第2回京アカゼミ「精神分析から見る現代の知のあり方」発表原稿

浅野です。第2回京アカゼミ「精神分析から見る現代の知のあり方」の発表原稿です。以下の内容は京都アカデメイアの見解ではなく浅野個人の見解だということをご了承ください。

 

第2回京アカゼミ「精神分析から見る現代の知のあり方」発表原稿(PDF版)

 

1.はじめに(問題意識)

 本発表では、人工知能、専門家不信と反知性主義といった事柄が話題になる今日において、知のあり方を探る。まず、ソクラテスに代表される精神分析以前の知と対比しながら、精神分析的な知にどのような特徴があるのかを考察する。次に、精神分析は科学か否かという問題から、科学的な知のあり方を考える。その流れでプラグマティズム的な知の捉え方を紹介する。これらを踏まえて、京都アカデメイアの活動を基礎づけるとともに、京都アカデメイアで取り上げてきた大学改革、人工知能などについてもコメントする。

 

2.ソクラテスの知

(1)『プロタゴラス』
 プロタゴラスという当時有名であったソフィストの教えを請いたいと願う友人ヒポクラテスとともにソクラテスがプロタゴラスのもとを訪ね、徳を教えることができるかというテーマを議論する。

 「ところで、ヒボクラテス。ソフィストとは、心を養うためのいろいろな品物を商う、何か貿易商人とか小売商人のようなものではないだろうか? すくなくとも、ぼくには、何かそのようなものにみえるのだが」
 「ソクラテス、心は何によって養われるのでしょうか?」
 ぼくは言った。「もちろん、[学んで身につけられる]知識によってだよ。そして友よ、ソフィストがその商品をほめるときには、彼がぼくたちをだますことのないように気をつけようではないか。ちょうど、貿易商人や小売商人が、体を養う食物についてそうするようにね。というのも、彼らは、自分たちが売り歩く商品のうち、どれが体によくてどれが悪いかなど自分でも知りもしないのに、売りに出すときには、すべての商品をほめるのだ。しかも、彼らから買う側も、運動の指導者や医者でもない限りは、そのよし悪しがわからない。
 それと同様に、諸国を行き来しながらいろいろな知識を売り歩く商人たちも、それらを売りに出して、欲しい人がやって来るたびに小売りをするとき、彼らが売りに出すすべての商品をほめる。だがね、いいかい、おそらく彼らのなかには、自分が売りに出す商品のうち、どれが心によくてどれが悪いかを知らない者もいることだろう。そして、彼らから買う側についても、まったく同じことがいえる。この場合、誰かが心の医者ででもない限りはね。
 そういうわけで、もしきみが、それらの商品のうちで、どれがよくてどれが悪いのかを知っているのであれば、プロタゴラスから知識を買おうが、ほかの誰かから買おうが、きみは安全だ。だがね、いいかい、もし知らないのであれば気をつけるのだ。いちばん大切なものを賭けて、危険な目にあわないように。
 じっさい、食べ物を買うときよりも、知識を買うときのほうが、はるかに危険が大きいのだよ。というのも、小売商人や貿易商人から買った食べ物や飲み物は、〔持参した〕別の容器に入れて持ち帰ることができる。だから、飲んだり食べたりして体のなかに取り入れてしまうまえに、それらを家に置いておき、専門家を呼んできて相談することができるのだ。食べたり飲んだりしてもよいのはどれで、だめなのはどれか、またどのくらいの量を、どのようなときに、食べたり飲んだりすればよいかについてね。だから、こうしたものを買うときには、危険はそれほど大きくないわけだ。
 ところがこれに対して、知識は別の容器に入れて持ち帰ることができない。いったん代金を払うと、きみはその知識をただちに心のなかに取り入れて、学んでしまってから帰らねばならない。そしてそのとき、きみはすでに損害を受けているか、利益を手にしているかのいずれかなのだ[1]。(下線部は引用者による)

 このように、ソクラテスの知は徳であり、外部の専門家が有しているものではなく個人が身につけるものである。民会において、専門的な事項の報告は専門家にさせるとしても、政治的な意思決定は一人一人の市民が行うことと対応している。
 徳が教えられるものであるかを考える前に、徳とはどのようなものであるかとソクラテスは問う。それに対して、プロタゴラスは、勇気や節度などいくつかの徳があると答える。ソクラテスは、以下のように、あらゆる徳は知識であると論じる。

 「『さて、大衆諸君。これで、ほくたちの生活の安全を保障してくれるものは、快楽と苦痛の正しい選択のうちにあることが明らかとなった。そして、その選択とは、多いものと少ないもの、大きいものと小さいもの、遠いものと近いものの選択であった。だから、それがまず第一に計量の技術だということは明らかではないだろうか? なぜなら、お互いをくらべて、どちら超過してるとか、どちらが不足してるとか、あるいは両者が等しいとかいったことを調べるわけだから』」
 「そのとおり」
 「『しかるに、計量の技術なのだから、それは必然的に技術であり知識でなければならない』」
 「彼らは同意するだろうね」
 「『それがどのような技術や知識なのかという問題については、また後日考察することにしよう。いまは、それが知識だという事実があれば十分だ。それさえあれば、ぼくとプロタゴラスは、諸君がわれわれに投げかけた質問について、なすべき説明をすることができるのだから。
 ところで、諸君が質問を投げかけたのは、われわれが、知識よりも強いものは何もなく、いかなる状況においても、知識は快楽をはじめ、すべてのものを支配すると同意したときだった。覚えているだろうか。諸君は、知識を持った人でも、快楽に支配されることがしばしばあると主張した。だが、われわれが諸君の主張に同意しなかったので、諸君はそのあといわれわれにこう質問したのだった。
 ――おや、プロタゴラスにソクラテス、この事態が〈快楽に征服される〉ということでないとしたら、いったいぜんたい何なのです? あなたがたは、その正体を何だと言うのですか? われわれに説明してください。
 さて、もしあのとき、われわれがただちに、その事態の正体は無知だと答えたら、諸君はわれわれを嘲笑したことだろう。しかし、もしいま諸君がわれわれを嘲笑するなら、諸君は自分自身をも嘲笑していることになるのだ。なぜなら、諸君もまた、央楽と苦痛――これはよいものと悪いものだった――を選択するときに間違える人がいるなら、「それは知識を持っていないからだということに同意したからだ。(しかも、それはただの知識ではなく、計量の技術なのだということにすら、諸君はさっき同意してくれた。)知識を持っていないがゆえに間違った行為をしたのだから、当然諸君にもおわかりかと思うが、その行為は無知ゆえになされたことになるのだよ。
 だから、〈快楽に征服される〉とは、最大の無知のことなのだ。ここにおられるプロタゴラス、プロディコス、ヒッピアスは、その無知を治療する医者であると主張されている。ところが諸君は、それは無知ではなく、何か別のものだと思い込んでいるものだから、そうした事柄の教師であられるこのソフィストの方々のところに、自分で行こうともしないし、自分の子どもを通わせようともしない。そんなことは教えることができないと思っているからね。だから、諸君はお金を惜しんで、この方々に支払おうとしない。だがそれは、私的にも公的にも間違ったふるまいだ』」[2]

 ソクラテスは、知っているのによいことをしないという事態を認めない(主知主義、知性主義)。
 こうして知である徳が教えられることを示すと同時にプロタゴラスを反駁する形で幕が閉じられる。

(2)『メノン』
 『メノン』でも同じテーマが探求される。メノンという有望貴族の若者がソクラテスに徳は教えられるものなのかを問う。しかしソクラテスは自分は知らないと言う。しばらく問答した後に、メノンは、「美しい立派なものを欲し、そうしたものを獲得する力があること」だと徳を定義する。それに対して、ソクラテスは、先述した主知主義的な議論から、悪いものを欲する人はいないので、「 美しい立派なものを欲し」は不要であると反論する。加えて、正しく獲得することが重要であり、単に獲得する力だけでは徳たりえないこともソクラテスは指摘する。
 こうして自分の主張を崩されたメノンは、知らないものをどのようにして探求するのかという探求のパラドクスを投げかける。これに対して、ソクラテスは、メノンの奴隷に面積を2倍にする正方形の辺の長さを探求させるという実例を通じて、想起説を提唱する。
 それから本題に戻り、徳が知識ならば教えられるであろうという仮説的方法で徳の探求が行われる。

ソクラテス それでは、この点を考えてみなさい。
 これらが、時によりためになることもあるが、有害であることもある、という場合もあるだろう。しかしそうでない〔つねにためになる〕場合、これらのうちで、何か、知識ではなく知識とは別であるようにきみに思えるものが、あるだろうか?
 たとえば勇気だが、もし勇気が知でなく或る種の「元気」のごときものであるとするとどうだろう。人が知性なしにただ単に元気を出すという場合には、害をこうむるが、知性を伴って元気を出す場合には、ためになり有益なのではないかね?
メノン はい、そうです。
ソクラテス 節度にしてもものわかりの良さにしても、これと同様であろう。知性を伴って学ばれしつけられるならば有益だが、知性を欠いたなら有害である。
メノン ええ、まったくそのとおりです。
ソクラテス そうすると、ひとまとめに言えば、魂が積極的に試みるどんなことも、あるいは受動的に耐え忍ぶどんなことも、すべて、知が導くなら幸福に行き着くが、無知な愚かさが導くなら、これと逆の不幸に行き着いてしまう。
メノン そのようです。
ソクラテス したがって、もしも徳が、魂のうちにあるものの何かであり、そのものとして有益でなければならないならば、徳は知でなければならない。なぜなら、魂に属するすべてのことがらは、それ単独では有益でも有害でもなく、知や愚かさがそこに付け加わって初めて、有害にも有益にもなるのだから。ゆえにこうして、この議論に従えば、徳が有益なものであるからには、かならず知でなければならない。
メノン はい、わたしにはそう思えます。[3]

 この仮説的方法によれば、徳が教えられるものだという結論になりそうであるが、有徳な人の息子が必ずしも有徳ではないという観察例から、その結論には至らない。
 この矛盾しているように見える議論を整合的に解釈すると、徳とは知(フロネーシス)や知性(ヌース)と関わるものであるが、話を聞くだけで伝えられるような知識(エピステーメー)ではなく、自ら探求しなければ身につかないものであるということであろう。

