立川武蔵『仏教原論 ブッディスト・セオロジー』:仏教のアップデートに向けて

 

 

 

 

 

 

 

 

トリヴィシャ(三毒)

激変する現代社会において私たちはどう生きるのか? この本質的な問いにかんして、椎名林檎の近作「鶏と蛇と豚」の回答はじつに鮮烈でした。

タイトルにある三匹の動物は、それぞれ人間の根本的欲望を表すといいます。
MVでは、半獣となった椎名林檎が東京に降り立った三獣(鶏・蛇・豚)を掌握するという筋書。作品のメッセージは、欲望の徹底肯定であり資本主義経済の全面肯定です。★1

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小熊英二『日本社会のしくみ』「ベテラン非正規と高校生の時給は同じでいいか」の考察

上記リンク先の「ベテラン非正規と高校生の時給は同じでいいか」の記事を最初に読んだときにもやもやして、小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社、2019)を読んでからもう一度その部分を読んでもすっきりしませんでした。そこで以下で自分なりに考察して整理してみます。

 

小熊英二『日本社会のしくみ』で主に比較対照されている3つの国に当てはめるなら、回答①が日本、回答②がアメリカ、回答③がドイツということになるでしょう。もっとも、本書の第3章で述べられているドイツの姿からすれば、「賃金については、同じ仕事なら基本的に女子高生と同じなのが正しい。だが、同じ職種の中で職歴が長くて熟練度が高くなれば賃金も高くなる。また、早期から職種を意識した教育をすべきだ。」という回答になるはずです。

そのドイツ的な回答では、シングルマザーと女子高生が同じ仕事をしているのかどうかが問題となります。勤続10年であれば当然業務に習熟していると想定されますが、熟練度があまり求められない単純作業に従事しているのかもしれません。そして仮に単純作業に従事しているとしても、顔なじみの顧客がいるなどして売上に貢献しているといった可能性もあります。

本書の終章でこの「ベテラン非正規と高校生の時給は同じでいいか」問題が提起される直前で紹介されている、エスピン-アンデルセンの福祉レジーム論に当てはめるなら、福祉の担い手として、回答①が家族、回答②が市場、回答③が政府、をそれぞれ重視するという分類になります。この場合は、回答①が日本、回答②がアメリカ、回答③がスウェーデンといったところでしょうか。

いずれにしても、本書の著者も「戦後日本の多数派が選んだのは、回答①であった」(p.578)と述べているように、回答①がこれまでの日本のしくみだと読むべきなのでしょう。

しかし、これまでの日本のしくみで「年齢と家族数にみあった賃金」を得られるのは男性正社員(「大企業型」)だけであり、非正規のシングルマザーはそうではありませんでした。

この非正規のシングルマザーが「地元型」であれば、先祖から受け継いだ土地や持ち家があり、自分の親(子どもにとっての祖父母)や近所の人たちから有形無形の支援を受けられるので、女子高生と同じ賃金でよいという回答になりそうです。

この非正規のシングルマザーが「残余型」であれば、土地や持ち家、親族や近所の人たちからの支援などが期待できないため、女子高生と同じ賃金では苦しい、というのが現在日本が抱えている問題です。「大企業型」は過去数十年でほぼ一定であるのに対し、「地元型」が減ってその分「残余型」が増えたというのが本書の大きな見取り図でした。

「地元型」か「残余型」かという問いとも関連して、このスーパーが個人商店なのか大規模チェーン店なのかという要素もあります。後者であって本部だけが大儲けしているのであれば、対立軸はこのシングルマザーと女子高生との間にあるのではなく、末端の従業員と本部の従業員との間、あるいは労働者と資本家との間にあると考えるべきでしょう。個人商店であっても経営者が自分だけ楽をして大きな利益を得ているなら、やはり労働者と資本家との間の溝が大きいと言わざるを得ません。

ここから派生して、シングルマザーと女子高生の「同じ賃金」というのが、同じ時給800円なのか、同じ時給1600円なのかでは話が大きく違ってきます。時給800円といった生活していくのがやっとの賃金水準はマルクスが分析した労働者の賃金そのものです。

また、この非正規のシングルマザーが上から押し付けられる命令に従って業務をこなすだけなのか、それとも採用や経営方針の決定にも参与しているのかということでも話は違ってきます。もっとも、自分がこの女子高生の採用や賃金を決めたのであれば、なぜ同じ賃金なのかと質問することはないでしょうが。

このように整理してようやくすっきりしました。

本書の著者は、この問いを考えて周囲の人たちと話しあって自分の結論を作っていってほしいと読者に向けて書いています(p.580)。それを実践してみました。

浅野直樹

【お詫び】問い合わせフォームの不具合を修正しました

京都アカデメイア及び京都アカデメイア塾 – 大人のための教養塾の問い合わせフォームの双方に不具合が発生したことを本日確認し、修正しました。

不具合が生じている間にお問い合わせいただいた方がいらっしゃいましたら大変申し訳ございませんでした。そのお問い合わせ内容を読むことができておらず、返信もできていませんでした。

今は復旧しています。

また、kyotoacademeia□gmail.com(□に@を入れてください)に直接お送りいただいたメールは、ずっと読むことができていました。

この度は問い合わせフォームの不具合によりご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。

 

【イベント】話題の本がわかる! Vol.03 打越正行『ヤンキーと地元』

京アカイベント「話題の本がわかる」vol.3 を10月18日(金)19:00~21:00 に左京西部いきいき市民活動センターで開催することになりました。今回扱う本は、打越正行『ヤンキーと地元』(筑摩書房2019)です。

