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フーコー講義録『生政治の誕生』読書会

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フーコーについての簡単なまとめ

 

1.略年譜

年代 出来事 単行本 講義
1926 フランスのポワチエに誕生    
1946 高等師範学校入学    
1948 哲学学士号取得    
1950 フランス共産党入党    
1951 哲学教授資格試験に合格    
    『精神疾患と人格』  
1961   『狂気の歴史』  
    『精神疾患と心理学』
(『精神疾患と人格』の再版)
 
1963   『臨床医学の誕生』
『レーモン・ルーセル』
 
1966 チュニジアで哲学を教える 『言葉と物』  
1968 五月革命、フランスに戻る    
1969   『知の考古学』  
1970~71     「知への意思」
1971 監獄情報グループ設立 『言語表現の秩序』  
1971~72     「刑罰の理論と制度」
1972~73     「懲罰社会」
1973   『これはパイプではない』  
1973~74     「精神医学の権力」
1974~75     「異常者たち」
1975   『監視と処罰、監獄の誕生』  
1975~76     「社会は防衛しなければならない」
1976   『性の歴史Ⅰ 知への意思』  
1977~78     「安全・領土・人口」
1978~79     「生政治の誕生」
1979~80     「生者たちの統治」
1980~81     「主体性と真理」
1981~82     「主体の解釈学」
1982~83     「自己と他者の統治」
1983~84     「真理と勇気」
1984 エイズによる敗血症で死去 『性の歴史Ⅱ 快楽の活用』
『性の歴史Ⅲ 自己への配慮』
 

 

2.日本語で読めるフーコーの著作

 上記の年譜に挙げたフーコーの単行本はおそらくすべてが日本語に訳されている。ただし、比較的早い年代に訳された著作では、訳語が現在流通しているものとは異なっていることも多い。コレージュ・ド・フランスでの講義は『ミシェル・フーコー講義集成』(筑摩書房)でという形で日本語に訳されている最中である。これら単行本や講義の他にもインタビューや講義概要など、フーコーはたくさんの文章を残している。それらは『ミシェル・フーコー思考集成』(筑摩書房)として網羅的に集められている。総目次はホームページ「垣田裕介の研究室」内の『ミシェル・フーコー思考集成』全10巻 総目次を参照。なお、この『思考集成』からのセレクションとして『フーコー・コレクション』(筑摩書房)という文庫版も出版されている。

 

3.フーコーの入門書

 前述の『フーコー・コレクション』の一環として編まれた『フーコー・ガイドブック』を一番におすすめする。第1部が主要著作の解説、第2部がフーコー本人による講義概要の翻訳、第3部が詳細な年譜になっている。フーコーの入門書としては中山元の『フーコー入門』が古典的である。ドゥルーズによって書かれた『フーコー』は一粒で二度おいしいはずではあるが難しい。その他には桜井哲夫やフーコーと直接会った渡辺守章による解説書がある。

(文責:浅野直樹)

 

1979年1月10日(第1回講義)

 

・本年度の講義の目的:「統治術」の歴史を語り直すこと
→主権者、主権、人民、国家、市民社会といった概念から演繹的に語ることはしない。
→統治に関する具体的な実践から出発する。

・国家理性の出現
「国家とは存在するものであると同時に、いまだ十分に存在していないものである」

・中世における国家理性
→国家の父権的な役割が常に強調されていた。
①重商主義
 (a) 国家は貨幣の蓄積によって富まねばならない
 (b) 国家は人口の増加によって強力にならねばならない
 (c) 国家は列強との絶え間ない競争状態に身を置かねばならない
②内部の運営(内政国家)
③常備軍と常備外交の整備 →パワー・オブ・バランス

 

◆中世の国家(17~18C前半)→「外的な自己制限」

・外交的には有限 ←パワー・オブ・バランス
・内政的には無限 ←法権利、司法制度、自然権、社会契約

つまり、国家理性によって統治する者は、他の支配力から独立した支配力としては制限された目標を持つのに対し、臣民の行動様式を規則づける公権力の運営者としては無制限の目標を持つ、ということです(10頁)

 

◆近代の国家(18C後半~)→「内的な自己制限」

「政治経済学」の登場…統治理性の自己制限を可能にする知的道具、計算のタイプ
 ①政治経済学は国家理性の枠組みの中で形成された
  →目標は「国家を豊かにすること」
 ②全面的な専制主義の必要性
  →ケネー、テュルゴーなどの重農主義者
 ③統治実践そのものについて考察
  →統治を「効果」の側面から考察する
 ④「自然本性」の意味の転換
  →「国家の外部にある法権利」(自然法)から「国家の外部にある自然法則」(経済法則)へ
 ⑤成功/失敗が統治の行動基準とされる
  →功利主義への道

