飛躍があり、新たな概念の創造が起きやすい

理系でもSF的な妄想から、実際に証明を加えて新たな発見が生まれることは多い。(Uさん)

→確かに、ブレインストーミングのために研究室でダベったりもする。(栗下、細川)


◆研究テーマの設定方法、指導教官との関係性について

・理系では卒論は指導教官からテーマが与えられる。学生の研究の最高責任者は指導教官。また、理系では下積みが長い。学部や修士レベルで新しい発見などできないという大前提がある。

文系では学部生であろうと学生自身がテーマを設定する。コネクション作りも自分で行わなければならない。そして指導教官は協力者というよりむしろラスボス的存在。(溝口)

・文系ではテーマ設定が論文の価値を決定する。

理系では最先端にたどり着くまでが大変。(中森)

・自分の分野では自己責任の割合が、卒論は10%、修士は50%、博士は90%。残りは指導教員の責任。(栗下)
→面白い!(百木)

・東大では文学博士が戦後3人しか出ていない。工学博士は毎年出せる。(Uさん)

・ただし博士を出す条件も変わりつつある。自分の場合は指導教員と分野も違う。(Oさん)


◆「文系」「理系」の違いに関して

・理系でも「伝え方」の違いで価値が変わることはあるか?(中森)

→抗がん剤のタキソールの例。同じ発見でもどの学術雑誌に投稿したかで全く結果が異なった。(栗下)

→解釈の塗り替えが決定的なことは理系でもところどころにある。ローレンツ収縮に対するアインシュタインの解釈など。(溝口)

・数学の人は頑固、エレガントさを追求する。日々のプレッシャーは理系のほうが大きいかも。(眞部)

どちらも学問という上での共通点がある。どこを重視するかはあくまで程度の問題でしかない。

「文系の人」「理系の人」と思い込みすぎているのでは?近代以前のような総合学問の復活が求められている。(積田)

・人文系には「いちばん」になることを疑うという視点もある。価値観の多様性の重要さ。(百木)

・今日は建設的に議論できたように思う。お互いに学ぶところがあったなら何より。(溝口)





8.議論のまとめ、京都アカデメイアの今後に関して


いろいろなことが議論でき、お互いに学ぶことがあって有意義だった。互いの違いを知れておもしろかった。

今後も分野を超えて化学反応を起こしていきましょう!

京アカをもっとおもしろくしていくために意見をください。

2011年は具体的なアクションを起こせそう!文理の枠をこえること、関西圏のネットワークを築くこと。

あくまで始まり。足りないところはオープンにして意見をいただく。

将来的には日本を元気にしていきたい!(百木)