書名:ルポ MOOC革命――無料オンライン授業の衝撃 著者:金成 隆一 出版社:岩波書店 出版年:2013 |
新聞記者である著者が社内で教育担当となり、インターネット経由で教育を提供する人と教育機会をつかんだ人の両方を取材する中で感じた興奮を伝えるためにこの本は書かれました。インターネットのおかげで学べるようになったことへの感謝のコメントや、生徒が「なるほど!」と理解した瞬間の写真が印象的です。
ルポとしてはこの本を実際に読んでいただくに勝ることはないので、この書評では自分なりの分析を書きます。
MOOCとは(OCWとの違い)
タイトルにもなっているMOOCという言葉を聞き慣れない人が多いと思うので、まず用語の整理をしておきます。MOOCとはMassive Open Online Coursesの略で、そのまま日本語にするなら「大規模公開オンライン講座」です。似たような言葉にOCWがあり、こちらはOpen Course Wareなので、無理に訳すと「公開講座製品」です。OCWもオンラインで大規模に提供されるので、省略された元の言葉をたどるだけでは違いがわかりません。
この本を読めばわかりますが、結論的には、MOOCは大学の講座と同じように決まった時期に登録して、多数の生徒が同時に学び、修了するという概念があるという点でOCWと異なります。MOOCやOCWが本と大学の間を埋めるものであるとするなら、次のように並べると理解しやすいです。
本――OCW(動画と音声付きの本)――MOOC(オンライン上の大学講座)――大学
MOOCの具体例
MOOCとは何かわかったところで、具体例を見てもらいましょう。
・Coursera(コーセラ)
スタンフォード大学の教授2人が設立したベンチャー企業。日本からは東京大学が参加しています。
・edX(エデックス)
MITとハーバード大学が設立した教育機関。日本からは京都大学が参加しています。
・Udacity(ユダシティー)
スタンフォード大学教授のセバスチャン・スラン(Sebastian Thrun)が中心となって立ち上げたベンチャー企業。コンピュータサイエンスに特化しています。
・JMOOC(ジェイムーク)
日本のMOOCで、日本語での講座提供を行っています。
アメリカの三大MOOCと日本のMOOCを紹介しました。どれも登録をしなければならず面倒ですが、登録して受講するというところにMOOCの特徴があるのは先ほど述べた通りです。
MOOCのビジネスモデル
私はMOOCのビジネスモデルをこの本を読んで初めて知りました。それは講座修了者と企業とのマッチングです。修了証の発行を希望する受講者と求人を行う企業の双方からお金をもらうことができます。講座を修了するためには試験やレポートをクリアする必要があるので、修了証が一定の能力を保証するものとなります。しかもビッグデータなども駆使して受講者のことを詳しく知ることができます。
教師の役割の変化(反転授業)
MOOCが浸透すると教師の役割も変化するでしょう。というのも、良質の講義をオンラインで視聴できるなら、わざわざ教室で講義をする必要がなくなるからです。そうなると講義は各自で視聴してもらい、教室で課題(宿題)をしてその場で教師に質問するという反転授業が合理的だと言えます。MOOCからは少し離れますが、反転授業と言えばKhan Academy(カーンアカデミー)が有名で、この本でも1章を割いて紹介されています。
MOOCへの疑問
当然MOOCへの疑問も存在します。
サンノゼ大学の哲学科の教員がMOOCで正義の講座を提供しているサンデル教授へ公開書簡を出したというエピソードが興味深いです(An Open Letter to Professor Michael Sandel From the Philosophy Department at San Jose State U)。批判の要点は地域や階層、大学の特徴に合わせて生の先生が生き生きとした授業を行うべきだということです。数学や物理学なら全世界で共通の内容でも問題ないかもしれませんが、哲学、ましてや正義の話となると全世界で同じ内容というわけにはいかないでしょう。MOOCでは自然科学の内容が多いのはこういう事情が背景にありそうです。
講座を提供する言語についても同様のことが言えます。現状でMOOCが提供されているのは圧倒的に英語です。日本の東京大学や京都大学でさえ英語の講座を提供しています。MOOCの有利さが大規模という点にあるなら、どうしても英語(とせいぜいフランス語、ドイツ語、中国語)に偏りがちです。
反転授業に関しても、そのスタイルが合う人もいれば、合わない人もいるでしょう。事実、一斉授業のほうがペースをつかみやすいという、反転授業に否定的な感想もこの本では紹介されています。
日本の状況
日本では言語の壁もあってかMOOCがそれほど普及していません。それよりも受験の内容の講義をオンラインで公開するという流れが目立ちます。その理由はあとで考えるとして、この本で紹介されているサービスをリンクでまとめておきます。
・manavee(マナビー)
だれでも無料で受験勉強ができる場所です。現役大学生を中心とするたくさんの講師の動画が見られます。
・eboard(イーボード)
算数・数学を中心とした解説動画があります。中山間地の中学校などで使われているそうです。
・schoo(スクー)
受験用ではなく各界で活躍する先生が生放送で授業を行います。
・さかぽん先生.TV
大阪府で学習塾を経営しているさかぽん先生が着ぐるみを着て数学などを解説する動画があります。
このように、日本の現状は個人ベースで受験の内容が多いです。日本でMOOCが流行らない最大の理由は、MOOCの修了証があっても就職に役立たないことだと私は考えます。逆にどの大学に入学したかということが就職に役立つので受験の内容が充実するとも言えます。
大学の未来
日本では企業が新卒採用を続け、学歴が就職に結びつくなら、就職予備校としての大学は存続するでしょう。医学部のようにオンラインでは不可能な実習を行うところは企業の採用がどうあれ今の形で続くはずです。一部の工学などのように、研究をするために高額の設備を要する分野でも大学の優位性は揺るがないでしょう。
それ以外の、オンラインで提供可能な内容を純粋に学びたい人にとっては大学に行く意味がなくなりつつあるのかもしれません。インターネットのおかげで本や論文といった既存の媒体も手に入れやすくなりましたし、OCWやMOOCで動画や音声も視聴できるとなると、学ぶだけなら大学に所属する意味はほとんどないと言えそうです。
この点で大学にまだ利点があるとすれば、それは場の持つ力でしょう。MOOCではオンラインで質問をし合ったりするようですが、対面で話すほうが情報量が多いです。さらに、意識的に質問するだけでなく、ふとしたところから情報が入って来たりするのも、大学という場に人が集まっているからこそ起こることです。
もっとも、それは何も大学に限られたことではありません。京都アカデメイアのような自主的な団体でも場の力は発生します。
というわけで最後は手前味噌な宣伝になってしまいましたが、 MOOCの紹介と分析でした。
(評者:浅野直樹)
更新:2014/04/14