橋爪大三郎・大澤真幸ほか『社会学講義』:社会学とは何なのか?

大窪善人


社会学講義

筑摩書房(2024年09月17日)

 
この本は、別冊宝島から出ていた『わかりたいあなたのための社会学・入門』(1993年)のリニューアル版で、社会学を初心者向けに解説したものです。元は20年以上前の本ですが、驚くほど内容が古くなっておらず、入門書にぴったりです。

内容は、第1章 社会学概論と第2章 理論社会学で社会学についての大まかな知識について、つづく第3章以降では都市社会学、文化社会学、家族社会学、そして社会調査論という個別のテーマについて書かれています。とりあえず、ここでは第1章の社会学概論を中心に紹介します。

社会学とは何なのか?

第1章の担当は橋爪大三郎氏です。

社会学とはどういう学問なのでしょうか。でも正面からいきなり答えるのは難しいので、まずは”からめ手”から攻めます。つまり、逆に「社会学とはどんな学問”ではない”のか?」と。

社会学の他にも、社会科学には色々な学問があります。たとえば政治学や経済学、法学などです。これらの学問はいずれも、何らかの意味で人間の活動を扱います。ですが、それぞれ切り分け方が違います。

たとえば、政治学は「政府の行動を研究する学問」、経済学は「企業の行動を研究する学問」、法学は「裁判所の行動を研究する学問」であるとシンプルに整理します。つまり、それぞれの学問は、扱う領域の区分けによって定義できるのです。

では社会学の場合はどうでしょうか。橋爪氏は社会学を、人と人との関係一般を扱う学問であると定義します。ですが、学問の領域をこえて一般的で多様な関係を扱うというのは、とても難しいことです。詳しい説明はぜひ本書を読んでいただければと思いますが、それは社会学に通底する重要なテーマでもあるのです。

社会学=ゲリラ的な知

社会学の特徴は、取り扱う固有の領域や対象をもたない、あるいは定型的なアプローチ方法をもたないということです。そこでよく出される例として「社会学には標準的なテキストがない」というものがあります。それは哲学の教科書がないのと似ています(詳しくは第2章をご覧ください)。すると社会学って何だか頼りない、いい加減な学問のようにも思えてきます。

しかし、短所というのは裏を返せば長所にもなりえます。社会学は19~20世紀に登場した比較的新しい学問ですが、それは従来のアプローチでは解けない問題が現れるようになったからだという時代的要請が背景にあります。

社会学の持ち味は”ゲリラ的な知”であると橋爪氏は言います。社会学が得意とするのは、体系的に戦列を統率して戦うようなやり方ではなく、むしろ思いもよらぬ方向から攻めていく”非正規戦”だということです。

社会学の進むべき道は[…]制度化された学問に収まることではなく、むしろ社会学持ち前のゲリラ的な問題発見能力をフルに使って、政治学や経済学や法学の領域にどんどん進出していき、それらの学問の制度の基礎にある社会問題を掘り起こしていくことだと思う。

重要なのは問いを立てること

最後に個人的な感想を付け加えておきましょう。

社会学が「ゲリラ的な知」であるということは、それぞれ個々人が自分で考える部分が多いことを意味します。ところで、私が大学の授業のアシスタントなどをしていて感じるのは、そこで躓(つまず)いてしまう人がとても多いということです。

社会学をはじめたときの最初にして最大の困難は、問いを立てることではないでしょうか? 社会学が哲学と似ているのは、どちらも既存の見方、つまり、当たり前の「常識」に挑戦するからです。

不倫は是か非か

ある問題を考えてみた結果当たり前のことが確認できました、というのが一番つまらない問いの立て方です。

たとえば「不倫は是か非か」という問いを考えてみたとします。問いを考えた本人は「不倫はよくないことだ」と考えて実際に調べてみた。するとやっぱり多くの人が「いけない」と感じているというデータが得られた。結論、だから不倫は非である、と。

この議論がつまらない理由は、私たちがもっている常識を前提にして問いを考えてしまっているからです。

ではどう考えればよかったのでしょうか。たとえば「なぜ多くの人は不倫がよくないことだと考えているのか」あるいは「時代や社会によって考え方の違いはあるのか」ということに想像力が行けば、もう少し深い考察になったかもしれません。

社会学と切実な問い

社会学が扱う「社会」には、問いを立てる主体自身も含まれてしまっているという循環の構造があります。だからその意味で社会に対する問いとは、社会学ないし社会学する主体へと跳ね返ってくる問いでもあるというわけです。

そう言うとなんだかややこしいなと思われるかもしれませんが、言い換えれば社会に対する優れた問いかけというのは、ある意味では自分自身がもっている謎自体への誠実な問いかけから出てくるとも言えるでしょう。ほんとうに自分が気になることを突き詰めて考えてみる。そこにこそ、社会学ならではのおもしろさがあるように感じます。

 

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  1. ピンバック: 古市憲寿『古市くん、社会学を学び直しなさい!!』 | 京都アカデメイア blog

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