統治理性の自己制限を可能にするその知的道具、計算のタイプ、合理性の形式、それは繰り返して言うなら、ほう権利ではありません。18世紀半ば以来のその知的道具とはいったい何でしょうか。それはもちろん、政治経済学です(17頁)
したがって、政治経済学とともに一つの時代が始まるということであり、…統治術における最大最小の原理が、かつて君主の賢明さを命じていた公平な均衡という観念、「公平な正義」に取って代わるということ(23頁)

・「真理の体制」の出現
法や道徳に基づいてではなく、「真理の体制」によって「統治」がなされることになる。
→「知と権力の装置」の転換

 

◆ポイント

17C~18C半ばの国家は「外在的な原理」(外交的にはバランス・オブ・パワー、内政的には法権利・司法制度・自然法)によって統治されていたが、18C半ば以降の国家は「内在的な原理」(真理の体制)によって統治されるようになる。その転換の要をなすのが「政治経済学」の登場である。

(文責:百木 漠)

 

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▼ 方法論

・普遍概念を想定せずに歴史的に考察

統治実践について語ること、あるいは統治実践から出発すること、これはもちろん、最初の基本的な所与とみなされるいくつかの観念、たとえば、主権者、主権、人民、臣民、国家、市民社会などといった諸観念を、はっきりとしたやり方で脇においておくということです。(pp.4-5)

・狂気、刑罰、セクシャリティ、主体などについても同様の方法論で研究を展開

これは考古学的方法であり、体制の移行に注目するなら系譜学的方法であると言えるだろう。


フーコーは単なる構築主義者でニヒリズムに留まるのだろうか? 社会制度などはすべて作り物で他にどのような形態を取ることもあり得る、と彼が主張することはない(第2回講義を参照)。また、晩年には「自己の統治」ということで、古代ギリシャ的な「自由」を追求しているように見えるが、その場合は「自由」という概念だけは所与のまま至高のものだとしているのではないかというフーコーへの批判が成り立つかもしれない。

 

▼ 統治術

・統治実践に関する反省的考察(統治の自己意識)

それぞれの時代の統治術は次の表のようであろうか。
古代 中世 16, 7世紀 18世紀
司牧 国家理性 自由主義

 

▼ 国家理性が特徴づける国家(16世紀~18世紀前半)

・一つの帝国ではなく、複数の国家
・国家理性の三つの特徴
 (1) 重商主義(貨幣の蓄積、人口の増大、列強との競争状態)
 (2) 内政(対内的には無制限の目標)←法権利による外在的な制限
 (3) 常設軍と常設的外交との整備(対外的には制限された目標)

 

▼ 国家理性から近代的統治理性への変容(18世紀半ば、「平穏ヲ乱スベカラズ」と「自由放任」との間)

・一つの帝国ではなく、複数の国家
・統治の合理性の内的制限
  (1) 事実上の制限
  (2) 一般的な制限
  (3) 制限の原理が統治の目標の側にある
  (4) なすべきこととなすべからざることとの間の分割線
  (5) あらゆる予期せぬ出来事が合理的分割を打ち立てる
・対立の根拠とされるのは主権の濫用ではなく、統治の過剰

 

▼ 近代的統治理性への変容を可能にした政治経済学

・近代的統治理性の特徴
 (1) 政治経済学は国家理性の目標に沿っていた
 (2) 専制主義(重農主義者)
 (3) 起源(正当性)ではなく効果を問う
 (4) 奥底になるものとしてではなく永続的相関物としての自然本性
 (5) 正当―不当ではなく成功―失敗
・自己に対して制限を課す可能性と真理の問題が導入される

 

▼ 自由主義

・生政治についての講義をする前に自由主義の統治を検討する。
・自由主義の統治
  (1) 自己制限を法権利のもとで定める
  (2) 対外的に無制限で内政的に制限された目標(国家理性の逆)
  (3) 主体と対象の二重化(人口)

フーコーは講義では話さなかったものの、草稿では「帝国主義」についてはっきりと言っている。自由主義的理性による統治実践の自己制限は、国際的目標の分裂と帝国主義による無制限の目標の登場とをもたらした。(p.29)

 

(文責:浅野直樹)

 

1979年1月17日(第2回講義)

 

◆「内的な自己制限」をもつ国家理性

→「つましい統治」…できる限り少なく統治するための統治術

18世紀の終わり以来、19世紀を通じて、そしてもちろん、我々の時代においてはさらにいっそう、諸国家の政体の問題(引用者注:君主制、貴族制、民主制など)ではなく統治のつましさの問題こそがおそらく根本的な問題です。統治のつましさの問題、これがまさに自由主義の問題です(37頁)

・国家理性と政治経済学の接合
→真理の体制の国家理性、国家理性の計算への接続、最小統治

 

◆「市場」→18世紀以来、真理の形成の場所となる

16~17Cの市場:正義の場所、規制→「公正価格」、法陳述の場所〔外的な制限〕

18Cの市場:自然的メカニズムの場所、交換→「自然価格」、真理陳述の場所〔内的な制限〕

市場は、18世紀初頭までまだそうであった法陳述の場所から、…真理陳述の場所となりつつある、ということになるでしょう(41頁)

