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新企画「京アカゼミ」がスタートします。

新規イベントの告知です。

今春から、新企画「京アカゼミ」がスタートします。
京都アカデメイアに所属する、各自の専攻分野に通じた会員が、3ヶ月ごとに持ち回りでゼミを主宰します。このゼミでは、まず報告担当者が、各自の関心テーマもしくは専門領域のトピックについて発表した後に(30〜40分程度)、参加者による質疑応答(50〜60分程度)を通じて内容への理解を深めていきます。
今年度の報告担当予定者(所属、専攻分野)は以下の通りです。
【第1回:2017年5月20日】岡室悠介会員(大阪大谷大学人間社会学部専任講師、憲法学・法社会学)
【第2回:2017年8月予定】浅野直樹会員(京都アカデメイア理事、精神分析学)
【第3回:2017年11月予定】中森弘樹会員(京都大学大学院文学研究科特別研究員[PD]、社会学)
【第4回:2018年2月予定】舟木徹男会員(龍谷大学社会学部非常勤講師、社会思想史・宗教学)
日時・内容等の詳細は、順次追って告知いたします。
もちろん、京アカの会員・非会員問わず、どなたでもご参加できますので、各自お誘い合わせの上、お気軽にお越しください。また、会員の皆さまにおかれましては、本メールをお知り合いの方などにご転送いただけますと大変ありがたいです。

ちなみに第1回は、次のような内容を予定しています。
日時:5月20日(土)14:00〜15:30ごろまで
場所:左京西部いきいき市民活動センター第4会議室
テーマ:瀬木比呂志の裁判学―いわゆる「絶望の裁判所」論をめぐって—
報告担当者:岡室
概要:日本においては、各裁判官が外部の圧力から独立して裁判を行うという意味での「裁判官の独立」が憲法上も保障されています。しかしながら、近年では、最高裁判所を頂点とする裁判所内部の組織的な統制が進んでおり、たとえ良心的な裁判官であっても、最高裁の方針に背いた無罪判決や違憲判決を出すことが難しくなっている状況が、元東京高等裁判所判事の瀬木比呂志教授(現・明治大学法科大学院)によって指摘されています。
本ゼミでは、これまでの瀬木教授の業績を簡単にレビューした上で、はたして、日本の司法は、瀬木教授が主張するように「絶望」的状況なのかどうかを、参加者のみなさんと一緒に考えたいと思います。
参考文献(事前にどれか一冊読んできていただけると、理解が深まるかもしれません。):
①瀬木比呂志『絶望の裁判所』(講談社現代新書、日本における司法・裁判統制の現状を把握する上での、とりあえずの一冊。)
②瀬木比呂志『ニッポンの裁判』(講談社現代新書、上記の応用編として、これまでの日本の主要な裁判例について、その力学的な背景も含めてレビューしています。)
③瀬木比呂志『黒い巨塔—最高裁判所』(講談社、上記の内容のいわば小説版、小説好きな方はこちらがオススメ。)

本企画に関するお問い合わせ等については、岡室(y2olibrary@gmail.com) までお尋ね下さい。
よろしくお願いいたします。

イベント「人類は人工知能にいかに立ち向かうのか~将棋とオセロから考える」振り返り

百木です。
ずいぶん時間が経ってしまったのですが、昨年11月にGACCOHで特別イベント「人類は人工知能にいかに立ち向かうのか~将棋とオセロから考える」を開催しました。

ここ数年、将棋・囲碁・オセロなどのボードゲームで人工知能が急激に実力を上げ、トッププロを凌駕するようになったことはよく知られています。そうした状況のなかで、将棋界とオセロ界ではそれぞれどういう対応や試みがなされているのか、そこから人類と人工知能との向き合い方に何らかのヒントが見出せないか、という議論がなされ、イベントは大変盛り上がりました。

参考までに当日のプレゼンを担当した百木と中森のパワーポイントファイルをアップしておきます。関心ある方はご参照ください。また今後も何らかのかたちでこうしたイベントを開催できたらなとも思っているので、リクエストなどあればお待ちしています。

 