 

3.精神分析と知

 フロイトは催眠や暗示により情動を伴った表象を言語化するという方法で精神療法を始めた。

 我々が発見したのは次のことである。最初はその発見に我々自身が大変驚いたものだった。つまり、誘因となる出来事の想起を完全に明晰な形で呼び覚まし、それに伴う情動をも呼び起こすことに成功するならば、そして、患者がその出来事をできる限り詳細に語りその情動に言葉を与えたならば、個々のヒステリー症状は直ちに消滅し、二度と回帰することはなかったのである。情動を伴わな想起は、殆どの場合全く何の作用もない。[4]

 ここで我々が呈示した精神療法の方法がなぜ治療的に作用するのか、今は理解できる。この方法は、元々浄化反応されていなかった表象の作用を、そうした表象の有する挟みつけられて動きが取れなくなっている情動を語りにより流出させることによって解消する。更にこの方法は、その表象を正常意識の中へ(軽い催眠下で)引き込むか、あるいは医者の暗示によりその表象を解消する――こうしたことは健忘を伴う夢遊状態の中で起きる――ことによって、その表象に対して連想による修正を施すのである。[5]

 しかし、フロイトは、催眠や暗示がうまく機能しない患者が一定数いることから、後にこれらの方法を放棄し、『ヒステリー研究』の共同執筆者であるブロイアーの患者であったアンナ・Oが「お話療法」や「煙突掃除」と命名した方法をヒントにして、自由連想法を用いるに至った。
 これは各人が主体的に知を身につけ、知がその人を導くというソクラテス的な主知主義(知性主義)の延長である。

 それでは、この療法の作業をあまり容易なものと考えないようにしていただくために、すこしばかりさっと寄り道をすることにします。私たちのこれまでの論述からするなら、神経症とは、一種の無知の帰結、すなわち、知っておくべき心の出来事を知らないことからの帰結でありましょう。これは、悪徳すら無知に基づくという周知のソクラテスの教えに随分近いようです。ところが、分析に精通した医者にしてみるなら、個々の病人にとってどのような心の蠢きが無意識のままだったのかを突き止めることは通例きわめて容易なのです。そうだとすると、医師が病人にその知るところを伝達して無知から解放し、病人を回復させることも大して困難でなくてよいでしょう。症状の無意識的意味の少なくとも部分はこのやり方でたやすく処理されるでしょうが、むろん医師は他の部分である、病人の体験と症状の繋がりについては多くを突き止められません。というのも、医師はこの体験のことを知らないので、病人が想い出して語ってくれるまで、待ち受けなければならないからです。ところが幾多の症例においては、それの代替法も見出されます。近親者に病人の体験のことを問い合わせることができますし、そうすると近親者は外傷として実効的な体験をしばしばそれとして識別し、もしかするとそういう体験を報告してくれさえします。病人はそういう体験については、その人生のたいそう早い年月に起こったことであるので、なにも覚えていません。こうして、これら二つの対処法を組み合わせることによって、病原に関する病人の無知を短期間で労力も大して使わないで除去する見込みが出てくるでしょう。
 実際そうであってくれれば良いのですが! そのとき私どもは、当初思っても見なかった経験をしたのです。知と言ってもいろいろで、さまざまな種類があり、それらは心理学的に等価値では全然ないのです。《薪束といってもさまざまだ》とモリエールでも言われています。医師の知は病人のそれと同じではありませんし、同じ効果を発揮しえません。医師がその知を報告し病人に転移するとしても、それは何らの成果も生みだしません。いえ、こう言うのでは不正確です。それは症状を廃棄する成果ではなく、分析の発動という別の成果を生み出します。抵抗の出現がしばしばその発動の最初の徴候となります。そうすると病人はこれまで知らなかったこと、すなわち、自分の症状の意味が分かるようになりますが、それでもやはりこれまで同様それは分かっていないのです。こうして私たちは、複数の種類の無知が存在することを実感するわけです。その違いが奈辺に存しているのかをみずからに示すためには、私たちの心理学の知識がある程度深化されなくてはなりません。ところが、症状はその意味が知られると衰微してゆくという私どもの命題はだからこそ依然として正しいのです。ただしそのためには、その知は、特定の目標を目指す心的作業によってのみ呼び起こされうるような、病人の内的変化に基づいていなければならないのです。ここで私たちが前にしているのは、症状形成の力動論として間もなく総括されることになる、問題群です。[6]

 ソクラテスの延長であるとはいえ、無意識を想定する点において革命的であり、フロイトは自ら、コペルニクス、ダーウィンに続く革命的な価値転換であると述べている。

 しかし、このように、心の生活における無意識を特記すると、精神分析に対する批判の最強の悪霊が呼び出されてしまいます。私どもに対する抵抗がもつぱら無意識の理解困難さや、無意識を証示する経験の相対的不足にもとづけられるとしても、皆さんは異とするにあたりませんが、しかしまたそれをそのまま信じてもなりません。つまり、この抵抗はもっと深いところからやってくるということです。人類は時代の経過のうちで科学によって二度、その素朴な自愛心を大きく傷つけられざるをえませんでした。一回目は、私たちの地球が万有の中心ではなく、ほとんど想像不可能なくらい巨大な宇宙の僅かな一片にすぎないことを知った時でした。この傷心は、私たちにとってはコペルニクスの名前と結びついていますが、〔ヘレニズム時代の〕アレキサンドリアの科学もすでに似たようなことを教示していました。二番目は、生物学の研究が人間のいわゆる創造上の特権を無に帰して、人間も動物界から由来しその本性が抜き差しがたく動物的であることを突きつけた時です。この価値転換は昨今ダーウィン、ウォレス及びその先駆者によって、同時代の人々の激烈な反抗に会いながら成し遂げられました。しかし、第三の、最も堪える傷心を人間の不遜は今日の心理学研究によって思い知らされる破目となっています。この研究によって、人間の自我はその家政の家長ですらなく、心の生活における無意識的な成り行きについて乏しい便りを頼みとするばかりであることが証明されるのです。この自省への警告も、私ども精神分析家が初めて、それも唯一の者として述立てているわけではありませんが、しかし最もきつく警告を代行し、誰にも思い当たる経験素材によって強化する役割はどうやら私どもに振り当てられているようです。だから私どもの科学は大多数の人から反旗を翻され、お上品な学界からは無視され、反対者は公平な論理の手綱をことごとく振り払ってしまうのですが、それに加えて、私どもの方にも、この世の平和を違ったやり方でさらに妨げざるを得なかったという事情もあります。これについては皆さんもやがて耳にすることでしょう。[7]

 自らをコペルニクスやダーウィンになぞられていることからもわかるように、フロイトは科学を信奉していた。ウナギなどの研究をしていた医師という来歴からしても、脳科学などの生物学的知見により精神分析が発展的に解消されることを望んでいた節があることからしても、それは明らかである。
 フロイトは科学を哲学や宗教と対比して次のように述べている。

 科学の立場からしますと、ここで批判を行使し、拒絶と却下をもって前進してゆくのは、避けられないところです。「科学は人間の精神活動の一領域であり、宗教と哲学は、科学と少なくとも等価である別の精神的領域であって、科学はこの二つの領域にいっさい干渉してはならない。三者は三者とも真理を目指すという同じ要求をもっており、これらのうちのいずれから確信を得ようと、いずれを信じようとそれは各人の自由である」などと軽々しく言うのは許されることではありません。一般には、この類いの見方が、とりわけすぐれた、寛容で、包容力があり、偏狭な先入観を免れた態度だと見なされています。ところが残念ながら、このような見方は、根拠がないばかりか、非科学的な世界観のもつあらゆる有害性をそなえており、実際上、それと同類のものと言っていいと思います。いかんともしがたいことですが、真理は、けっして寛容ではありえませんし、いかなる妥協もいかなる制限も認めません。研究は、人間の活動のあらゆる領域をわが領分と見なしており、それとは違う何か別の力がこの領域の一部でもわがものにしようとする場合には、断固として批判の鉾先を鋭くしないではいられないのです。
 科学と竸いあうことのできる三つの力のうち、やっかいな敵といえるのは、唯一宗教だけです。芸術は、ほとんどいつも無害で益をもたらし、自ら錯覚以外の何ものであろうともしません。いわゆる芸術狂いと言われているわずかな人々の場合は別として、芸術はあえて現実の領域に介入しようとはしません。哲学は、科学に対立するものではなく、自ら科学のようにさえ振舞い、ある程度までは科学と同じ方法を用いて作業するのですが、隙間のない首尾一貫した世界像を提示できるという錯覚を手放そうとしないために、科学と袂を分かつことになります。そのような世界像は、私たちの知が一歩前進するごとに、そのつど崩壊せざるをえないからです。哲学の方法としての誤りは、私たちの論理的操作がもつ認識価値を過大に評価するとともに、その一方でさらに、直観などのような、論理的操作とは別の知の源泉を認めている点にあります。しばしば人びとの口にのぼるところですが、詩人(H・ハイネ)が、哲学者について次のような言葉を口にするとき、この嘲りはまんざら不当だとはいえないのです。
  「ナイトキャップや寝間着の布片で
  世界の組織のつくろいなんぞお手のもの」。
 しかし哲学は、膨大な数の人間に直接影響を及ほすようなことはなく、数少ないインテリ上層部、しかもそのうちのわずかな人たちの関心を引くにすぎませんし、他の人々にとってはほとんど理解不能のしろものです。これに比べますと、宗教は、人間のこのうえなく強烈な感情を自由に操ることのできるとてつもなく大きな力です。周知のように、宗教はかつて、人間生活において精神性として何らかの役割を演じているすべてのものを含んでおりましたし、まだ科学なるものがほとんど存在していなかった時代に科学の代わりを果たしてもおりました。加えて宗教は、比類ない一貫性と完結性をそなえた世界観を作り出してもきたのです。その世界観は今日、ぐらつきはしていますものの、なお存続しております。
 宗教というものがどれだけ大がかりなものであるかをつかみたいのであれば、宗教が人間に対して何をなそうとするものかをしかと見つめる必要があります。宗教は人間に、世界の出自と発生について説明し、有為転変の人生において保護と最終的幸福を保証し、そして、自らの全権威を賭けて主張する掟を通して、人間の考えと行動を律します。つまり宗教は三つの機能を果たすわけです。第一の機能は、人間の知識慾を満足させ、科学が科学的手段でもってなそうとするのと同じことをするというもので、この点で宗教は科学と竸合することになります。第二の機能は、おそらく、宗教のもつ影響力の大半を作り出しているものです。つまり、宗教は、危険だとか人生の有為転変に対する人間の不安をやわらげ、よい結果がくることを人間に保証し、不幸が起これば慰めを与えるということなのですが、この点では、科学は宗教と張り合うことはとうていできません。宗教はたしかに、ある種の危険はどうすれば回避できるのか、ある苦しみにはどうすれば打ち克つことができるのかを教えてくれますし、その意味で、宗教が人間の力強い援助者であることを疑うのは、いかにも不当だということになるでしょう。しかしながら宗教は、数多くの状況において、人間を苦しむままに放置せざるをえず、ただただ屈服するよう勧めることしかできないというのも実情なのです。宗教の第三の機能は、掟を与え、禁止と制限を課すというものですが、宗教はこの点で科学から最も遠ざかることになります。科学はあくまで、探究し立証することで足れりとしているからです。もちろん、科学を応用することでも、そこから、人生処方の規則や助言を引き出すことはできます。この規則や助言は、場合によっては、宗教が提示してくれるのと同じであることもあるのですが、しかしそうした場合でも、その根拠づけが宗教とは違っているのです。[8]