・刑罰制度においても、法陳述→真理陳述への転換が見られる。
ただ法に反した犯罪者を処罰するだけでなく、犯罪者の行為の内面を問うようになった。
「お前は何をしたのか」という問いから「お前は誰なのか」という問いへの転換。

 

◆公権力の制限への道

①法権利(人権)から出発する道(フランス)→革命へ
②統治実践(効率・有用性)から出発する道(イギリス)→功利主義へ

→このうち強固に生き残ったのは、「統治の有用性」という観点から公権力の法的制限を規定しようとする②イギリス流ラディカリズムの道であった。

 

◆新たな統治理性

①「交換」のメカニズムとしての市場(×規制や道徳のメカニズム)
②「有用性」の原理に基づく公権力の制限(×人権の原理)

→双方の原理に共通するカテゴリ=「利害関心」

この有用性という問題…こそが、最終的に、公権力の限界の練り上げと公法および行政の形成にとっての重要な基準となります。19世紀初頭以来、有用性の問題が法権利にかかわる伝統的問題のすべてを次第に覆い尽くすような時代が始まったのです(54頁)
「市場と有用性とをともに覆い尽くすことになるそうした一般的カテゴリー…それはもちろん、利害関心です。というのも、利害関心こそが交換の原理であり、利害関心こそが有用性の基準であるからです(54-55頁)
「利害関心の現象という薄膜が、統治の可能な介入の唯一の範囲、というよりもむしろその唯一の表面を構成するものとして挿入されるということ(58頁)
「統治は今や、利害関心の現象的共和国と呼びうるものに対して行使されることになります。自由主義の根本的な問い、それは、交換こそが事物の真の価値を決定するような一つの社会において、統治および統治のあらゆる行動の有用性の価値とはいったいどのようなものなのか、という問いです(58頁)

 

◆ポイント

18C後半以降の「内的な自己制限」に基づく国家理性とは、「つましい統治」すなわち最小の統治術によって統治を行うとするものである。その統治術は、①「交換」のメカニズムによって形成される「市場」(真理陳述)と、②「有用性」の原理によって測定される「公権力」(法陳述)の二つによって構成される。この両者に共通するのが「利害関心」の観点である。

(文責:百木 漠)

 

1979年1月24日(第3回講義)

 

◆自由主義的統治術の三側面

①交換メカニズムによる市場の真理陳述
②有用性の原理による統治性の制限
③国際的均衡

重商主義者:経済=ゼロ・サム・ゲーム
→バランス・オブ・パワーによる競争への歯止め

自由主義者:経済=プラス・サム・ゲーム
→製造業によってパイの大きさを拡大する

「相互的な富裕化のメカニズム」
→ヨーロッパ全体の「進歩」という思想

そうした重農主義者的な考え方、アダム・スミス的な考え方以来、我々は、経済のゼロサムゲームという考え方から抜け出したのです(67頁)

→「市場のグローバル化」が目指されるようになる

…私が言いたいのは、ヨーロッパの統治実践において地球的規模を持つ新たなタイプの計算がここに開始されるということです。地球的規模を持つ合理性の新たな形態のこうした出現、世界的規模を持つ新たな計算のこうした出現…(69頁)

 

◆18世紀における平和への企図

カント『永遠平和のために』(1795)
国外市場の制限撤廃→永遠平和と国際的組織化

永遠平和は自然によって保証されるということ。そしてこの保証は、全世界に人々が住みつくことによって、さらには全世界にを貫いて商業関係の組織網が張られることによって表明されるということ。永遠平和の保証とはつまり、商業の地球的規模の拡大なのだ、というわけです(71頁)

 

◆新たな統治術を特徴付けるのは、「自由主義」というよりもむしろ「自然主義」である。

→重農主義者、アダム・スミス、カント
論点:近代における「自然」の意味とは?

・新たな統治術は、自由を「生産」し「組織化」し「消費」する。
「自由、それは、絶えず製造されるような何かです」(80頁)

・さらに自由製造のコストを計算するための原理は「安全(セキュリテ)」

自由と安全。自由と安全の作用。これこそが、私がその一般的特徴をみなさんにご紹介した新たな統治理性の核心そのものにあります(80頁)
自由主義は、安全と自由を運営することによって、個々人と集団とができる限り危険に晒されないようにしなければならないのです(81頁)

自由主義的統治→自由と安全の運営

①「危険」の統治
②「規律型権力」の導出
③自由の「生産と増加」

1930年代 自由主義的統治の危機
・経済介入主義(ケインズ主義、社会主義、ファシズムetc)…新たな専制主義の危険性

 

◆ポイント
18C半ば以降の新たな統治(自由主義的統治)は、自由主義というよりもむしろ自然主義に基づいている。それは自由を「生産」し「組織化」する。また「自由と安全」を運営することによって「危機」を統治しようとする「規律型権力」が導出される。しかしこの規律型権力は1930年代に経済介入主義へとつながり、自由主義的統治の危機をもたらすことになった。

