『インスタグラムと現代視覚文化論』:インスタグラムに崇高はあるか?


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大窪善人




(1970年01月01日)

 

おそらく本邦初となる、インスタグラムについての本格的な研究書が出ました。
本書は、ロシア出身のメディア理論家であるレフ・マノヴィッチの論文パート(左開き・横書き)と、それを踏まえた日本の書き手による論集パート(右開き、縦書き)からなるユニークな構成になっています。
 

インスタグラムの魅力とは

2010年に登場したインスタグラムは、いまや世界中で4億人以上のユーザー数に達し、毎日8000枚の写真がシェアされているといいます。それほどの人気を集めている理由とは、何なのでしょうか。

 
レフ・マノヴィッチが注目するのは、”美的なものへの関心“です。

たとえば、実際に多くのユーザー(インスタグラマー)たちは、たんに撮影した写真をアップロードするだけではなく、フィルタ加工を通じて、より美しく、魅力的な写真に仕立てる傾向があります。

googleの検索サービスやtwitterなどの他のSNSと異なる点はそこで、彼いわく、「インスタグラムは美的な視覚コミュニケーションのためのメディウムなのである」と。
 

日常に宿る美学

では、それほどまでに人々を美的なコミュニケーションへと駆り立てるものとは、一体何なのでしょうか?

ところで、ここでその理由を、たんに「”いいね”を沢山もらうためだろう」とか「承認欲求を満たしたいからだ」と安易に考えてはいけません。なぜなら、それなら他のSNSでも充分満たすことができるからです。問題は、インスタグラムに固有の動機づけが何なのかということです。

その謎を解くキーワードは、「日常性」と「反プロ性」です。
 

そもそもインスタグラムは、プロの写真家ではない「普通の人々」が写真を撮って共有するサービスです。

プロによる商品広告の写真とインスタグラム写真との違い、それは、前者が「まるで店のショーウィンドウを眺めているかのようなのに対し、[…後者では] 製品は投稿者の人生の一部として現れる。」

つまり、インスタグラムの写真は、たんに商品の宣伝に一役かいたいというよりも、むしろ自分の日常の開示、ライフ・スタイルを表現する方法として利用されているというのです。ここにマノヴィッチは、インスタグラムがもつ社会への批判性を見出します。

かわいいカプチーノカップを手にしている写真は全て、カップを宣伝しているのだろうか? もちろん違う。[…]インスタグラミズムの美学は、グローバルな中産階級のリアリティに批判的な、リベラルな意識の表現である

たんに商業主義的なコマーシャルに踊らされたり、ブランドを崇拝するのではなく、自分にとって何が価値あるものかを自覚的に反省し、我がものとするために美的センスを最大限活用すること。それこそがインスタグラムのポジティブな可能性であるのだ、と。

 
インスタグラムに崇高はあるか?

ところで、美(aesthetic)という芸術のカテゴリーは、ふつうは均整の取れた対象とか、誰もが「いいね」をあげたくなるような合理的な直感に結びつきます。一方、美学の危険性を指摘したのは、フランスの哲学者 リオタールでした。

なぜ美が危険なのか。背景には、美的な芸術がファシズムの動員に利用されたという歴史的経験があります。美学が社会の解放とは逆に、抑圧につながるおそれもあるのです。この合理主義の狂気をいかに乗り越えるか。そこで持ち出されるのが、崇高(sublime)という概念です。

18世紀のエドモンド・バークからカント、リオタールへと流れる”崇高なもの”の思考は、人間の進入を拒む峻厳な山岳とか、かつてあった古代都市の廃墟の中に現れます。


カスパー・D・フリードリヒ『雲海の上の旅人』(上),『樫の森の中の修道院』(下)瓦礫と化した教会は、聖なるものを、その不在のうちに表現している。

 

崇高なものとは、恐怖や畏敬 ロマン的なものや非合理なもの。美が”いまここにある”のに対して、崇高は、”いまだここにないもの”というタイプの《超越性》へと結びつく概念です。重要なことは、それこそが現状を批判的に見つめ直すための視点になるということです。

インスタグラムに崇高はあるか。マノヴィッチの主張がラディカルに展開できるかどうかは、この点にかかっているのではないでしょうか。

 
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