 

4.精神分析と科学

 先述したようにフロイトは強く科学を志向していたにもかかわらず、精神分析は科学ではないとの批判にさらされた。その批判の急先鋒がポパーである。
 ポパーの主張では科学であるためには反証可能性が必要であり、精神分析はマルクス主義などと同様に反証可能性がないので科学ではないということである。

 先の章で、「俗流マルクス主義」を取り扱った時、私は、一群の現代哲学者のなかに見てとることのできる傾向、われわれの行動の背後に隠されている動機を暴露しようとする傾向、に言及しておいた。知識社会学もこのグループに属するし、精神分析もそうであるし、その敵対者の信条を「無意味」であると暴露するある種の哲学者もこのグループに属する。私の信じるところ、これらの見解の通俗性は、その見解が適用される際の安易さ、ならびに、物事を見通し、また無知な人々の愚鈍さを見通す者たちに与えられる満足に存する。こうした快感は無害ではあろうが、これらすべての観念は、私が「補強済みのドグマティズム」と呼んだものを確立することにより、討論の知的基盤を破壊するような傾向を持つであろう(実際、補強済みのドグマティズムはむしろ「全体イデオロギー」に類似している)。ヘーゲル主義もそうしたことをするが、それは矛盾の容認可能性、あまつさえ有効性を明言することによってである。しかし、矛盾が回避される必要がないとするなら、いかなる批判も討論も不可能となる。なぜなら、普通に批判は、批判されるべき理論内部の矛盾、もしくは理論と若干の経験的事実との矛盾の指摘にあるからである。事情は精神分析についても同様である。つまり、分析学者はどんな反対意見に出会っても、その反対意見は批判者の抑圧のせいであると示して、いつでも反対意見を説明し去ることができるのである。同様に、意味の哲学者もまた、彼らの敵対者の主張を無意味であると指摘しさえすればよいのである。そして、この指摘は、「無意味」という言葉の定義がこの言葉についての討論は無意味である、というように定義されるのだから、いつでも真なのである。マルクス主義者も、同じ手管で敵対者の不同意をいつでもその敵対者の階級的偏見によって説明するし、知識社会学者は、敵対者の不同意を通常その敵対者の全体イデオロギーによって説明するのである。このような方法は操縦し易くもあれば、操縦する者たちにとってもおもしろいものでもある。しかし、彼らは明らかに合理的討論の基盤を破壊しているし、最後的には、反合理主義と神秘主義とに至らざるをえないのである。[9]

 これは俗流マルクス主義や俗流精神分析に当てはまる批判であると私は考えたい。フロイト自身はポパーが批判しているような乱暴なやり方で合理的討論の基盤を破壊するようなことはしなかった。
 クーンはパラダイム転換という科学観を打ち出し、ポパーの反証可能性をもその中に位置づけた。

 こういう種類の全問題に対して、全く違った方向からのアプローチが、カール・R・ポッパーによって展開された。彼はいかなる検証手続きの存在も否定する。そのかわり、彼はファルシフイケーション(虚偽性の立証)、つまり、その結果が否定的であるがゆえに、既存の理論の排斥を必然的にもたらすようなテストの重要性を強調する。虚偽性の立証に帰せられる役割は明らかに、本書で、変則的経験、つまり危機を呼び起こして新しい理論への道を準備する経験に帰せられるものによく似ている。しかし変則的経験は、虚偽性を立証されたものと同一ではない。私は後者の存在さえも疑うのである。これまで繰り返し強調してきたように、いかなる理論も、ある特定の時点において直面するあらゆるパズルを解けるものではない。また、すでに得られた解答も完全なものではない。むしろ、通常科学の特徴たる多くのパズルが生じるのは、既存のデータと理論の適合が不完全だからである。適合しないことが理論を排斥する根拠であるなら、いかなる時代のいかなる理論もすべて排斥さるべきである。一方、ただ重大な不適合だけが理論の排斥を正当化するものであれば、ポッパー派は、「非蓋然性」もしくは「虚偽性の度合」のある規準を設ける必要があるだろう。それを展開するためには、ポッパー派は、必ずやいろいろな蓋然性検証理論の主張者の前に立ち塞がったのと同じ難点に遭遇することになろう。
 科学研究の底にひそむ論理についての広く行なわれている対立する見解が、両者とも、二つの大きくかけ離れた手順を一つに圧縮しようとしていたことを認識すれば、これまでの難点の多くは避け得るものである。ポッパーの変則的経験は、既存のパラダイムに対する競争者を呼び起こすゆえに、科学にとって重要である。しかし、虚偽性の立証は、確かに起こるけれども、変則性、または虚偽性を立証する例の出現と共に、あるいはそのゆえに、起こるものではない。むしろそれは結果として起こる別の手順である。その手順は古いパラダイムに対する新しいものの勝利にあるゆえに、検証と呼んでも差し支えないものであろう。さらに、蓋然性派による諸理論の比較が中心的役割を演ずるのは、その検証と虚偽性の立証を結びつけた手順にあるのである。このような二段階定式化は、大きな真実性という利点を持っていると思うし、検証の手続きにおいて、事実と理論の一致(または不一致)の役割を解明する端緒を与えよう。ところが少なくとも歴史家にとっては、検証が事実と理論の一致を作り上げているということは、あまり意味を持たない。すべての歴史的に意義ある理論は、事実と一致するものであるが、ただその程度が問題なのである。個々の理論が事実と適合するかどうかの問題については厳密な答は存在しない。しかし、そのような問いは複数の理論を全体として、あるいは対として取り上げる時には可能である。二つの現実的に対立する理論のどちらが事実によりよく適合するか、と問うことには大きな意味がある。たとえば、プリーストリーの理論もラヴォアジエの理論も、既存の観測と厳密には一致しないけれども、ラヴォアジエの理論が二つの中でよりよく適合する、と当時の人たちが結論するには、十年もかからなかった。[10]

 精神分析も一つのパラダイムということになろう。しかし、プリーストリーの理論とラヴォアジエの理論との間の優劣とは異なり、精神分析理論とその他の理論との間の優劣は簡単には決められないだろう。

 

5.科学とポストモダン

 異なる理論間で優劣を決めがたいという考え方を推し進めると、ポストモダン的な科学観に行き着く。ポストモダン的な科学観とは、何が正当であるかということに関して一義的な前提が存在しない状況のことである。

 この研究が対象とするのは、高度に発展した先進社会における知の現在の状況である。われわれはそれを《ポスト・モダン》と呼ぶことにした。この用語は、現在、アメリカ大陸の社会学者や批評家たちによって広く用いられている。それは、十九世紀末からはじまって、科学や文学、芸術のゲーム規則に大幅な変更を迫った一連の変化を経た後の文化の状態を指して言われている。ここでは、われわれは、こうした一連の変化を、物語の危機との関係において位置付けたいと思う。
 科学と物語とは、元来、絶えざる葛藤にある。科学の側の判断基準に照らせば、物語の大部分は単なる寓話に過ぎないことになる。ところが、科学が単に有用な規則性を言表することにとどまらず、真なるものを探究するものでもある限りは、科学はみずからのゲーム規則を正当化しなければならない。すなわち、科学はみずからのステータスを正当化する言説を必要とし、その言説は哲学という名で呼ばれてきた。このメタ言説がはっきりとした仕方でなんらかの大きな物語――《精神》の弁証法、意味の解釈学、理性的人間あるいは労働者としての主体の解放、富の発展――に依拠しているとすれば、みずからの正当化のためにそうした物語に準拠する科学を、われわれは《モダン》と呼ぶことにする。だから、例えば、真理の価値を持つ言表の送り手と受け手とのあいだのコンセンサスの規則は、それがすべての理性的精神の合意の可能性という展望のなかに組み込まれたときに、はしめて受け入れられることになるだろう。そしてそれこそ《啓蒙》という物語だったわけであり、その物語においては、知という主人公は、倫理・政治的な良き目的、すなわち普遍的な平和を達成しようと力を尽くすのである。この場合には、一個の歴史哲学を含むメタ物語によって知を正当化しつつ、われわれは必然的に、現実の社会的関係を統御している諸制度の有効性をも検証しなければならなくなる。それらの制度も同様に正当化されることを求めているからである。こうして、正義もまた、真理と全く同し資格で、大きな物語に準拠するようになる。
 極度の単純化を懼れずに言えば、《ポスト・モダン》とは、まずなによりも、こうしたメタ物語に対する不信感だと言えるだろう。この不信感は、おそらく、科学の進歩の結果である。だが、同時に、科学の進歩もまたそうした不信感を前提としているのである。このような正当化のメタ物語機構の衰退には、とりわけ形而上学としての哲学の危機、そしてそれに依存していた大学制度の危機が対応している。物語機能は、真なる物語を構成する関係の諸要素――すなわち偉大な主人公、重大な危難、華々しい巡歴、崇高な目標――を失いつつある。それはいまや物語ばかりではなく、表示、規制、記述といった様々な言語要素の雲のなかに散乱しているのであり、それらはそれぞれの要素に特有の言語行為論的原子価を伴って動き廻っているのである。われわれの誰もが、このような多くの言語行為の原子価の交差点に立っている。われわれは必ずしも安定した言語の組み合わせを形成してはいないし、われわれが形成する言語の組み合わせの特性は必すしも疎通可能なものであるわけではない。
 こうして、到来しつつある社会は、(構造主義あるいはシステム理論が示すような)ニュートン的人類学に属するよりは、むしろ一層、分子論的な言語行為論に属しているのだ。多くの異なった言語ゲームがあり、すなわち言語要素の異質性がある。これらの言語要素が制度を生み出すとしても、それはそれぞれの個別面に応してでしかない。それはローカルな決定論である。[11]