(文責:百木 漠)

 

1979年1月31日(第4回講義)

 

◆方法論の確認

・国家の理論を括弧に入れて、国家嫌悪をめぐる問題を統治性に関する分析から出発して取り上げ直す。

①歴史は演繹的学問ではない

② 国家は本質がない。内部がない。統治性の体制によってもたらされる動的効果である

・国家を一種の政治的普遍とし、そこから演繹的に分析する方法を批判。

 

◆新自由主義的統治性の分析

<目的>
20世紀における自由主義的統治性の分析によって、出現期である18世紀から20世紀の間に繰り返し現れる問題を評定する。

<具体的分析>

ヴァイマル共和国、1929年の大恐慌、ナチズムの発達、ナチズム批判、戦後の再建

ニューディール政策、ルーズヴェルトの政策に対する批判

かけ橋

 

◆ドイツの新自由主義

<背景>
ケインズ政策に依拠した3つの要請

①再建

戦争経済から平和経済への再転換、破壊された経済的潜在力の再構成、さらには戦時中に出現可能となったテクノロジー上の新たな所与、人口や地政学にかかわる新たな所与の統合といった要請です。」(p.96)

②計画化

マーシャル・プランの存在が与えた重圧」(p.96)

③社会化

ヨーロッパにおいてファシズムやナチズムといったものが再び現れるのを避けるために政治的に不可欠であるとみなされた社会的目標によって構成された要請です。」(p.96)

 

・ドイツ経済行政部、学術審議会で 「経済プロセスを導く機能は、価格のメカニズムによって可能な限り広く保証されなければならない。」 という議決が満場一致で承認される。

「国家による制約から経済を自由化しなければならない。」
「無政府状態とシロアリ国家とを同時に避けなければならない。」
「市民の自由と責任とを同時に打ち立てるような国家だけが、正当なやり方で人民の名において語ることができる。」
→国家の正当性が問題

 

・ドイツ国家再建される以前の状態では、歴史的法権利法的正当性も存在しない。

再建すべきドイツ国家のために、歴史そのものによって失権させられてしまった歴史的法権利を要求することは言うまでもなく不可能である。ドイツが分割されかつ占領されている状況においては、自らを表明する機構、コンセンサス、集団意志がない以上、法的正当性を要求することも不可能である。」(p.98)

経済的自由を保証することが唯一の機能

「現代ドイツにおいて、経済、経済的発展、経済成長は、実際には、何がしかの主権、何がしかの政治的主権を、まさにその経済を機能させる制度および制度的作用によって生産しています。経済は、自らを保証するものとしての国家のために、何がしかの正当性を生産しているのです。」(p.101)

・経済的自由の保証は歴史的法権利を失ったドイツに法的正当性を与えた。
・それだけではなく、自由を行使する人々の恒久的コンセンサス(政治的な絆)を生産した。

 

「ラディカルに」経済的な国家⇔フィヒテ「閉じた通商国家」
18世紀の自由主義とのずれ(問題が全く逆)

国家があると想定したうえでどのように国家を制限するか(市場の自由)(p.114)

存在しない国家を想定したうえで、国家がちょうど十分なだけ存在するためには、どうしたらよいか(自由市場)(p.114)

 

◆新自由主義の統治性と社会主義

エアハルトの演説以降、国内外から反発を伴いながらも、賛同を得ながら、自由化政策を推進。

①キリスト教民主同盟の賛同(さほど自由主義的ではない社会経済学、キリスト教経済学と結びついていた

②ミュンヘンの理論家の賛同

③鉱山労働組合副議長テオドア・ブランクの賛同

④ドイツ社会民主党の賛同

→自由主義的統治性への賛同。

 

※戦略的な問題

・従来は、経済の領域においては社会主義国を、政治の領域においては民主主義国を目指す政策。
→「一つの法的枠組ないし歴史的枠組をそれが国家もしくは民衆のある種のコンセンサスによってそのように形成されたものであるからという理由によって自らに与え、それを受け入れて、次にその内部においていくつかの修正を施すために経済的な努力を傾けること」(p.108)

・一方新しいドイツでは全く逆のことが問題。
→「まずはそうした経済的枠組が与えられたのであり、国家の正当性があらわれたことはそのあとにすぎませんでした。」(p.108~109)

・マルクス主義理論と断絶することによって、「統治性のゲーム」の中にようやく参入。
さらに、カール・シラーによって「あらゆる計画化はたとえ柔軟なものであろうと自由主義経済にとって危険である」という原則が立てられることとなる。

 

◆マルクス主義(社会主義)固有の問題

・歴史的合理性、経済的合理性、行政的合理性は認めることができる。
・しかし、社会主義には明らかに統治理性は存在しない様々なタイプの統治性に接続されて初めて活用可能
・社会主義に対して「真の社会主義はどこにあるのか」と問いかけるのは無意味だが、そういった問いが提出される強い傾向がある根拠。
・統治理性の不在がテクストの適合性によって置き換えられる(覆い隠される)。
→社会主義におけるテクストの重要性
・では、社会主義にふさわしい統治性とはいかなるものか
 

