小林哲也『ベンヤミンにおける純化の思考』出版記念放送を行いました

 
12月13日(日)、ニコニコ生放送にて小林哲也氏の『ベンヤミンにおける純化の思考』の出版を記念して特別番組を放送しました。

出演:
小林哲也氏
大窪善人(司会)

『ベンヤミンにおける「純化」の思考』は、「純粋さ」と「純化」をキーワードにしてベ­ンヤミンの新たな解釈を分厚い記述によって呈示する思想史研究です。

放送では、まず小林さんがこの本を書くきっかけを、個人的/社会的な出来事とをクロスさせて語っていただきました。小林さんがベンヤミンに関心を持った1990年代には、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」論に象徴されるような「もはや大きな社会の転換はない」、「あとはそこそこの改良がなされるだけだ」といったポストモダン的雰囲気があった。一方、小林さんは、ベンヤミンの思想に、むしろその「外部」へと突き抜ける不思議な魅力を感じたといいます。

思想史研究とは何かということも伺いました。その特徴を一言で表すと「過去に戻る」ことにあります。思想史研究は、単にある思想家の作品を解釈するだけではなく、当時の時代背景や議論の参加者たちとの関係を踏まえることが重要になるからです。たとえば、本書第1部では、ベンヤミンの第一次世界大戦に対する見方を、彼の論争相手であるマルティン・ブーバーというユダヤ系神学者・哲学者や、「生の哲学」という生き生きとした体験を重視する思想潮流と対比しながら明らかにします。

ブーバーとの対比から現れるキーワードは、シンボルとアレゴリーだと言います。個人や共同体にとっての重要な体験の意味(とりわけ戦争や災害などの深刻な出来事)を具体的なモノとして残したいという傾向に対して、一方のブーバーは体験を言語に置き換え、そして戦争をユダヤ民族の体験として肯定します。他方、ベンヤミンは、多義的に解釈しうる寓意や暗喩にあえて留まって、戦争を拒絶します。ベンヤミンにとって重要なのはシンボルや言葉で表されたものではなく、むしろ、「言葉で表現されえなかったもの」の方にあると。

放送の後半では、ハイデガーやシュミットといった決断主義の思想家との対決について伺いました。ハイデガーらが決断を重視するとすれば、他方のベンヤミンは決断の前で躊躇すること、「不決断」の意義を訴えようとしているようにも見えます。しかし、小林さんが強調するのは、ベンヤミンが、神と人間とを対比することで、人間が決断を下すとしても、それはつねに有限なものであることを指摘する点です。

さて、こうしたベンヤミンの、つねに今ここではないどこかへと逃れ、突き抜けようとする志向は、一方ではある宗教性を伴いながらも、他方で、社会の中で一種の希望を求める声に応答しようとするものであるのかもしれません。

(文・大窪)

 

ベンヤミンチラシ

ゲスト・プロフィール:こばやし てつや 1981年、北海道札幌市に生まれる。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程­修了。専攻、ドイツ文学・思想。現在、京都大学非常勤講師

 

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