構造と力と私

ハロー、皆様、ハウ・ロウ? 花粉はいかがですか? 鼻水がとめどなく流れるよ上顎が痒いよ(む)です。

先日は『構造と力』会に顔を出したのでその話をば。
これは、京大3回生の(オ)さんが、ついったー経由で京アカに、浅田彰著『構造と力』読書会をしたいと持ちかけてくれたものです。
(オ)さんのお友達+京アカ経由の参加者で、10人くらいの会になりました。

前半は思文閣の地下Caveで、後半はそのお隣のカフェで。
途中昼食タイム(なしごれん!なしごれん!)も挟み、雑談もしつつ(合こん!合こん!)、リラックスした会になりました。
でぃすかっしょんでは、本の内容についてのみならず、この本が書かれ読まれた時代背景についても話すことができました。

『構造と力』ちゅーたらもう30年も前の書。それを携えた若者たち(とそれほど若くない者たち)がこの2012年に集うのはたしかに一寸不思議な光景。
私は、80年代ニューアカブームって何やったんか? そして、その頃の本が今なぜ・どのように読まれているのか? という興味があって参加したんですが、で、一般的にはシラケたスカした時代として回想されがちな80年代であるが、この本の冒頭「序にかえて」を読んだ一回生の学生さんたちは、

「自分に向けて言われてるように感じた、励まされてるように感じた」
「熱い!!」

と言うてはって、今でも若者にその著書がそのように読まれていること、浅田さんはご存知かなあ!とおもいました。

たしかに30年前の書ではあるが、この冒頭に書かれている「大学」にまつわる諸々の話題、「虚学」(と呼ばれるもの)vs「実学」(と呼ばれるもの)、就職予備校化、云々は、こんにちますます議論されていることであって、しかもけっこううすっぺらく議論されることであって(たとえば理系文系ディスり合戦みたいなあるいは理系文系占いというてもいいような形で)、また、「ジャングルで学問ができるか」(当時京大総長)vs「ジャングルでなくて学問ができるか」(浅田)という議論は、京大もジャングル感を削り取られこぎれいな凱旋門大学になりつつある昨今ますます切実であるんではなかろうかと、思。
しかし、受験勉強的入門書的な知識のあり方から非整然としたジャングル的知へ、というテーゼが繰り返されていながら、この本の体裁自体は、あとがきで「チャート式」とあるように分かりやすい入門書になっている(よね?)という(一見の)矛盾も面白いとこではないでしょうか。

長うなってしまいました。
上では「序にかえて」のことばっか書いてしもうたが、一章以降のないようについても勿論いろいろ話しまして、私のよーなゲンダイシソウ音痴には、「この用語ってどういう意味?」みたいな素朴な質問ができる会だったのもよかったです。
続き(二章から)もやるっぽいので、興味ある方は京アカMLにご登録を。
そして主催の(オ)さんたち、京アカに連絡ありがとうございました。みなさん目がきらきらしてはったのが印象的でした。では!

会場にいた古代魚さん↓

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