 

◆ポイント

フーコーは(生政治の誕生と深く関わりのある)新自由主義の起源を、戦後ドイツに見出す。戦後ドイツでは、(ナチズムへの反省から)国家の正当性が失われており、従来とは逆に、「経済的自由の行使を保証することによって国家を正当なものとして創設する」という方法がとられた。つまり、はじめに「正当な国家」を想定するのではなく、経済的自由の空間から出発し、経済的自由を保証する主体としての国家が導出されたのである。1948年のエアハルトの演説以降、経済自由化の方針は、ドイツ社会民主党やキリスト教民主同盟、社会主義者などの賛同を得つつ、ドイツ新自由主義へとつながっていくことになる。

 

1979年2月7日(第5回講義)

 

◆ドイツ新自由主義の理論家たち

※雑誌『オルド』創設(1936)⇒フライブルク学派、「オルド新自由主義者」構成

 ヴァルター・オイケン(1891-1950)
 フランツ・ベーム(1895‐1977)
 アルフレート・ミュラー=アルマック(1901-1978)
 フリードリヒ・フォン・ハイエク(1899-1992

※フライブルク学派(オルド新自由主義者)とフランクフルト学派
 →マックス・ウェーバーという共通の出発点。
 →資本主義社会の非合理的合理性の読解(合理的なものと非合理的なものの分割)。

※新自由主義的目標を定義するために必要な敵対領野としてのナチズム

 

◆19世紀以来のドイツにおける自由主義政策に対する障害物。

(a)リストによる保護主義経済
(b)ビスマルクの国家社会主義
(c)第一次大戦中の計画経済の実施
(d)ケインズ式の統制経済
(e)国民社会主義の経済政策

→ドイツ史のさまざまな要素を出発点とした、国民社会主義に対する新自由主義的批判

→さまざまなタイプの経済への拡張(ソヴィエトの計画経済、ニューディール、ベヴァリッジ・プログラムのケインズ政策)

→本質的差異は、自由主義政策とそれ以外のあらゆる形態の経済介入政策との間にある。

 

◆統制経済と国家権力の拡大

・ナチズムとは、国家権力の無際限の増大である。しかし、それがどのように機能していたかを見るとき、ナチズムとは国家の消滅である。

・政党の存在と法制の総体とが、本質的権限を国家ではなく政党にもたらしていた。

・経済的組織化と、国家の拡大とのあいだに、実は必然的な結びつきがある。

経済体制の四つの要素のうちの一つが与えられるならほかの三つも必ず徐々に到来するということ。そして、それらの要素の一つひとつは、配備され機能するために、まさしく国家権力の拡大を要求するということ(139頁)

 

◆大衆化と画一化

※ゾンバルトの分析『ドイツ社会主義』

・ブルジョア的かつ資本主義的な経済および国家が産出したもの=画一的な大衆

・個々人に対し、画一化と規格化の機能を持つ一つのタイプの大量消費を課した。
→ナチズムはこのような社会の破壊に対抗しようとした。

※新自由主義たちの分析
ナチスがやっているのは、ブルジョア資本主義社会のあらゆる特徴を、再生産し強化するものにほかならない。
→すべての諸要素が、国家主義、反自由主義に結びついている。

 

【フーコーによる要約】

①ナチズムは一つの経済的不変項に属していた。

②国民社会主義が、国家権力の無際限の拡大に完全に結びついていた。

③この不変項が、社会共同体の組織網の破壊をもたらし、保護主義と統制経済と国家権力の拡大を呼び寄せた。

 

◆新自由主義に賭けられているもの。

※自由主義的統治術が用いたもの=「介入の技術」→国家運営、経済管理を技術化する

※古典的自由主義に対するその新しさ。
不変項が見られるのは、自由主義的統治術の発達の帰結を制限しようとしたとき以来。

⇒ ×経済的自由の空間を打ち立て、国家によって限定させ監視させる。
  ○市場の自由を、国家を組織化し規則付けるための原理として手に入れる

国家によって規定され、いわば国家による監視のもとで維持された市場の自由を受け入れる代わりに――経済的自由の空間を打ち立てよう、そうしてそうした空間を国家によって限定させ監視させよう、というのが、自由主義の最初の定式でした――…つまり、国家の監視下にある市場よりもむしろ、市場の監視下にある国家を、というわけです」(143頁)

 

※オルド自由主義者たちによる、伝統的な自由主義の学説の変換

 18世紀自由主義者たち…交換
 19世紀新自由主義者たち…競争
「19世紀末以来、自由主義理論においては事実上ほとんど至る所で、市場において本質的なのは競争であるということ、つまり等価性ではなく逆に不平等こそが本質的であるということが認められます」(146頁)

※「市場を組織化する形式としての競争の原理から自由放任を引き出すことはできない」
・競争は、統治術の歴史的目標であり、尊重すべき自然の所与ではない。
・市場の本質そのものとしての純粋競争は、能動的な統治性によって産出されることによって初めて、出現可能となる。