 何が正当であるかということに関して一義的な前提が存在しないとすれば、異なる正当性の下での「知」は翻訳可能な「情報」へと変形させられる。そしてその情報には価格がつけられて取引の対象となる。

 こうした一般的な変化に応して、知の性質そのものも変わらざるを得なくなる。知が新しい流通回路にとって操作的であり得るためには、知識は多量の情報へと翻訳され得るのでなければならない。そこから、次のように予測することができる。すなわち、既存の知のなかでそのような翻訳可能性を持たないものは結局は見捨てられてしまうだろうということであり、また新しい研究の方向付けは、その成果の機械言語への翻訳可能性という条件に従うことになるだろうということである。知の《生産者》もその使用者も、それぞれ、一方は探究し、他方は習得しようとするものを、機械言語へと翻訳する手段を持たねばならないし、これからも持たねばならないだろう。このような翻訳機械に関する研究は、すでにかなり進んでいる。情報科学のヘゲモニーのもとで、一定の論理が、また《知》の言表として受け入れられるものについての一定の規制が、すでに課せられているのである。
 とすれば、今後は、《知る者》に対する、知の顕著な外部化を覚悟しなければならなくなるだろう。それは《知る者》が知識の階梯のどの点に位置するとしてもそうである。知の習得が精神の形成(Bildung 〔教養〕)、さらには人格の形成と不可分であるという古い原理は、すでに、そして今後は一層、衰退し、顧みられなくなるだろう。知識の供給者と使用者とのこの関係が、商品の生産者と消費者とのあいだの関係の形態、すなわち価値形態の様相を呈する傾向は一層強まるだろう。現在すでに、知は売られるために生産され、新たな生産において価値付けられるために消費されているし、これからもそうだろう。そのいずれの場合でも、知は交換されるためのものとなる。知はみずからを目的とすることをやめ、その《使用価値》を失うこととなるのである。
 周知のように、ここ数十年のあいだに、知は主要な生産力となった。この変化は、すでに先進国における就労人口の構成を大幅に変えてしまい、また、発展途上国にとってはそれが重大な発展阻害の首枷となっている。ポスト・インダストリーそしてポスト・モダンの時代においては、知は、国家、国民の生産能力を支えるものとしての重要性を確保し続け、さらに一層それを強化するであろう。このような状況が、まさに発展途上国との格差が将来においても拡大し続けるだろうと思わせる理由のひとつなのである。[12]

 そして富と知(情報)とが相互に高め合うという循環に入る。知(情報)があれば富を獲得でき、富があれば技術を買って検証に用いるなどして知(情報)を得ることができる。

 ある科学的言表を容認するかどうかという問題に求められる議論は、結局、その議論の手段を定める規則をまず最初に認めるかどうか(実際には、回帰性の原則によってそれは常に新たにされているのだが)ということに従属していることになる。そして、そこからこのような知の二つの特徴的な性質が明らかになる。ひとつはその手段の柔軟性、すなわちその言語の多様性である。そして、もうひとつはその言語行為論的なゲームという性格、すなわちパートナー同士のあいだで合意された契約に基づいて、そこでなされる《手》(新しい命題の導入)の容認可能性が決定される、ということである。ということは、同時に、知における二種類の《進歩》を区別しなければならないというわけだ。つまり、一方の《進歩》は既存の規則の枠内における新しい《手》(新しい議論)に対応しており、他方は新しい規則の発明、すなわちゲームそのものの変更に対応しているのである。
 言うまでもなく、このような新しい傾向には、理性という理念の大幅な変化が呼応している。普遍的なメタ言語という原則は、表示的言表について論じることを可能にする形式的で公理的な体系の複数性によって取って代わられ、それらの体系は普遍的ではあるが一貫性を欠いたメタ言語において記述されることになる。古典的そして近代的な科学の知においてはパラドックス、さらには誤謬論理と見なされていたものが、こうした体系においては、新たに確信の力を見出し、専門家の共同体の同意を得ることができるようになるのである。われわれがこれまで従ってきた言語ゲームによる方法も、ここにおいて、ささやかながら、このような思想の流れに与するものであることが明らかになるだろう。
 証拠の提出という研究のもうひとつの重要な側面においては、われわれはまた全く別の方レトリック向へと連れ出されてしまう。原則として、証拠とは、司法の修辞学の場合における証言あるいは証拠物件のように、新しい言表を相手に納得させるための議論の一部を構成するものである。だが、この証拠とともにまた特別な問題が浮かび上ってくることになる。科学者同士の討議において、指示対象(《現実》)が招喚され、引用されるのは、まさに証拠においてだからである。
 われわれは、証拠が新たな問題となると述べたが、それは証拠を証拠として証明しなければならないということにおいてである。われわれは少なくとも、証拠が得られた手段を公開することによって、他の科学者たちがそれが導かれたプロセスを反復し、その結果を確められるようにすることができる。だが、それでも、証拠を提出するとは、まずなによりもひとつの事実を検証させることである。だが、検証とは何だろうか。それは、眼、耳、その他の感覚器官によって事実を記録することだろうか。感覚はひとを欺く。しかも、感覚は、その範囲においても、その弁別能力においても、極度に制限されているのである。
 そして、ここにこそ技術が介入してくるのである。技術は、その当初においては、所与を受容し、あるいは文脈に即して行動するという機能を持った、感覚器官あるいは人間の生理的体系の人工的補整器である。技術は原則、すなわち遂行の最適化の原則に従っている。それは、アウトプット(得られる情報ないしは変容)の増大と、それを得るためのインプット(消費されるエネルギー)の減少という原則である。ということは、それは、真であること、正当であること、美しくあることなどには全く関与せす、ただ効率的であることだけに関与するゲームであるということだ。技術的な《手》は、それが他の《手》よりもよりよい効果をあげ、そしてまたより少なく消費するときに、《よい手》となる、というわけである。
 だが、技術的能力のこのような定義は比較的後代のものである。長いあいだ発明は、行きあたりばったりの探究、ないしは知よりもむしろ様々な術(technai)に関わるような探究を機会として、気まぐれな《手》によって起こっているのである。例えば古代のギリシア人たちは、知と技術とのあいだに大きな連関を打ち立ててはいない。十六、七世紀の《遠近法の発明家たち》の仕事もなお、好奇心と芸術上の革新に属している。十八世紀末まで、そうした事情は変わらない。しかも、今日においてすら、ときには器用仕事と変わりないような技術的発明の《野生の活動》が、科学的議論の外で広汎に行なわれていると主張することができるのである。
 しかしながら、科学的知の言語行為が伝統的あるいは神秘的な様々な知が占めていた場所を奪うにつれて、証拠を提出する必要はますます強く感じられるようになる。すでに『方法叙説』の末尾で、デカルトは実験室のための予算を要求している。ここでは、次のように問題が立てられる。すなわち、証拠を提出するために人間の身体の遂行能力を最適化するような装置は、余分な消費を要求するということである。つまり、お金がなければ、証拠はなく、言表の確認もできず、そして真理もない。科学の言語ゲームは富める者のゲームとなる。もっとも富める者が、正しく在る最大のチャンスを得る。富裕と効率と真理とを結ぶ方程式が描かれるのである。
 十八世紀末、最初の産業革命によって次のような相互性が発見される。すなわち、富なくして技術はなく、技術なくして富もないというわけである。技術装置は投資を必要とする。だが、技術装置はそれが適用される遂行を最適化するのだから、同時に、そのより良い遂行性の結果である剰余価値をも最適化する。とすれば、この剰余価値が実現されるだけで、言い換えれば、この遂行による製品が売れるだけで、充分である。そして、この体系は次のようにして閉じられることになる。すなわち、この販売が産み出す収益の一部が研究資金として吸収され、それがさらに一層遂行性を改良するために用いられるということ。まさにこの時点においてこそ、科学は生産力となるのであり、資本の流通における一モメントとなるのである。
 遂行性の改良と収益の実現という絶対的な命令を技術にまず課すのは、知の欲望以上に富裕化の欲望である。技術と利潤との有機的な連関は、技術と科学の結合に先立っている。現代の知において技術が重要性を持つのは、一般化された遂行性の精神に媒介されてのことに過ぎない。今日ですらなお、技術的投資への知の進歩の従属はけっして直接的ではないのである。[13]

