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守田敏也著、
 『原発からの命の守り方 いまそこにある危険とどう向き合うか』

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書名:原発からの命の守り方 いまそこにある危険とどう向き合うか

著者:守田敏也

出版社:海象社

出版年:2015


 


 著者の守田敏也氏は、経済学者の故・宇沢弘文(一九二八-二〇一四)氏の学統を継ぐ京都在住の著述家であり、これまでも永らく原発の危険性を訴え続けてきたほか、カシノナガキクイムシの虫害からの森林保護など、「社会的共通資本」の観点から様々な問題について論じ、また実践を続けてきた。東日本大震災の一年後の二〇一二年三月には、物理学者の矢ケ崎克馬氏とともに『内部被曝』(岩波ブックレット)を上梓し、アメリカや日本の政治的な動機によって過少に低く見積もられてきた内部被曝の危険性の実際について、すぐれた啓発活動をおこなった。
 先日(二〇一七年三月)に第三刷が出た本書『原発からの命の守り方』(海象社)では、震災以降の四年半のあいだ、東北を含め各地で原子力災害についての調査・研究・報告を継続してきた蓄積をもとに、私たちが今後、原子力災害から自分や家族の命をいかに守ればよいのかについて、極めて具体的に分かりやすく説いている。
 本書は全六章からなる。第一章「原発事故とはどのようなものか」では、福島原発の四号機プールの使用済み核燃料棒から膨大な量の放射能が漏れなかったのは、まったくの幸運な偶然によるものであったことや、今後も新たな地震などによって福島原発を巡る事態が悪化する可能性がある(それ以前に、危険すぎて近寄れないために原発内部の状況がどうなのかすら誰もよくわかっていない)という事実が明らかにされる。また、事故後に国が定めた新たな安全基準もまったく安全を保障できる内容ではないことや、福島原発から流れ出た放射性物質によっていまも膨大な数の人間の被曝が継続しているという事実などが、具体的な数値と論拠をもって説明される。評者はこの第一章を読んだ段階で、自分いまが置かれている現実をいかに甘く見積もっていたか、ということを知らされた。おそらく本書の読者の多くもまたそうなのではなかろうか。こうした現状をも顧みずに各地の原発が再稼働されつつあるという暗然たる現実を正面から見据え、その危険を少しでも回避すべく、本書は最善の策を以下の章で提示してゆく。
 第二章「あらゆる災害に共通する〈命を守るポイント〉がある」では、まず原子力災害に限らず、災害時には危ないと感じたら国や自治体の指示を待たずに「とっとと逃げる」ことが鉄則であることが確認される。そのうえで、避難を遅らせてしまう三つの心理的要因が挙げられる。一つは火災報知機が鳴った時に「どうせ誤作動だろう」と考えてしまう類の「正常性バイアス」である。二つ目は、周りの人々と共に危機の認識が薄いときには自分も「大丈夫かな」思ってしまう「集団同調性バイアス」である。三つ目は、「本当のことを知らせると人はパニックになるに違いない」と考え、危険を実際よりも過少に伝えてしまう「パニック過大評価バイアス」である。これらのバイアスのために、避け得たはずの危険を逆に増大させて多数の死者を出してしまった実例として、韓国の大邱地下鉄火災事件が挙げられる。そして、こうしたバイアスを解除する最良の方法として危機を想定した避難訓練の必要性が説かれる。原発に限らず災害一般について論じた本章では、明治以降、無理な開発を進めてきた東京・横浜・名古屋・大阪・神戸の五大都市が、防災の観点から見て危険な都市として世界ランキングの上位十位内に入っているというスイスの保険会社の調査結果も紹介されていて驚いた。東日本大震災がそうであったように、原発事故は自然災害とセットで起る場合が多いことを考えると、私たちがいかに危険と隣り合わせの日常を送っていることかと思わざるを得ない。