 

18~19C自由主義:純粋競争(自由放任)は「自然の所与」
国家の存在を前提→国家による市場の監視→国家による市場への介入→国家の拡大

20C自由主義:純粋競争(自由放任)は「能動的に作りだされるべきもの」
国家存在の非自明化→市場による国家の監視→市場から出発して国家の存在を保証

 

◆ポイント

18~19Cの自由主義においては「自然の所与」とされていた純粋競争(自由放任)が、20Cの自由主義においては「能動的に作りだされるべきもの」となる。この転換を行ったのがドイツの新自由主義者たちであるが、彼らはナチズムへの憎悪から、あらゆる国家の市場介入を批判し、逆に「市場によって国家を監視する」体制を新たに作り上げようとしたのであった。

 

1979年2月14日(第6回講義)

 

◆新自由主義に対する一般的な分析・批判

→上記の説明は、自由主義の延長としてしか新自由主義を捉えておらず、その特異性を理解していない。新自由主義の特質は、古典的資本主義との決定的な相違にこそある。

 

◆フーコーの新自由主義解釈

アダム・スミス型の古典的自由主義からの決定的転換
市場という経済的原理 と 自由放任という政治的原理 の分離
→競争を自然的な所与としてではなく、価格のメカニズムによって経済を調整する構造として捉える

 

◆新自由主義における統治術のテーゼ

警戒しながら、能動的かつ恒久的に介入していく(国家による経済活動の統治)

※ウォルター・リップマン・シンポジウム(1938/08/26-30)

参加者:リップマン、ボーダン、レプケ、リュストゥ、ハイエク、フォン・ミーゼス、ジャック・リュエフ、マルジョラン、レイモン・アロンなど
⇒CRL(自由主義改革のための国際研究センター)に結実

・「積極的自由主義」(L.ルジエ)…介入する自由主義
・「市場の自由は、能動的かつ極めて警戒に満ちた政策を必要とする」(レプケ)
・「この自由主義政策において、計画化政策におけるのと同じくらい多数の経済介入が行われることは大いにありうるが、しかしそれらの介入はその本性において互いに異なる」

 

◆新自由主義の特質――介入という問題

古典的自由主義:介入できる領域と介入できない領域を分割することが問題
新自由主義:介入の可否ではなく、介入の仕方(統治のスタイル)が問題になる
 ⇒新自由主義への決定的な転換は、独占・適合的経済行動・社会政策の三点で明らかに

※独占に対する考え方

古典的自由主義
…独占は必然的に競争を妨害することになるので、介入も時には必要である。だが独占は、競争の必然的な帰結として自然に発生してしまうものである


新自由主義
…独占は、「経済プロセスにおける異物」(レプケ『社会危機』)であり、自然発生的に形成されるものではない

※独占は、経済を調整する価格のメカニズムを攪乱するものとして反発される

→独占の状態を維持したいならば、あたかも競争があるかのように振舞わねばならない
→この振る舞い(Cf.「かのように政策」(注30))によって、独占の存在自体が問題化されなくなる

※独占への考え方から生じる、新自由主義の介入への態度

→経済的なプロセスそれ自体には介入しないが、外的なプロセス(公権力など)が介入して独占の現象を創出することは阻止する

 

◆適合的行動の問題

ヴァルター・オイケン『経済政策原理』(1952)
新自由主義的統治の二通りの介入=(a) 調整的行動、(b) 秩序創設的行動

(a) 調整的行動
…経済情勢によって介入が不可欠な事態時にのみ行われる調整的régulateur行動
→市場経済のメカニズムに対してではなく、市場の諸条件に対して介入する
→調整的行動の目的=価格安定化(インフレーションの制御)
(購買力の維持や完全雇用の維持、国際収支の均衡などは、二次的な目的)

※調整的行動の道具立て

○純粋市場の道具…金融政策の利用(公定歩合の創設)、税制の変更etc
×計画化の道具…価格の固定、市場の一部門への支援、雇用の体系的な創出、公共投資etc

(b) 秩序創設的行動
…市場の諸条件に介入することをその機能とする行動

※枠組政策

良い介入とは、枠組――人口、技術、学習と教育、法体制、土地の使用権、気候など――に対して働きかけるものである

※秩序創設的行動における統治

経済プロセスそれ自体への介入は控え目に行われる。ただし、社会にかかわる所与の総体(技術、科学、法、人口など)への介入が、それとは逆に大規模なものとなる。

 

◆オルド自由主義からの厚生経済学(ピグー、ケインズ主義、ベヴァリッジ計画))批判

・平等化や均等化を中心目標とする社会政策は、反経済的なものでしかありえない
・現実にできるのは、最高水準の所得者から過少消費の状態にある人々に所得を移転するという、非常に限られたことだけである(これは、平等化でも均等化でもない)
・社会政策の道具は、消費と所得の社会化ではなく、民営化でしかない