 他方で、ソーカルは、そのようないわば何でもありのポストモダンを批判する。具体的には以下のような批判である。

 この本で「濫用」とは次の特徴のいずれかひとつ以上を備えたものを指す。
 (1) どう見てもごく漠然どしか理解していない科学の理論を長々とあげつらうこと。最もよく見受けられるのが、用語の本当の意味をろくに気にせずに、科学的な(あるいは疑似科学的な)用語を使ってみせるという流儀である。
 (2) 自然科学の概念を、概念的なあるいは経験的な正当化をすこしも行わずに、人文科学や社会科学に持ち込むこと。たとえば、ある生物学者が彼女の研究の中でトポロジー、集合論、あるいは微分幾何の基本的な概念を応用しようとするなら、なぜそのような道具が役に立つのかについていくらかの説明は要求されるはずだ。漠然としたアナロジーだけでは、生物学者仲間に相手にされないだろう。ところが、ラカンは神経症の主体(=患者)の構造は正確にトーラスそのものである(これは、現実そのものに他ならないという。三〇―三一頁参照)と教え、クリステヴァは詩の言語というものは連続の濃度の概念で理論的に記述できるといい(六一―六二頁)、ボードリヤールは現代の戦争は非ユークリッド空間を舞台にすると教えてくれる(二一九頁)。これらすべてに説明はない。
 (3) まったく無関係な文脈に、恥もなく専門用語を投入して、皮相な博学ぶりを誇示すること。科学を知らない読者を感服させ、さらには威圧しようとしているとしか考えようがない。ときには、学術的な注釈者やマスコミの解説者までもがこの手に乗せられる。ロラン・バルトはジュリア・クリステヴァの仕事の精緻さに感服し(五九頁)、ル・モンド紙はポール・ヴィリリオの博学をたたえている(二五三頁)。
 (4) 実際にはまったく意味のない言葉や文章をもてあそぶこと。これが度を過ぎると、以上あげた著述家の幾人かのように、言葉の意味についての重度の無関心症を併発した真性の専門用語中毒に陥ることになる。
 濫用を行う著者たちは、実際に彼らが持っている科学の知識や能力をはるかに超える圧倒的な自信に満ちている。ラカンは「最近のトポロジーの進展」を応用する(三二―三六頁)と豪語し、ラトゥールは彼の考察によってアインシュタインに何か新しいことを教えることができたろうかと自問する(一九五頁)。彼らは、自然科学の名声を利用することで、自分の言説を厳密なものに見せることができると思っているのかもしれない。そして、彼らが科学の概念をまちがって用いていることに誰も気づかないと信じているようでもある。王様は裸だと叫ぶ者は一人もいないだろうと。
 われわれの目的は、まさしく、王様は裸だ(そして、女王様も)と指摘することだ。しかし、はっきりさせておきたい。われわれは、哲学、人文科学、あるいは、社会科学一般を攻撃しようとしているのではない。それとは正反対で、われわれは、これらの分野がきわめて重要であると感じており、明らかにインチキだとわかる物について、この分野に携わる人々(特に学生諸君)に警告を発したいのだ。特に、ある種のテクストが難解なのはきわめて深遠な内容を扱っているからだという評判を「脱構築」したいのである。多くの例において、テクストが理解不能に見えるのは、他でもない、中身がないという見事な理由のためだということを見ていきたい。[14]

 ソーカルは極端な相対主義を批判する。

あらゆる方法論はその限界をもち、生き残る唯一の「規則」は「なんでもかまわない(だから好きなようにしろ)」なのである。(Feyerabend 1975, p.296、村上、渡辺訳p.410)
 これは、相対主義者の論法によくみられる誤った推論である。「あらゆる方法論はその限界をもつ」という正しい主張から出発し、ファイヤアーベントはまったく誤った結論「なんでもかまわない」に一気に飛び移ってしまう。泳ぎ方には様々な種類があり、それぞれの泳法にはそれぞれの限界がある。だからといって、(沈まない方がいいと思うなら)どんな体の動かし方をしても同じだということにはならない。唯一絶対の犯罪捜査の方法はないが、だからといってどんな捜査の方法でも同程度に信頼できるということにはならない。(火炙りを使った裁判のことを考えてみよ。)科学の方法論についても同じである。
 同じ本の第二版では、ファイヤアーベントは「なんでもかまわない」が文字通りに受け取られることについて、次のような自己弁護を行なっている。
素朴なアナーキストは、まず(a)いかなる絶対的な規則にも、文脈に依存したいかなる規則にも、限界があると宣言し、そこから、(b)すべての規則や基準は役に立たないので捨て去るべしという結論を導く。ほとんどの批評家は私をこの手の素朴なアナーキストだとみなしている。……〔しかし、〕私は(a)には賛成するが、(b)には賛成できない。私は、すべての規則には限界があり包括的な「合理性」はありえないと論じているが、規則や基準なしに進むべきだとはいっていない。(Feyerabend 1993, p.231)
 問題なのは、ここでいう「規則や基準」というのがいったい何を指すのかをファイヤアーベントはほとんど述べていないことだ。その「規則や基準」が何らかの意味での合理性によって統御されていない限り、簡単に極端な相対主義に陥ってしまうことになる。[15]

 ソーカルは「知識」は「信念」と違って肯定的なものであると述べている。これはソクラテスの主知主義(知性主義)に通じる立場である。

 4 社会科学における「自然な」相対主義。社会科学のある種の分野、特に人類学などで、人々の嗜好や習慣を研究しているときには、ある種の「相対主義的な」姿勢をとるのが方法論的にはもっとも自然である。人類学者は、ある社会において様々な習慣の果たす役割を知ろうとしているわけだから、その研究に自分自身の審美的好みを持ち込んだところで得るところはないだろう。ある文化における認識論的な側面、たとえば、その文化の宇宙観が社会的にどのような機能を果たすかを研究する場合に、この宇宙観が本当に正しいかどうかは人類学者にとって主要な問題ではないはずだ。
 ところが、このような理にかなった方法論的相対主義が、思想と言語における諸々の混乱の結果として、極端な認識的相対主義にときとしてつながってきた。つまり、古来の神話であれ現代科学の理論であれ、事実についての主張が正しいか誤っているかは、「特定の文化の文脈の中」でしか意味をなさないという考えである。だが、こう言い切ってしまうのは、ある思考体系が心理的、社会的にどのように機能するかという論点と、世界認識の方法としてどの程度意味があるかという論点を混同していることになる。また、異なった思考体系の優劣を比較する際に、経験に基づいた論拠が重要であることも忘れられている。
 以下は、このような混乱の一例である。アメリカ先住民族(インディアン)の起源に関して、少なくとも二つの競合する理論がある。広範な考古学的な証拠に支えられた科学的な定説では、人類は一万年から二万年前にべーリング海峡を経てアジアからアメリカ大陸に移り住んだとされている。これに対して、多くのアメリカ先住民の創世神話では、彼らの遠い祖先が地下の精霊の世界から地上に出現して以来ずっと彼らはアメリカ大陸に住んでいたとされる。そして、ニューヨークタイムズの記事(一九九六年十月二二日)によれば、多くの考古学者は「自分自身の科学的な資質と先住民文化の尊重の板ばさみになった結果……、科学も一つの信念体系にすぎないとするポストモダン的相対主義近くにまで追いつめられてきた」という。たとえば、ズニ族の人々と仕事をしてきたイギリスの考古学者ロジャー・エニオンは、次のように語ったとされている。「科学は、世界について知るための多くの方法の一つに過ぎません。……先史時代については、〔ズニ族の世界観も〕考古学的なものの見方とまったく同様に妥当なのです。」
 もしかしたら、エニオン博士の見解は誤って伝えられたのかもしれない。しかし、昨今こういう意見を耳にすることが多いので、この見解を詳しく見ておこう。まず、「妥当な」という言葉が瞹味であることに注意しよう。これは、世界についての正しい知識を得るという意味で使っているのだろうか、それともそれ以外の何らかの意味で使っているのだろうか? 後者ならば、とりたてて反論することはないが、「世界について知るための」という書き方は前者であることを示唆する。さて、哲学においても、日常生活においても、知識(正当だと認められた真である信念の意と大まかに解釈する)と単なる信念は別のものである。そういう意味で、「知識(knowledge)」には肯定的な響きがあるのに対して、「信念(belief)」は中立的なのだ。では、「世界について知る」という言葉でエニオンは何を意味しているのだろうか? もし彼が「知る」という言葉を伝統的な意味合いで使っているのなら、彼の主張は単に誤りである。二つの理論はお互いに両立しえないのだから、それらが共に正しいことは(近似的に正しいことさえも)ありえない。他方、もし彼が、単に異なった人々は異なった信念をもっていると言っているだけなら、それは正しい(そして当たり前である)が、それならば「世界について知る」という強い表現を用いるのは誤解のもとである。[16]

 

6.プラグマティズム

 ソーカルは何でもありという極端な相対主義を批判したものの、相対主義から逃れるための基準を積極的には提案しなかった。その基準として考えられるのがプラグマティズムである。プラグマティズムでは、議論に関わっている人に与える影響を基準とする。