 第三章「原発災害への対処法」では、前章での内容を踏まえたうえで、とくに原子力災害に的を絞った対処法が説かれる。放射線は無色・無臭・無味なので、原子力災害においては上記の三種のバイアスが自然災害の場合以上に生じやすいこと、それゆえ事故の際の避難・対処の仕方をシミュレートしておく必要性がいっそう大きいことが指摘される。重要なポイントに絞って列挙すれば、①避難すべき距離②家族や友人同士でいざというときの避難場所や持ち出す物、避難の経路③病人や障碍者など「避難弱者」のための避難シミュレーション、などについて、守田氏は具体的な指針を数多く提供している。また、福島の事故からも明らかなように、公式発表される事故情報は被害をどうしても過小評価したものになる。そして今後も同じことが繰り返される可能性が極めて高い以上、政府の発表を待たずとも、危険と判断したら「空振り」の可能性を顧みずに「とっとと逃げる」ことが肝心であることが説かれる。
 第四章「放射能とは何か 放射線とは何か 被曝とは何か」では、その表題のごとく、被曝を免れるための前提として必要になる、放射能・放射線・被曝についての基礎知識がわかりやすく説明されている。とくに内部被曝の危険性が政治的理由で極端に過小評価されてきたことが指摘されるが、本章は守田氏の前著『内部被曝』と併せ読むことで一層の理解が深まるであろう。
 第五章「放射線被曝防護の心得」では、前章で確認した基礎知識を前提に、ヨウ素剤の服用を含め、外部被曝・内部被曝のいずれについても、具体的な防護対策を提示している。印象に残った点としては、被曝してしまったあとの対処として、広島の被曝医師である肥田舜太郎氏の意見を参考に①腹を決めて免疫力を高める生活をする②食べ過ぎない③元を断つ(=原発を廃炉にする)、といった事柄が提案されていることである。東日本大震災以後の日本において被曝から完全に免れることは不可能に近いという厳しい現実を踏まえたうえで、可能な限りの対処法を提案せんと努めることが本書の一貫した姿勢であるが、ここにもその真摯さが窺える。
 終章である第六章「行政はいかに備えたらよいのか(兵庫県篠山市の例から)」では、行政、とくに市民生活にとって最も身近な市役所や町村役場レベルでは、原子力災害に対してどのような対応が可能なのかが説かれる。現在、原発から半径三〇キロメートル以内にある地方自治体には避難計画の策定が国から求められており、雛型である「原子力災害対策指針」に沿う形で災害対策を打ち立てることが促されている。しかし、三〇キロメートルという数字は何の根拠もない狭い見積もりであること、燃料プール事故の対策を全く欠いていること、いったん自治体が避難計画を策定しても政府はその審査もしていないこと、そもそも原子力災害はどのように推移するかを予測することが困難なこと、などの点から、この「指針」がまったく非現実的であることが指摘される。地方自治体が国の無責任のツケを押し付けられているこうした現状を踏まえた上で、ではいかにして少しでも現実的な方策を立てうるかについて、守田氏自身が二〇一二年以降、兵庫県篠山市の原子力災害対策検討委員会の一員として活動した経験をもとに説かれている。
 以上の構成からなる本書は、ここまでの要約からもわかる通り、原子力災害の危険と講じるべき対策について、客観的な事実とデータを挙げつつ、誰にでもわかる平易な筆致で記されている。理想的な啓蒙書といえるだろう。結果的に現在の日本政府への批判もなされてはいるが、それは決して「ためにする」感情的批判ではなく、冷静な事実分析に基づいているところが特徴である。前著『内部被曝』とともに、今後の日本に生活する私たちすべてによって――原発反対派もさることながら、むしろ推進派の人々によってこそ――読まれるべき、必携の「実用書」といえるだろう。
 なお、守田氏は書中で「僕自身、これまで大学の女子寮の防災訓練や、地域の自治会の防災訓練の場などに招かれたことが何度もあります。今後も呼んでいただければ、喜んで講演をさせていただきますので、ぜひお声掛けください。」と記している。講演では本書出版以後の原発関連の最新情報や原子力災害対策についての新たな知見を得られるであろう。連絡先については、守田氏の情報発信ブログ「明日に向けて」http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011をご覧になられたい。

(評者:舟木徹男)

更新:2017/03/10