 

◆オルド自由主義からの対案

「個人的社会政策」 (⇔社会主義的社会政策)
…社会保障によって個々人をリスクから守ることではなく、個々人が自分の私的な蓄えのみで身を守れるようにすることが目的

→真の根本的な社会政策は、経済成長のみである
→民営化された社会政策への傾向

例)アメリカの無政府資本主義、保険のメカニズムの民営化

 

◆新自由主義的統治

いずれにせよ、新自由主義者たちが望んでいるのは、社会の統治であり、社会本位の政策です。(180頁)
→「社会本位政策(ゲゼルシャフツ・ポリティーク)」(ミュラー=アルマック) 


ところで、今や統治による介入の対象そのものとなり、統治実践の対象そのものとなったこの社会に対し、社会学的統治はいったい何を行おうとするのでしょうか。それが行おうとするのはもちろん、市場を可能にすることです。(180頁)
⇒社会を統治の対象としながら「市場を可能にする」ような統治

 

◆新自由主義者が目標とする社会

⇒「企業」形式を可能な限り伝播させつつ一般化することを目指す

 

◆自由主義的統治術の帰結

⇒企業社会(①)と司法社会(②)には、特権的といえるような絆がある

 

◆ポイント

新自由主義的統治は「社会」を統治の対象とし、「社会」に対して介入する。「経済」そのものには介入せず、市場の「枠組」に対して調整的に働きかける(調整的介入&枠組政策)。例えば、公共事業を行ったり特定企業を支援したりはせず、金融政策や税制を通じて間接的に市場の「諸条件」に介入する。さらに、人口・法体系・教育などの社会枠組を調整することによって「市場を可能とする」条件を作り上げる。結果的に新自由主義者たちが目指すのは、人間を「企業」の形式として捉える(ホモ・エコノミクス)社会像である。

 

1979年2月21日(第7回講義)

 

オルド自由主義者の社会本位政策

 …競争のメカニズムが作用するために反競争的メカニズムを解消するのが目的。

・社会本位政策に内容を与えるための2つの軸

 ①企業のモデルによる社会の形式化
 ②法制度の再定義 (今日のテーマ)

 

◆ウォルター・リップマン・シンポジウムについての再検討(1939)

Ⅰ).法的なものは経済に対して上部構造に属しているわけではない
・むしろ、経済的なものに形式を与えている。
・経済的かつ法的な秩序(「システム」)について語る必要がある。~現象学的観点
・生産力のレベルではなく生産関係のレベルに身をおく点で、ヴェーバーと同じ路線
・政治的に賭けられているもの=「資本主義を生き延びさせるという問題」

※オルド自由主義者たちの最終目標
資本主義は新たな形態が与えられるという条件のもとで生き延びうることを論証する。

・そのために示さなければならなかったこと(2つの相補的問題)
①資本主義の厳密に経済的な競争市場の論理が、可能であり矛盾を含まないということ
②資本主義の具体的で歴史的な形態においては法的かつ経済的な諸関係の総体があ   るということ

→資本主義の特異性を説明し、現在の困難を説明できるような経済的・制度的総体を資 本主義の中に見つけること =ヴェーバー的問題の路線

 

)ルジエのテクストのもう一つの側面 (国家の法権利の理論の路線)

※法的介入主義
 市場の法則には手を触れず、制度を整える
  ⇒最小限の経済介入主義と、最大限の法的介入主義

・マルクス主義による定式との対比

マルクス主義の立場
 歴史学者の無意識=経済的なもの

オルド自由主義の立場
 歴史学者(経済学者)の無意識=制度的なもの
  ⇒意識的な法権利のレベルへと移行し、その経済的かつ法的な複合体のなかにどの    ような諸変容が導入可能であるのかを意識化しなければならない。

※問題点
 制度的修正と革新の総体をどこから導入すれば、市場経済に従って経済的に規則づけ られた社会秩序の創設が可能になるのか
 ⇒これから実践しなければならない制度的革新とは、経済に対し、ドイツでは法治国家、 イギリスでは法の支配(rule of law)と呼ばれているものを適用することである。

 

◆法治国家(18世紀~)とはなにか

※専制国家、内政国家との対比による定義

①専制国家・・・公権力の強制力の原理・起源は主権者の意志

⇔法治国家・・・権力は法律の枠組みの中で作動する
         強制力の原理・起源は法律の形式  

②内政国家・・・法律上の規定と公権力の個々の決定との間に区別はない

⇔法治国家・・・両者を区別

⇒公権力は法的枠組みのなかでのみ作動する。公権力の強制的な性格の原理および起  源となるのは、主権者の意志ではなく、法律の形式。

新自由主義者による刷新の方法
 …法治国家の一般的・形式的諸原則を経済法制のなかに導入する

 

◆形式的介入の意味
「ただ単に、計画の反対物である」(ハイエクからの引用)

