書名:自分探しが止まらない 著者:速水健朗 出版社:ソフトバンククリエイティブ 出版年:2008 |
近年の日本における「自分探し」の系譜を追った本です。
かなり面白かったのでオススメです。
まず冒頭に出てくるのが中田英寿が2006年の引退当時に自らのHPに掲載した「人生とは旅であり、旅とは人生である」という題名の文章。
———————————————————————半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。
何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し〝新たな自分〟探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。
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これが中田英寿の「自分探し」宣言でした。
その後中田は世界中を旅しながら、時おりボランティア活動に参加したり、サッカーのチャリティーマッチに出場したり、たまにメディアに登場してみたり、という生活を送っています。
また同じく2006年の年末にキャリアの頂点にいながら引退して「自分探し」の旅に出てしまったのが、総合格闘技界の須藤元気。
「バックパッカーとして世界中を回ってみたい。環境問題について勉強したい」 そう言い残して格闘界を引退した須藤の現在の職業は作家。
『幸福論』『神はテーブルクロス』などの本を出版し、若者を中心によく売れているそうです。
同年代にあたる中田と須藤の共通点は、ともに若くして現役を引退し、「自分探し」の旅に出てしまった点。いっぽうで彼らより10歳上の世代には、しぶとく現役にかじりついている選手が少なくありません。サッカーでいえば、三浦和良や中山雅史、野球でいえば、野茂英雄、清原和博など。この違いは一体どこから来ているのでしょうか?
「自分探し」のために世界を旅する、というスタイルが世間に好意をもって受け止められているもう一つの例として挙げられているのが、恋愛観察バラエティ番組「あいのり」。 筆者によれば「あいのり」は、若者たちの「恋愛観察バラエティ」というよりも、「自分探し観察バラエティ」というほうが近い、のだそうです。
———————————————————————自信をなくして自分を変えたい、何かやらなきゃって旅に参加したけど、いろんなメンバーを見て、自分は自分でいいんだって思えるようになりました」「この旅で『自分』というものに出会えたし、今の自分を好きだといえるようになったので、満足です」
(『あいのり8 旅路の果て』より)
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このように若者たちが旅をするなかで、「自分らしさ」を肯定するようになっていく、あるいは仲間どうし(異性どうし)で肯定しあうようになっていく、ところに「あいのり」の求心力があるのではないか、と筆者は分析しています。
さらにこれを90年代初めに流行った「ねるとん紅鯨団」、90年代後半に流行った「猿岩石ヒッチハイク」などと比較しながら、その特徴を考察していきます。
他にも、イラク人質事件や近年の就職活動における「自分探し」の思想、
そのルーツとしての自己啓発・ニューソートブームなど、様々な社会問題+サブカルチャーを巻き込みながら、「自分探し」の系譜を網羅的にたどっていく構成になっています。
こういう「自分探し」ブームについて、何となく居心地の悪いものを感じながら、 その一方であぁうらやましいな、と素直に思ってしまう自分もいて、
なんだかもやもやした感じを抱いていたんですが、
この本を読んで、そのもやもやの原因が何のか、少し分かった気がしました。
自分の今後の研究にも生かせそうな内容で、個人的にはいろいろと収穫の多い一冊でした。
(評者:)
更新:2012/06/14