【京都アカデメイア聖書読書会(第Ⅵ期)】

「ヨブ記」1回目。今日は用事で参加できない方が多かったものの、元気娘のSさんが初参加してくれたこともあり、何とか4人集合。7章まで読み進めました。義人ヨブが酷い目に遭うのはよく知られていますが、ヨブを襲う理不尽な苦難を目にした家族や友人の反応の仕方には、いろいろ考えさせられるものがありました。彼らは「主は正しいものを助け悪しきものを罰されるはずだから、主を呪ってはいけないよ」などと言って暗にヨブが罰されて然るべき罪を犯しているのではないかと疑ってみたり、「主は私たちを鍛えるために試練を下されることもあるが、それを見事耐え忍べば最後にはハッピーになるはずだよ」といったりして、因果応報の倫理の枠内でヨブの苦難を意味づけようとするのですが、こうした対応自体、「隣人の途方もない不幸」という事件の重みにいたたまれなくなり、適当な意味づけをしてその心理的負荷を軽減しようとする防衛反応なのだと言えるでしょう。語の本来の意味での臨床(病の床に付き添う)という行為の重みと難しさを考えさせられ、看護学の必読テキストともいえるのではないかと思いました。またそこから、原発避難者へのいじめやセカンドハラスメントの話などにも議論が及び、今年最後の聖書読書会に相応しい有意義な集まりとなりました。次回は新年1月7日(土)10:00~@京大本部時計台下サロンです。動画はときどき画面下に登場する子供らが可愛いので貼ってみました。メリー・クリスマス。
※なお当方でメールアドレスが分かる方にはHさんが別の機会に作成されたヨブ記の導入用レジュメを添付してお送りします。

【京都アカデメイア聖書読書会(第Ⅴ期)】

今日は新規参加のFさん含め、六人。詩篇の第一巻を読み終わる。基本的に「俺を迫害する奴を懲らしめてください」というダビデの恨み節で終始した。Hさんのヤハウェ帽にはシビれた。Hさんによると、聖書の数ある写本間で文法的・内容的に食い違いのある個所が見つかる場合、原則として「分かりやすいものよりも分かりにくいものが原初の文言に近い」とするのが聖書学のディシプリンだそうな。写した人間が自分に分かりやすいように書き換えた異本はありえても、その逆は通常ありえないからだという。うーむ。さて、詩篇をすべて読むのもアレな感じなので、次回はHさんのチョイスで詩篇二巻以降のおいしいところをつまみ喰いすることに。その後は第Ⅵ期に入り、「ヨブ記」の予定です。12月3日(土)10:00~@京大本部時計台下サロン。誰でも来やがれ。

イベント「鉄板classe in おっとう」vol.2開催のお知らせ

会員の中島啓勝です。
さて、突然ですが、昨年7月に京都アカデメイア主催で、私が出演するイベント「鉄板classe in おっとう」が大阪で開催されたことを、覚えていらっしゃる方はおられますか?
いない?はい、わかりました。
開催されたのです。

このたび、待望(!)の第2弾が開催されることになりました。
大阪梅田からすぐ、中崎町駅前にある鉄板焼き店「おっとう」さんで、食材をテーマにトークとディスカッション、そしてディナーを一気に楽しんでしまおうという欲張りなイベントです。

いつもの京アカイベントとは趣を異としますが、ご興味のある方は奮ってご参加いただけたら幸いです。
「週末ちょっと外食するついでに、のぞいて見ようかな」くらいの気軽さで足を運んでいただけたらと考えております。

詳しい内容は下記の通りです。
事前予約制で、問合せ先は京アカではなく会場の「おっとう」さんになっておりますので、ご注意ください。

それでは、よろしくお願い致します。

中島 啓勝

~ご案内~

《イベント名》
美味しく学べる♪
鉄板 classe in おっとう
vol.2『根も葉もない茎のウワサ』

《日時》
2016年11月19日(土)夜
17:30~受付開始
18:00~レポート
19:00~ごはん&プチ大喜利

《会場》
鉄板焼おっとう
大阪市北区中崎2-2-27
*大阪市営地下鉄 谷町線「中崎町」駅から徒歩1分
https://www.facebook.com/teppanyakiottou