①法律は、決して個別の目的を自らに設定してはならない

②法律は、固定した諸原則のかたちでアプリオリに構想されなければならない
(生じた諸効果に応じた修正も許されない)

③法律は一つの枠組みを設定する。各々の経済主体はその枠組みの不変性を知った上で、完全に自由な状態で決定を行えるようにしなければならない

④形式的法律は、国家をも拘束することになる法律である

 ⇒国家は、経済プロセスに対して盲目でなければならない

※形式的介入の結果
・個々人(企業)の自由な行動の可能性の増大
・「企業」の多種多様でダイナミックな形態の発達

⇒ゲームの規則の枠組のなかにおける仲裁としての、司法による社会的介入主義が要 求されるようになる
⇒経済秩序における法治国家についてのこうした考え方によって、結局、経済に関する 知の普遍的主体はありえないことになる。ゆえに、国家は経済プロセスに対して盲目的 でなければならない。

経済は一つのゲームであり、経済に枠組みを与える法制度はゲームの規則として考えられなければならないということ。その経済ゲームを行う者、つまり現実の経済主体は、個々人のみ、あるいは、こう言ってよければ、企業のみです。国家によって保証された法的かつ制度的枠組みの内部において規則づけられた企業間のゲーム。これこそ、刷新された資本主義における制度的枠組みとなるべきものの一般的形式です。経済ゲームの規則であり、意図的な経済的かつ社会的管理ではないということ。経済における法治国家ないし経済における法の支配のこのような定義こそ、ハイエクが、非常に明快であると私には思われる一節のなかで特徴づけているものです。(213-214頁)

法と秩序…ゲームの規則と環境を形づくるもの
 ⇒国家、公権力は法律の形態のもとでしか経済秩序のなかに決して介入しない。

「我々が知る資本主義とは異なるもう一つ別の資本主義を発明すること」
 →19世紀の保護経済や20世紀の計画経済において国家が自らに対してその権利を認   めてきた行政的あるいは法律的介入主義の総体がそれによって一掃される。

 

◆シュンペーターとオルド自由主義者の対比
自由主義的統治術において政治的に賭けられているものが明らかになる

※両者の共通点
①出発点は同じ…資本主義社会の合理性と非合理性というヴェーバー的問題から出発
②資本とその蓄積の論理のなかに内的な矛盾はないとする (⇔マルクス主義者)
⇒純粋に経済的な視点から見れば、資本主義は完全に生き続けることのできるもの
③資本主義には独占へと向かう傾向があるということは認める

※シュンペーターの分析
・資本主義の独占へと向かう傾向
(経済プロセスではなく、競争のプロセスの社会的帰結に起因)
・経済を行政と国家にますます近くなる決定の中心に組み込もうとする傾向
・必然的に社会主義社会へむかう
・全体主義という代償を避けるために、高度に監視され練り上げられなければならないだろうが、それにより全体主義は避けられる。
「大きな注意を払うなら、それはおそらく想像しうるよりもましなものとなるだろう」

 

◆オルド自由主義者の分析(シュンペーターの逆をたどる)
計画化の必然的な政治的帰結としての自由の喪失は回避できない
←計画化は根本的誤りを含んでいて、それを改めるには自由の全面的喪失が必要となる      

資本主義社会に内在する中央集権への傾向は、法的介入主義が消し去ってくれる
⇒資本の論理はその純粋さにおいて維持され、独占のない厳密な意味での競争市場が可能
⇒競争型の経済の理論と制度的実践とを互いに調節しあうことが可能に

 

※オルド自由主義者の政治的賭け(歴史的賭け)とは
①公権力による介入の厳密に形式的な性格によって規定された制度的領野
②純粋競争に基づいてそのプロセスが規則づけられることになる経済の展開

計画化の誤りを避けるためにはどうすればよいか?
→新自由主義者たちの答え

社会的介入。社会本位政策。法的介入主義。法治国家ないし法の支配の法制のような厳密に形式的な一つの法制によって保護された経済の新たな制度的枠組みの定義。こうしたものが、資本の論理にではなく資本主義社会に実際に内在する中央集権への傾向を消し去り、吸い取ることを可能にしてくれるだろう。そうしたものこそが、資本の論理をその純粋さにおいて維持することを可能にするだろうし、その結果、厳密な意味での競争市場を機能させること、すなわち、現代社会において確認された独占の現象、集中の現象、中央集権の現象のなかで転倒するリスクのないような競争市場を機能させることも可能にするだろう、というわけです」(220頁)

 

⇒こうしたオルド主義者の政治的・歴史的な賭けは現代ドイツ政治の骨格を構成
 (フランス人を怯えさせるドイツ的モデル=法治国家)


⇒フランスやアメリカに伝播

 

◆ポイント

オルド自由主義者たちが採用した「社会本位政策」は、「最小限の経済介入主義と最大限の法的介入主義」および「形式的介入主義」によって特徴づけられる。オルド自由主義者は、経済を一つのゲームととらえ、そのゲームのルール(=法)や制度的枠組みを創造し保証するのが国家の役割で