フェイク・ニュースがメディアを席巻し、安直なメッセージやポピュリズムなど、真実よりも信じたいフィクションがまかり通る現代。
理性による社会の発展を説く、18世紀以来の「啓蒙のプロジェクト」は、すっかり時代遅れになってしまったのでしょうか。
本書は「理性的に考えろ」といった、ありがちな啓蒙書ではありません。近年の認知科学の発展をふまえて、啓蒙のバージョンアップを図っています。
人間の意志の弱さ
人が理性的に行動できないのは、人間の意志が弱いからです。「意志の弱さ」は、アリストテレスの時代から問われてきましたが、理性主義者なら「もっとちゃんと考えろ」と言うでしょう。
しかし、そうした説教にあまり効果がないこともよく知られています。それに対して、著者の主張は、意志の弱さは、社会的環境で克服できるということです。
豊富な例を挙げて説明しているので、いくつか紹介しましょう。
たとえば、大切な書類を次の朝忘れないためには、どうすればよいでしょうか。ひとつ目の答えは、忘れずに記憶しておくこと。もうひとつの答えは、玄関の目立つ場所に書類を置いておくことです。
こんな例もあります。既婚者が浮気を避けるのはどうすればよいか。
ガンジーは、二人の若い裸の女性のあいだで眠ることで、自らの禁欲の固さを示しました。
しかし、多くの人はガンジーのような聖人ではありません。それでも浮気しないですんでいるのは、そのような状況をあえて避けているからだ、と。
差別をなくすには?
“差別”も情動が引き起こす最たる問題です。リベラルは人種や性別などの差別の解消に膨大なエネルギーを費やしてきました。
一方、心理学にこんな実験があります。
被験者に、人々が話している映像を見せた後、文章をそれを言った人の写真を一致させるというテスト。
被験者は、ほかの基準がなければ、性別と年齢、人種によって区別する傾向がありました。ところが、この傾向は、色の違うTシャツを着せることで簡単に覆されたといいます。
人種や性別などの差別を解消するには、別の区別に関心を向けさせてばよい、というアイデアです。
意志の弱さをおぎなう制度
環境セッティングの重要性。これを政治に応用すると、”なぜ政治には様々な制度があるのか”が理解できます。
民主主義のコアは、合理的な熟議(つまり、よく考えて話し合うこと)ですが、それを支えるための前提条件を整えておくも重要であると言います。
代議制、法の支配、様々な”手続き”、三権分立や中央銀行の独立。これらはすべて、”人間はいつも利口ではない”ことを知っているがゆえの知恵。”合理的な自己拘束”なのです。
一見、迂遠に見える制度の合理性を、著者は「スロー・ポリティクス」と言います。スロー・ポリティクスとは、情動に対してのろまな理性を尊重し、理性の謙虚さや礼節を重んじる態度でもあります。
かくして、方向が決まれば、あとはそのための環境をどう設計するかという問題だけです。
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