 数年前キャンプの一行に加わって山中にあった時のこと、私がただひとりで散歩をして帰ってると、皆の者が或る形而上学的な論争をはげしく戦わせているのであった。論争の主題は一匹リスであった――一匹の生きているリスが木の幹の一方の側にくっついていると仮定し、そのの反対の側にはひとりの人間が立っているものと想像する。リスを目撃したその人間が木のまりをすばやく駈け廻ってリスを見ようとするが、彼がどんなに速く廻っても、それと同じ速さリスは反対の方向に移るので、リスと人間との間にはいつでも木が介在していて、そのためにリスの影も形も見られない。かくしてここに、その人間はリスのまわりを廻っているのかどうかう形而上学的な間題が起こってくる。その人が木のまわりを廻る、これはもちろん確かなことである、そしてリスは木にとまっている、しかし彼はリスのまわりを廻るかどうか? 山野にあって閑暇のはてしなさにまかせて、議論は飽きるまで闘わされていたのであった。みんなどちらかについて、互いに譲らない、しかも両派の人数が同じなのであった。だから私が姿を見せると、どちらの派でも味方をふやそうと私に訴えた。私は、矛盾に行き当った時にはいつでも区別を立てねばならぬ、というスコラ哲学の格言を思い出して、早速それを探し、次のようなものを見出した。「どちらが正しいかは」と私はいった、「リスの『まわりを廻る』ということを諸君が実際にどういう意味でいっているかによって定まることだ。もしそれがリスの北から東へ、それから南へ、それから西へ、それからまたリスの北へと移行するという意味であるなら、その人は明らかにリスのまわりを廻っている、なぜというに、この人はこれらの位置を順々に占めて行くのであるからだ。けれども、もしこれとは反対に、最初はリスの正面におり、それからリスの右に、それからリスの背後に、それからリスの左に、そうして最後にまたリスの正面にいるという意味であるならば、その人はとうていリスのまわりを廻ることができないことは、これまた同様に明らかなことである、なぜかといえば、人が動くと同じだけリスも動くのであるから、リスはいつまでたってもその腹を人の方に向け、その背はむこう向きにしたままだからである。こう区別を立てて考えてみたまえ、そうすればもはや議論の余地は全くなくなってしまう。諸君が『まわりを廻る』という動詞を実際的にどう考えるかに従って、諸君はどちらも正しいといえるし、またどちらも誤っているといえよう。」
 興奮した論争者のなかには、私の話をごまかしの言い抜けであるとい、そんな屁理窟や物識りぶったつまらぬ微細な区別立てなどを求めているのではなく、「まわり」という純粋な英語の平明なありのままの意味を考えているのであるなどという者も一人二人あるにはあったが、大多数の者はこの区別立てによって論争が鎮まったと考えたようであった。
 私がこの取るに足らぬ逸話を語るのは、この物語が、私が今からお話しようと思うもの、すなわちプラグティックな方法なるもののいとも簡単な一適例であるからである。プラグマティックな方法は元来、これなくしてはいつはてるとも知れないであろう形而上学上の論争を解決する一つの方法なのである。世界は一であるか多であるか?――宿命的なものであるか自由なものであるか?――物質的か精神的か?――これらはどちらも世界に当て嵌るかもしれぬしまた当て嵌らぬかもしれぬ観念であって、かかる観念に関する論争は果てることがない。プラグマティックな方法とは、このような場合に当って、各観念それぞれのもたらす実際的な結果を辿りつめてみることによって各観念を解釈しようと試みるものである。今もし一つの観念が他の観念よりも真であるとしたならば、実際上われわれにとってどれだけの違いが起きるであろうか? もしなんら実際上の違いが辿られえないとすれば、その時には二者どちらを採っても実際的には同一であることになって、すべての論争は徒労に終ることになる。そこでいやしくも論争が真剣なものである以上は、どちらか一方が正しいとする限り必ず生ずるに相違ない或る実際的な差異をわれわれは当然示しうるのでなければならない。この観念の歴史を一瞥すれば、プラグマティズムとはどういう意味であるかが更によくわかるであろうと思う。この語はギリア語のプラグマがら来ていて、行動を意味し、英語の「実際」および「実際的」という語と派生を同じくする。この語がはじめて哲学に導き入れられたのは、一八七八年チャールズ・パース氏によってであった。この年の『通俗科学月報』一月号掲載の「いかにしてわれわれの観念を明晰にすべきか」と題する一論文において、パース氏は、われわれの信念こそほんとうにわれわれの行動を支配するものであることを指摘した後で、次のように述べている。およそ一つの思想の意義を明らかにするには、その思想がいかなる行為を生み出すに適しているかを決定しさえすればよい。その行為こそわれわれにとってはその思想の唯一の意義である。すべてわれわれの思想の差異なるものは、たとえどれほど微妙なものであっても、根柢においては、実際上の違いとなってあらわれないほど微妙なものは一つもないということは確かな事実である。そこで或る対象に関するわれわれの思想を完全に明晰ならしめるためには、その対象がおよそどれくらいの実際的な結果をもたらすか――その対象からわれわれはいかなる感動を期待できるか――いかなる反動をわれわれは覚悟しなければならぬか、ということをよく考えてみさえすればよい。そこで、これらの結果がすぐに生ずるものであろうとずっと後に起こるものであろうと、いずれにしてもこれらの結果についてわれわれのもつ概念こそ、われわれにとっては、少くもこの概念が積極的な意義を有するとする限り、その対象についてのわれわれの概念の全体なのである。[17]

 プラグマティズムは固定した真理を想定しない点に特徴がある。

 合理論者とプラグマティストとのもっとも決定的な相違点はここではっきり見えてくる。経験は変易する、また真理を確かめようとするわれわれの心理学的操作も変易する――ここまでは合理論者も認容するであろう。ところが、実在そのものか真理そのものかが変易するものであるということになると、彼らは決してこれを認容しないのである。実在は永遠の昔から完全な出来上ったものとして厳存している、と合理論は主張する、われわれの観念が実在と一致するのは、すでに語られたように、われわれの観念に内在するあの独特な、分析しようもない徳なのである。われわれの観念の真理性はわれわれの経験となんらかかわりをもたない、ここに真理の真理たる所以がある。真理は経験の内容に何一つ附け加えはしない。真理は実在そのものになんら差異を招来しない。真理は天来のもの、無活動で静的なものであり、単なる反省にすぎない。真理は現実に存在しない、それは通用もしくは妥当するのである。真理は事実や事実の関係などとは別の次元に属している、簡単にいえば、認識論的な次元に属しているのである――と、こう大言壮語を放って、合理論は議論を閉じるのである。
 このようにして、プラグマティズムが未来の前方に面を向けるように、合理論はここでもまた後方をふり向いて過去の永遠に面を向けるのである。痼疾化した習慣どおりに、合理論は「原理」に立ち帰り、ひとたび抽象化が行われてこれに名前がつけられると、それでなにか深遠な解決をえたものと考えるのである。[18]

 宗教についても同様の基準を当てはめることができる。

 思想活動の動機として考えられる唯一のものは、信念の達成、あるいは思想の休息である。或る題目に関する私たちの思想が信念に達して休息するにいたった場合にのみ、その題目に対する私たちの行動は確実かつ安全に始まることができるのである。簡単に言えば、信念とは行動のための規則である。そして思考の全機能は、行動的な習慣を作り出すための一歩に過ぎない。或る思想のなかに、その思想の実際上の帰結に何ら差異を作らないような部分があるとしたら、そのような部分はその思想の意義をなす本質的な要素ではあるまい。したがって、或る思想の意味を明らかにするためには、私たちは、それがどんな行動を産み出すのに適しているかを決定しさえすればよい。この行動こそ私たちにとってその思想の唯一の意義である。そして私たちのあらゆる思想の差異の根底にある明白な事実は、どんな思想の差異も、実際上の差異以外の差異において成り立つほど微妙なものではありえないということである。或る対象に関する私たちの思想において完全な明晰さに達するには、だから私たちは、その対象からして、直後にであれずっと後においてであれ、どんな知覚を期待できると考えられるか、また、その対象が真であった場合、私たちはどんな行動を用意しなければならないか、を考慮しさえすればよいのである。これらの実際上の帰結について私たちがもつ概念こそ、それがいやしくも積極的な意義をもつ限り、私たちにとっては、その対象について私たちがもつ概念のすべてなのである。
 これがパースの原理であり、プラグマティズムの原理である。このような原理は、今の場合、神の完全性についてスコラ哲学の目録のなかに記されてあるさまざまな属性のなかで、或る属性は他の属性に比べてはるかに重要性が少ないのではないかどうかを決定するのに役だってくれるであろう。
 すなわち、もし私たちがプラグマティズムの原理を、神の道徳的属性とは区別されて厳密な意味で形而上学的属性と呼ばれているものに適用するならば、たとい私たちが論理によってそれらの属性を信ぜざるをえないように強いられたとしても、それでも私たちはそれらの属性が全く明瞭な意義を欠いていると認めざるをえないであろう、と私は考える。例えば、神の自存性、あるいは神の必然性、神の非物質性、神の「単一性」あるいは私たちが有限な存在のなかに見いだすような種類の内的な多様性や継起に対する神の優越性、神の不可分性、存在と活動性、実体と偶有性、可能性と現実性などのような内的区別の欠如、神が一つの類に含められることを拒絶すること、神の現実化された無限性、それにふさわしい道徳酌な諸性質とは別の神の「人格性」、許されてはいるが積極的ではない悪の存在に対する神の関係、神の自己充足、自己愛、自己自身における絶対的幸福、――率直に言って、これらもろもろの性質がどうして私たちの生活と何か一定の関係をもちうるのであろうか? もしこれらの性質がそれぞれ私たちの行動にはっきりと適用されることを要求しないのならば、それらの性質が真であろうと偽であろうと、人間の宗教にとってそれがどれど重大な差異を作りうるであろうか?
 私自身としては、なつかしい連想を傷つけるかもしれぬようなことを言いたくはないが、よしこれらの属性が誤りなく演繹されたものであっても、これらの属性のどれかが真であるとしてそれが私たちにとって宗教的にほんの僅かな意義でももっていようなどとは私には考えられない、と私は率直に告自せざるをえない。いったい、神の単一性により善く適応するために、私はどんな特別の行為をすることができるというのであろうか? あるいは、神の幸福がとにかく絶対に完璧であるということを知ったところで、それが私の態度を決定するのにどう役だつのか? 前世紀の中頃、メイン・リードは野外の異常な経験にする多くの著書を書いた大作家であった。彼は狩猟者や生きた動物の習性の野外観察者をつねに激賞し、骸骨や皮膚を蒐集して分類する者やそういうものをいじりまわしてばかりいる者のことを「机上の博物学者」と呼んで非難の毒舌をあびせけていた。子供の頃、私は机上の博物学者などという人間は、太陽の下で最も下劣な型の哀れな人間に相違ない、といつも考えていた。ところが確かに、組織神学者たちは、メイン・リード船長の言う意味で、神に関する机上の博物学者なのである。彼らが神の形而上学的属性と演繹するやり方は、道徳などおかまいなしに人間的な要求に超然として、いかにも学者然と辞書に載っているたくさんな形容詞をいろいろと混ぜ合わせたり組み合わせたりしているだけのことではないか、最近の創意が発明し、木と真鍮とでできた論理機械の一つによって、まるで血肉を備えた人間によってなされるみたいに、「神」という単なる言葉から作り出されてくるものに過ぎないではないか? そうして考え出された属性には、人間の知恵の働いた痕跡が残ってはいる。しかし、そういう神の属性なるものは、神学者たちの手にかかって、類語を機械的に巧みに操作して得られたお題目のよせ集めでしかないような気がする。語句のせんさくが直感にとって代り、専門家気取りが生命にとって代っているのである。パンの代りに石を、魚の代りに蛇を、私たちは与えられる。もしそのような抽象的な術語の寄せ集めがほんとうに神に関する私たちの認識の中心思想をあらわしているのなら、なるほど神学の諸学派は繁栄を続けることができようが、しかし宗教は、生きた宗教は、この世から逃げ出してしまうことだろう。宗教を支えているものは、抽象的な定義や、つなぎ合わされた形容詞の体系などとは違ったものであり、神学の諸分科や、その教授たちとは違ったものである。これらのものはすべて、たくさんの実例をお目にかけたように、心まずしい世捨て人たちの生涯において永遠にin saecula soeculorum繰り返されている、目に見えない神との活きた対話というあの現象の余波であり、第二次的な添加物に過ぎないのである。
 神の形而上学的な属性については、これだけにしよう! 実践的宗教の観点からすれば、そういう属性が礼拝させようとして私たちの前にもち出してくる形而上学的怪物などは、学者ぶった人間の考え出した、絶対に無価値な、発明品にほかならない。[19]