日時:10月18日(金)19:00~21:00

場所:左京西部いきいき市民活動センター → http://gekken.net/SW_IKIIKI/access.html

打越さんは暴走族の「パシリ」として参与観察を始めた社会学者。本書はさらに、沖縄の「地元」で生きる「ヤンキー」たちへの取材から、その生活世界を記述していきます。要約を用意しますので、「気になっていたけどまだ読んでいない人」も「読むの面倒くさいけど概要だけ知りたい人」も安心してご参加ください。要約担当は村田智子さんです。

 

〈話題の本がわかる!〉

「気になっていたけどまだ読んでいない」「読むの面倒くさいけど概要だけ知りたい」も安心してご参加ください。担当者による書籍内容の要約&ディスカッション形式で構成します。

映画『天気の子』:世界の不条理をどう受けとめるのか

現在公開中の新海誠監督『天気の子』が大ヒットしているそうです。このブログでは、前作の『君の名は。』(2016年)を取り上げましたが★1、今作も面白かったので、内容について考えてみたいと思います。

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千葉雅也『意味がない無意味』:この世界は無意味なのか?

「現実はなぜこのようなのか」「なぜ世界にはこのような不条理があるのか」

際立って深い悲嘆や喪失を経験したとき、私たちはこのような感情を抱く。この根源的な問いにたいして、人文学は何か手がかりを与えてくれるのだろうか。

現代思想界で注目されている議論、通称「思弁的実在論(SR)」の紹介者である著者は、世界が現にそうであることの理由、”意味”の渇望にたいして、あえて”無意味”、「意味のない無意味」をキーワードに考える。

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名著再見!#02 G・バタイユ『無頭人・アセファル』

「異端の哲学者」、「生と死とエロティシズムの思想家」として語られるバタイユ。その一方で、フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、彼をして同時代のもっとも重要な思想家であると評する。

本書は、そんなバタイユが中心となって設立された、秘密結社「アセファル(ACEPHALE)」の同名機関紙の論文をまとめたものだ。雑誌には彼をはじめ、芸術家のアンドレ・マッソンやクロソフスキー、カイヨワらが参加。第1号から5号(1936年〜39年)まで刊行された。

 

アセファルとは何か?

アセファルとは、バタイユが幻視する怪物の名である。 それは両手に短刀と燃えさかる心臓を握りしめ、腹からは腸を露出している。そして最大の特徴は、頭がないこと(無頭=ア・セファル)である。

突如稲妻のように(独断的に?)導入された謎の巨人・アセファル。バタイユは、”これこそ真なる人間のイメージである”と語るのだが、それは一体、どういうことなのだろうか。

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名著再見!#01 G・ジンメル『愛の断想/日々の断想』

いいアイデアが出てこないとき、ふと断片的な文章がヒントになることがあります。

本書は、近代社会学の三巨人ウェーバー、デュルケムと並ぶ、ゲオルグ・ジンメルの遺稿集です。ほかの二人に比べて、ジンメルを一言で語るのはさらに難しいのですが、独特の鋭い感性をもった人だったことはたしかです。

ちなみに、邦題にある「断想」をgoogle翻訳にかけると、なぜか”Delusion”「妄想」と出てくるのですが、でも、あながち間違いでないのかもしれません。しかし、短めの格言調の文章には、独特の力強さがあります。

では、その一部を紹介します。

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話題の本がわかる! Vol.02 『ライフ・シフト』振り返り

6月29日、ゲストハウス・カンノコにて「話題の本がわかる! 」第2回を開催しました。

今回取り上げたのは、L・グラットン&A・スコット『ライフ・シフト』(東洋経済新報社、2016年)です。

本書は2016年の発売ながら、いまだベストセラーとして読まれ続けている話題の本です。先日話題になった、金融庁の「老後資金2000万円不足報告書」問題に象徴されるように、現行の制度は、長寿化の動向にまったく対応できていません。その意味で、わたしたちが「人生100年時代」の将来を考えることは、切実な課題なのだと思います。

本書の特徴は、100年ライフをたんにお金の問題だけで見てはいけないという主張です。たとえば、健康や人間関係、余暇時間といった「無形の資産」の重要性が、今後ますます増してくるといいます。

「無形の資産」とお金を生み出すには、時間の使い方がカギになります。余暇をたんなる暇つぶしとして浪費する(=レクリエーション)のではダメで、これからは人生が”マルチ・ステージ化”するので、リ・クリエーション、つまり、新しいスキルを身につける講座を受けたり、金融リテラシーを磨いたり、身体を鍛えたりする”自己投資”こそが求められるのだと。

イベントでは、ナビゲーターが本の内容を紹介し(ちょっと丁寧にやりすぎたかもしれませんが…)、そのつど参加者から質問やコメントをいただきました。

そのなかで出た意見として、「無形の資産」という見方は面白いが、結局は”いかに経済資産を築くのか”という話でしかないのでは、という手厳しいコメントもありました。

たしかに、現行の経済や社会の仕組みを前提に、もっぱら個人が必死に努力して生き残っていくという見立ては、どこか息苦しさも感じます。リ・クリエーション(再創造)とは、せいぜい所与の環境に働きかけるのであって、世界を一から創造するクリエーションではない、ということなのかもしれません。

ともあれ、経済学からみたライフ・プランとしてはとても面白いと思うので、未読の方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。


これまでのイベント
第1回 新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

Text:Yoshio Okubo