~鉄板 classe (テッパン・クラッセ)って?~

ふだんは忙しくしているけれど、もっと知見を広めたい社会人のための「夜ごはんのついでに学べる時間」プロジェクトです。年齢問わず、どなたでも気軽にご参加いただけます。
今回のテーマは「根菜」。レポーターがある”アンダーグラウンド”な情報源から聞き出した意外なウワサ話を約1時間、皆さまに楽しくご報告します。
レポーターからの話のあとは、おっとうの美味しい料理も召し上がっていただき、頭もお腹も、いっぱいになって帰っていただければ幸いです。
*プチ大喜利も開催しますので、ご興味ある方はご参加ください。

《レポーター》
中島啓勝 (京都文教大学・京都造形芸術大学・神戸山手短期大学 非常勤講師)

《参加費》
ごはん(コース)付き 3500円 ドリンク代別

《予約・お問い合わせ先》
鉄板焼おっとう
TEL 06-6371-5560
*事前予約制ですので、お電話でご予約ください

《主催》
京都アカデメイア

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【京都アカデメイア聖書読書会(第Ⅴ期)】

10月9日(土)
今日も詩篇の続き。久々にSさんとM君も参加で5人。ダビデの恨み節を読み進め、サウルの迫害から救われたことに感謝する内容の詩篇18以降、有名な文言の含まれた詩にいくつか遭遇。詩篇22ではイエスの刑場でのセリフの元ネタと思しき「わが神、わが神、どうして、私をお見捨てになったのですか」が登場。なお、同じ詩の「私は虫けらです」という箇所についての関根訳の註には「ウェーバーの言う『虫感情』は人間失格の感情であるが、かえって信仰の前提である」とある。「虫感情」って何だ?と当てずっぽうでInsektgefühlという語でググってみるも、トップに出てきたのはInsekten im Ohr – Was soll ich tun?(「耳の中に虫が!どうしたらいいの?」)という明らかに関係のない相談サイト。ウェーバーの『古代ユダヤ教』を調べてみるとするか。また、詩篇23も例の「主は私の羊飼い」ではじまる有名な詩。今日も島尾敏雄、カフカの『変身』、カミナリ様の話など雑談いろいろ。私は前夜に岡安と飲んでいたので、ひょっとして酒臭かったとしたら皆さんゴメンなさい。

10月22日(土)
昨日も詩篇の続き。専門家のHさんもいらしてくれて3人でこぢんまりと。二つだけ進む。まあこんな回があってもよろしいでしょう。次回は11月5日(土)10:00~@京大本部時計台下サロン。

【リマインダ:京都アカデメイア聖書読書会(第Ⅳ期)】

※今日は暑いので七五調で案内してみます
二日酔いには迎え酒 暑き夏には黙示録 
毒もて毒を制すなる 京アカ聖書読書会 
浮世離れの極みには 右も左もノンポリも 
みな神のもと平等と 懐深く受け止めむ 
されど集える人々は いかなる人や知りたしと 
怪しむ向きもあるならば 包み隠さず答へなむ
あるは院生学部生 あるは市井の一庶民 
はたまた病後のリハビリの 憩ひの場所とするもあり 
僧も牧師も不信者も 教養愛する者はみな 
老若男女入り乱れ  京アカ聖書読書会
されどもここに至るまで 次回の場所と日時をば 
未だ記さぬ迂闊さに 己の愚をば笑ひつつ
遅れ馳せとは知りながら 告知したれば京大の 
時計台下サロンにて 8月6日10時より
飛び入り参加大歓迎 但しいづれの版元の 
訳本なれど構わぬが 新約聖書持参せよ