 ローティーはこうしたプラグマティズムの考えをさらに推し進めた。彼の主張では、知恵とは会話を継続する能力なのである。そして会話を継続するということは、既存の言説を鵜呑みにすることではなく、新しい言説を創造していくことにつながる。

 ここで最後に、私は、前節の最後をしめくくった示唆に連れ戻される。それは、啓発的哲学の要点が、客観的真理を発見することよりも、会話を継続させることにあるということであった。そうした真理は、私の提唱する見解によれば、通常的言説の通常の成果である。啓発的哲学は、変則的であるばかりではなく、反抗的でもある。というのも、普遍的共約性の提案者が、一連の特権的記述の実体化をたてに会話を打ち切らせようとするとき、それに異議申し立てをするところにこそ、この哲学の意味があるからである。啓発的言説が回避しようとする危険とは、人々が自分自身を考える際にたまたま用いた何らかの語彙、何らかの方法に欺かれて、これ以後のすべての言説は通常的言説になりうるし、またなるはずだ、と思い込んでしまうことである。この危険から生ずる文化の凍結現象は、啓発的哲学者の目から見れば、人間の非人間化である。したがって啓発的哲学者は、「一切の〈真理〉」を一度に所有してしまうことよりも、限りなく真理を目指していこうとする、レッシングの選択に同意する。啓発的哲学者にとっては、「一切の〈真理〉」が現前している、という考えそのものが馬鹿げている。なぜなら、〈真理〉というプラトン主義的概念それ自体が馬鹿げているからである。この概念は、一定の―記述の―下での―実在(reality-under-a-certain-description)ではなく、実在そのものに関する真理という概念であるとしても、また、他のすべての言説と共約可能であるがゆえにそれらを不必要とする、何らかの特権的記述の下での実在に関する真理という概念であるとしても、どちらにしても馬鹿げたものなのである。
 会話を継続させることは哲学にとって申し分のない目標であり、また知恵とは会話を維持する能力の中にこそあると考えることは、人間を正確な記述が可能であることを期待する存在と見るよりは、むしろ新たな記述を創造する者と考えることである。哲学の目標を真理――すなわち、人間のあらゆる探究と活動に対して究極的な共約性を提供する用語についての真理――と見なすことは、人間を主観としてではなく、客観として見ることである。それは、人間を〈対自〉であると同時に〈即自〉である、つまり記述する主観であると同時に記述される客観であると見るよりは、単に存在する〈即自〉であると見ることである。記述する主観それ自体を一種の記述される客観として見ることが、哲学によっていつかかなえられるだろうと考えることは、あらゆる可能な記述がたった一つの記述的語彙――哲学自身の語彙――の助けを借りて共約可能とされるだろうと考えることである。なぜなら、こうした普遍的記述という概念がある場合にのみ、〈一定の記述の下での人間(human-beings-under-a-given-description)〉を人間の「本質」と同一視できるからである。その本質が〈本質を知ること〉だと考えられていようといまいと、ともかくそうした概念がある場合にのみ、人間には「本質」があるという考えが意味をなすのである。したがって、人間は客観であると同時に主観である、〈即自〉であると同時に〈対自〉であると言ったからといって、われわれはそれで自分たちの本質を捉えているわけではない。「われわれの本質とは、本質をもたないことである」と言うとしても、この洞察を人間についての一層深い真理を見いだそうとする建設的で体系的な試みの基盤として用いようというのであれば、われわれはプラトン主義から脱却したことにはならないのである。
 だからこそ、「実存主義」――そしてもっと一般的には啓発的哲学――は、反抗的でしかありえないのであり、会話を新たな方向に向ける以上のことをしようとすれば、必ずや自己欺瞞に陥るのである。こうした新たな方向は、もしかすると、新たな通常的言説、新たな科学、新たな哲学的探究のプログラム、したがって新たな客観的真理を生み出すことがあるかもしれない。しかし、それらは啓発的哲学の狙いではなく、偶然の副産物にすぎない。狙いは常に同じである。すなわち、われわれが選択可能な記述のいずれにも依存せずに自分自身を知っている、あるいはそもそも何かを知っているといった考えに人を迷い込ませないようにし、「慣習の硬い外皮を打破すること」とデューイの呼んだ社会的機能を遂行することである。[20]

 そして余暇と図書館さえあれば会話を継続することが可能であると彼は言う。

 しかし、変則的言説に対する危険は、科学や自然主義的哲学から生じてくるものではない。それは、食糧不足や秘密管察から生ずるのである。余服と図書館さえあれば、プラトンが創始した会話は、自己客観化に終ることはないであろう。その理由は、世界や人間の何らかの局面が科学的探究の対象たることを免れるということではなく、ただ、時間に余裕のある自由な会話は、閃光をきらめかせるように、変則的言説を生み出すからである。[21]

 

7.認知療法

 精神療法の領域においても、精神分析の科学性について疑問が差し挟まれてきた。科学性を打ち出した精神療法として、行動療法と精神医学療法が挙げられる。しかしながら、行動療法と精神医学療法では、患者は操作対象であって、知的な主体とはならない。精神分析からキャリアをスタートさせたベックは、こうした問題意識から、認知療法を創始した。

 近年,情緒障害emotional disordersに対して,驚くほどの注意と関心が向けられるようになっている。こうした関心の高まりは,一般書のベストセラーのリストや一般向けの雑誌の内容からも明らかである。大学の異常心理学講座は驚くほど一般化し,精神科医や臨床心理学者,そして精神科領域で働く専門家の数も増えた。私的寄付だけでなく,きわめて多額の公共基金が,公的そして私的精神科施設に使われるようにもなってきている。
 逆説的ではあるが,このように情緒障害が大衆化し,専門家によるサービスが多大な努力を払って大量生産されるようになった背景には,こうした情緒障害の理解とその治療法に関して権威者の意見が鋭く対立しているという事実がある。いつものことながら,新しい理論や治療法が素人や専門家の想像をかきたて,そして次第に忘れ去られていく。しかも――伝統的な神経精神医学,精神分析,行動療法といった――情緒的な問題の研究や治療に最も長く取り組んできた各学派の間には,理論体系や実験方法,臨床技法の違いが昔ながらに存在し続けている。
 これらの有力な学派間にこのように大きな違いがあるにもかかわらず,そこには1つの共通した仮説が存在している。それは,情緒障害を持つ人は隠れた力の犠牲になっており,その力を自分でコントロールすることができないというものである。19世紀の物理学主義の教義に基づく伝統的神経精神医学は化学的または神経学的な病因を探り,薬物などの身体的手段を用いて情緒障害を治療しようとしている。その哲学的基盤がやはり19世紀に形成された精神分析学は,個々人の神経症の原因が無意識的心理要素unconcious psychological factorsにあると考えている。その無意識要素は心理的壁によって覆い隠されており,精神分析的解釈によってしかそれを破ることができない。18世紀にその哲学的起源がある行動療法は,それ以前の患者の生活の中で起こた偶発的条件づけaccidental conditioningsに基づく不随意的反応という視点から情緒的な問題を考えている。行動療法では,患者が単にそれについて知るだけでは,またそれを取り除こうとするだけではこのように条件づけられた反応を修正することはできないと考えられている。有能な行動療法家が”逆条件づけcounter conditioning”をする必要があるのである。
 この3つの異なった学派は,患者の問題の原因が患者には分からないところに存在していると考え続けている。そして,患者の意識レベルの説明づけ,特別な思考や空想についてそれぞれもっともらしい解説を行っている。
 しかしここで,こうした学派の考えが間違った方向に進んでいると仮定してみよう。気持ちが動揺して考えがまとまらなくなり助けを求めるようになった原因が,患者の意識の中に存在しているとしばらく考えてみよう。しかも,適切な指導を受ければ,問題を引き起こしている意識要素を処理できる合理的な方法をいろいろな形で患者が使えるようになると仮定してみよう。もしこうした仮定が正しければ,情緒障害に対して完全に異なった方向からのアプローチが可能になるかもしれない。それは,自分の心理的な問題を理解し解決する鍵はその人自身の意識の範囲内に存在しているという視点からのアプローチである。患者は,情緒的な問題の原因になっている誤った考え方を,発達の各段階で使ってきた問題解決装置problem-solving apparatusを用いて修正することができると考えるのである。
 こうした仮説は,情緒障害に対する比較的新しいアプローチへと収斂していく。ただ、そうしたアプローチの哲学的基盤は,何千年も昔のストア哲学の時代にさかのぼることができる。ストア学派の人たちは,出来事それ自体よりもその出来事に対する理解(または誤った理解)が情緒的な動揺を引き起こす鍵になっていると考えていた。この新しいアプローチ――つまり認知療法cognitive therapy――でも,誤った前提や仮説に基づくある種の現実の歪曲によって個々人の問題が引き起こされていると考える。こうした誤った理解の起源は,その人の認知発達過程における不完全な学習である。ただその起源は別として,治療形態自体の説明は比較的簡単である。治療者は,その歪曲した考えを患者が修正し,それに代わる考え,つまり自分の経験を系統だてて説明するより現実的な方法を身につけていくのを助けるのである。
 認知的アプローチによって,情緒障害の理解と治療が患者の日常的な体験により近いものになる。患者は,自分の問題が,これまでの人生の中で何度も繰り返し体験してきた誤解と関連があると考えるようになる。しかも,明らかにその患者はそれまで,適切な情報を手に入れたり自分の誤った判断の中の論理的な間違いに気づくなどして,自分の誤解をうまく修正できていた。認知的アプローチが患者にも受け入れられやすいのは,それが自分の以前の学習体験と何らかの形で関係しているからである。またそれによって,苦痛を伴う症状を生み出している現在の誤った理解を効果的に修正していく方法を身につけていく自分の能力に自信が持てるようになるからである。しかも,情緒障害を日常体験領域に引き込み,使いなれた問題解決方法を使うことによって,治療者は患者とつながりやすくなる。
 当然のことではあるが,認知心理学cognitive psychologyや認知療法の妥当性について疑問を持つ人もいる。しかし幸運なことに,認知現象cognitive phenomenaは内省を通して患者が容易に観察できるものである。したがって,それがどのような質を持ちどのように関係しあっているかということについては多くの体系的な実験を用いて検証することができる――それが,精神分析学によって仮定されているより抽象的な理論構成と異なる点である。認知心理学の基盤になっている体系的研究の数は増え続けている。治療的試みを通して認知療法の効果も実証されてきている。
 情緒障害に関するこの新しいアプローチは,自分自身や自分の問題に対する視点を変化させる。生化学反応や目に見えない衝動,または自動的な反射automatic reflexesに支配された無力な存在として自分を考えるのではなく,むしろ,自己敗北的な誤った考えを学習する傾向があると同時にその誤りに気づき,それを修正することができる存在と考えることができるようになる。自分の考えの中の誤ている部分に焦点をあて,それを修正することによって人は,より満足のいく人生を自分の力で作り出すことができるようになるのである[22](下線部は引用者による)

 精神療法を受けたいとすれば、実践的には、精神分析的療法、行動療法、精神医学療法、認知療法などの中から各自が選べばよいであろう。

 

8.京都アカデメイアの活動の振り返りと基礎づけ

 ここまで見てきたように、ソクラテス―フロイト的な知は、簡単に取り外しできるようなものではなく各人が深く身につけるものであり、知っているけれども快楽に流されるなどして正しく行為できないといった言い訳を許さない厳密な知である。
 他方で科学の成果物や情報はお金を出して買うことができ、各自の深い理解も必要とされない。もっとも、科学において何が正当とされるかが予め決まっているわけではない。そうなると何でもありの極端な相対主義に陥る恐れもあるが、議論に関わっている人たちの間で絶えずよいものを目指していくというプラグマティックな基準を打ち立てることもできる。
 以下では本発表の観点から、京都アカデメイアの理念やこれまでの活動を振り返る。

(1)理念
 京都アカデメイアの目的は、「専門や所属をこえて、みんなで一緒に勉強する場所をつくること」[23]である。これは専門家任せにするのではなく各人が身につけるソクラテス―フロイト的な知に符合する。そして京都アカデメイアという場でよりよい知を目指しているとも言える。専門用語を散りばめて中身のないことをもっともらしく見せかける必要はないが、議論に参加している人で共有することのできる専門用語を禁止する必要もない。

(2)反知性主義
 ソクラテス―フロイト的な知は、その定義からして、よいものである。よって反知性主義などあり得ない。反知性主義とは、情動が伴わないようなソクラテス―フロイト的ではない知的なものに対する違和感の表明だと理解できる。

(3)大学
 京都アカデメイアの過去の企画で何度も議論されたように、現在の大学では富を生むことが正当であるという科学観が強くなっているようである。リオタールも同様の見解である。大学に関わらなくても余暇と図書館(とインターネット)さえあれば別の言説を生み出して会話を継続することができる。

(4)人工知能
 近年では人工知能に対する関心が高まっており、京都アカデメイアでも「人類は人工知能にいかに立ち向かうのか~将棋とオセロから考える」というイベントを行った。
 本発表の観点からは、人工知能が深層学習などでいかに優れていようとも、それはあくまでも定められたルール内でのことである。羽生善治さんも言うように、桂馬を横に跳べるようにするとか[24]、相手にうまく負けて喜ばせることを目的とするとかのようにルールを変更すれば[25]、人工知能が人間に及ばなくなるであろう。
 ローティーの以下の記述を参考にしても、人間が作り出すルールと人工知能とは別物だと言えるだろう。

 さて、「〈精神科学〉の還元不可能性」について私の述べたいことを要約するために、以下のような諸テーゼを提示したいと思う。
 物理主義は、われわれがいつの日か人間内部の微視的構造に言及することによって、その人の身体のあらゆる運動を(彼の喉頭や書いている手の運動も含めて)予測することが「原理的に」できるようになるであろう、と主張する点でおそらくは正しい。
 こうした成功が人間の自由にもたらす危険は、ほんのささいなものである。なぜならば、「原理的に」という一句は、初期状態(微視的構造の先行状態)の決定があまりに難しくて、時おり授業の練習問題とされるほかには行われそうもない、という余地を残しているからである。いずれにせよ、拷問や洗脳をする者は、ここでも望むままに人間の自由を侵害することができる。科学がこの先いくら進歩しても、この状態を改善することはできない。
 自然と精神の伝統的区別とロマン主義との双方の背後にある直観は、ある人の口からどんな音が生ずるのかを予測しえても、その音の意味するものが必ずしもわれわれに分るとはかぎらない、ということである。したがって、西暦四〇〇〇年の科学研究者の共同体が生じさせる音声を予測しえたとしても、われわれは彼らの会話に加わることはできないであろう。この直観はきわめて正しい。
 ある音を、それが意味することを知らずとも予測しうるという事実は、その音を生じさせる必要にして十分な微視的構造の条件に加えて、その微視的構造の記述に用いられる言語の言明と、その音によって表現される言明との実質的等置関係(material equivalence)が見いだされるのは稀である、という事実を示すものにほかならない。これは、何かが原理的に予測不可能なためでも、ましてや自然と精神との存在論的分離のためでもない。単に、神経を扱うのに適した言語と、人間を扱うのに適した言語との相違のためである。
 異なった言語ゲームに属する不可解な言葉に対して、われわれの通常の言語ゲームの中のどんな文が実質的等置関係に立つのかを知らなくとも、あるいはそれに無頓着であっても、われわれはその言葉に応答する手段を知ることができる。幾つかの異なった言語ゲームに由来するさまざまな文相互の実質的等置関係を見いだすことによって、それらを共約可能にすることは、われわれの同胞たる人間に対処する幾つかの手段のうちの一つにすぎない。それがうまくいかなければ、われわれは何であれうまくいくものにまで後退するであろう。例えば、新しい言語ゲームの要領を覚え込み、おそらくわれわれの旧来のそれを忘れるようになるであろう。これは、人間ならざる自然が伝統的科学の語彙を使用した予測にそれ自身抵抗を示すとき、われわれが用いるのと同じ手段なのである。
 解釈学は、「もう一つの知り方」ではない。(予測的)「説明」に対置される「理解」ではない。むしろ、もう一つの対処の仕方、と見た方がよいであろう。「認識」という概念は予測的科学に与えてしまい、「それに取って代わる別の認識方法」のことなど思い煩うのは止めた方が、よほど哲学的明晰さのためになるであろう。哲学者であるとは「知識論」をもつことだというカント的伝統や、命題の真理についての知識に基づかない行為は「非合理的」であるというプラトン的伝統がなかったならば、知識という言葉には、わざわざ争うだけの価値があるとは思えなかったことであろう。[26]

 定められたルール内で勝負するとしても、深く理解しないままただ人工知能に従うだけであれば、変化があって新局面に出くわした場合にすぐ負けてしまう。精神分析家の説明を表面上受け入れても深い理解が伴わなければ別の形で症状が出てくるのと同じである。最近話題の藤井聡太4段も人工知能の指し手を深く理解していることが強さの秘密であるのかもしれない。

 

 

 

[1]プラトン著、中澤務訳『プロタゴラス―あるソフィストとの対話』(光文社、2010)、pp.33-36

[2]同上、pp.180-183

[3]プラトン著、渡辺邦夫訳『メノン―徳(アレテー)について』(光文社、2012)pp.105-106

[4]フロイト著、芝伸太郎訳『フロイト全集〈21895年―ヒステリー研究』(岩波書店、2008)p.10

[5]同上、pp.22-23

[6]フロイト著、鷲田清一編『1915-17年 精神分析入門講義 (フロイト全集 第15)』(岩波書店、2012)pp.342-343

[7]同上、pp.347-348

[8]フロイト著『193237年――続・精神分析入門講義 終わりのある分析とない分析 (フロイト全集 第21) 』(岩波書店、2011)pp.210-212

[9]カール・ライムント・ポパー著、内田詔夫、小河原誠訳『開かれた社会とその敵』(未来社、1980)下pp.199-200

[10]トーマス・クーン著、中山茂訳『科学革命の構造』(みすず書房、1971)pp.165-166

[11]ジャン=フランソワ・リオタール著、小林康夫訳『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム』(水声社、1989)pp.7-11

[12]同上、pp.15-16

[13]同上、pp.111-115

[14]アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン著、田崎晴明、大野克嗣、堀茂樹訳『「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』(岩波書店、2012)pp.6-8

[15]同上、pp.122-123

[16]同上、pp.287-289

[17]W. ジェイムズ著、桝田啓三郎訳『プラグマティズム』(岩波書店、1957)pp.37-40

[18]同上、p.166

[19]ウィリアム・ジェイムズ著、桝田啓三郎訳『宗教的経験の諸相』(日本教文社、1988)下pp.276-280

[20]リチャード ローティ著、野家啓一他訳『哲学と自然の鏡』(産業図書、1993)pp.437-439

[21]同上、p.449

[22]アーロン.T.ベック著、大野裕訳『認知療法―精神療法の新しい発展』(岩崎学術出版社、1990)pp.i-iv

[23]ご挨拶|京都アカデメイア http://www.kyoto-academeia.sakura.ne.jp/index.cgi?rm=mode2&menu=about

[24]コンピュータが将棋を完全解明したら? 羽生善治三冠の回答│NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20140424_252628.html?PAGE=2

[25]人工知能に「接待将棋」はできない──羽生善治と石山洸が語る将棋とAIの進化|WIRED.jp https://wired.jp/2017/02/14/habu-ishiyama/

[26]リチャード ローティ著、野家啓一他訳『哲学と自然の鏡』(産業図書、1993)pp.410-411

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