6月18日(土)京都大学 総合人間学部 人間・環境学研究科 同窓会イベントのお知らせ

百木です。
6月18日(土)に京都大学で総合人間学部と人間・環境学研究科の同窓会イベントがあります。今年は「書を持って街に出よう~学際教育とゼネラリスト養成~」をテーマにしたシンポジウムが開かれ、総人・人環出身者で大学の外で活動をしている団体に話をしてほしいとのことで、京都アカデメイアに依頼がありました。
そこで京都アカデメイア代表として百木が団体の活動紹介と「大学で学ぶか大学の外で学ぶか」というテーマで話をさせてもらうことになりました。他にもエコール・ド・東山の谷美奈さんや、「大学の役割とは何か」についての話題提供者として渡邉浩一さんによるスピーチもあります。
シンポジウムには総人・人環出身や京大出身以外の方も参加歓迎とのことですので、関心ある方はどなたでもご参加ください。よろしくお願いします。
京都大学総合人間学部/人間・環境学研究科同窓会
日時:6月18日(土)
場所:京都大学人間・環境学研究科地下大講義室
13時~13時半 総会
13時半~15時 シンポジウム「書を持って街に出よう~学際教育とゼネラリスト養成~」(仮題)
 第1部 パネルディスカッション
  ①京都アカデメイアの活動紹介(百木漠)
  ②エコール・ド・東山の活動紹介(谷美奈)
  ③「大学の役割とは何か」について話題提供(渡邉浩一)
 第2部 全体ディスカッション(ワールドカフェ方式)
15時~17時 懇親会(人環1Fピロティにて)
総人同窓会チラシ2016(案)トンボなし_01

【京都アカデメイア聖書読書会(第Ⅲ期)】

今日は四人出席。京都アカデメイア理事長の大窪さんが初参加。ルター『キリスト者の自由』の続きを読む。「信仰こそ第一義だが、だからと言って行為は何もせず好き放題にしたらよいわけではない」というルターの教説には、何だか護教的配慮からくる首尾一貫性のなさがある気がした。ところで、信仰が第一というが、イエスの数多くの教説のうち「何を」信じることが大事なのか、という私の問いに、私以外のメンバーが、「何を」とか対象化されないかたちでイエスを信じるということでは、との回答。宗教音痴の私は「??」となりつつも、そういえば「神を信じる」という表現は英語ではなぜbelieve Godではなくbelieve in Godなのか、どうして「あなたの言うことを信じる」I believe youの場合のように他動詞ではなく、自動詞なのか、という疑問が浮かんできた。きちんと調べてはいないが、もともとbelieveという動詞は対象をもたず、主体の何らかの心理状態を表す自動詞だったのではないだろうか?そして、そのような状態が何か(誰か)のもとにinあるときに生じることをbelieve in ~と表現しているのではないだろうか?とすれば、何か「を」信じる以前に「信じる」という心理状態そのものが「~」によって惹起されているのであり、それは根源においては、いわば「信じさせられ」る受動的体験なのだろう。選民思想と言うと鼻持ちならぬエリート意識のようにとらえがちだが、本来的にはそういう一方的に「選ばれ」「信じさせられる」体験であり、大魚の腹で眠ったヨナがそうであったように、選ばれた側からすればいささか迷惑なことですらあるかもしれない。「信じる」ということをめぐる受動性と能動性について、ぼんやりそんなことを考えたりしました。次回は6月11日(土)10:00~@京大本部時計台下サロン。

第7回京都アカデメイア読書会『人間の条件』を開催しました

新倉です。

5月29日は、GACCOHさんのスペースをお借りして、京都アカデメイア読書会を開催しました。今回の課題は、アーレントの『人間の条件』。近年、アーレントは映画化され、関連書籍が多く出版されるなど、にわかにブームになっていました。しかも今回は、アーレント研究をしている百木さんによる報告ということもあり、多くの方に参加していただきました。そして、参加者の皆さんの参加動機として、アーレントの『人間の条件』はいつか読まないといけないと思っていたけれど、なかなか機会がなくきてしまったので、今回の読書会をきっかけにして読みたい、と仰っている方が多かった印象です。

さて今回は、1章から3章を範囲としていましたが、時間の都合上、主に1章2章を中心に議論をしました。『人間の条件』は、人間は何によって条件づけられているか、ということが主題となっている本です。有名なのが、活動的生活を構成する「労働」「仕事」「活動」という三つの営みですね。アーレントは、西洋形而上学の中で「観照」に対して、「政治」の地位が低かったことを指摘します。そこで、「活動」の地位を見直すこと、つまり「政治」の重要性を説いている本であるということができます。今回は、どういった発想からアーレントがこのような区分を行っているのか、などを中心に議論が行われました。

読書家風景

多くの人に参加していただきました。

読書会風景2

徐々に講義形式になっていく百木さん。

次回は、『人間の条件』4章から6章です。