永遠平和のために(番外編):立憲主義から法の支配へ

大窪善人




(1970年01月01日)

 
日本国憲法が施行されて今年で70年を迎えました。その一方で、政府は、とくに9条、安全保障の観点から憲法改正につよい意欲を示しています。

ところで、2年ほど前に京都アカデメイアの読書会で『憲法の条件』(大澤真幸・木村草太の共著)を取り上げたときに、「本書はなぜ「立憲主義」ではなく「法の支配」の問題を論じるのか」ということが話題になりました。当時の憲法論議の中心はもっぱら「立憲主義の危機」でした。

しかし、いまこの一見抽象的な「法の支配」が非常にアクチュアルなテーマになりつつあるのではないでしょうか。

法の支配とは?

そもそも「法の支配」とは何でしょうか。

まず「立憲主義」の理解はそれほど難しくありません。立憲主義(constitutionalism)とは19世紀ヨーロッパで生れた概念で、簡単にいえば、国民の権利を守るために、国家権力を憲法で縛ろうという考え方で、近代憲法の基本になっています。

他方、「法の支配」は立憲主義という考えの前提条件となる、より抽象的な概念です。立憲主義は法によって権力をコントロールするということですが、そもそも立憲主義が成り立つためには、”人が、つよい権力者であっても法には従わなければならない”という考えが通用している必要があります。

つまり、建物に喩えるなら、1階が法の支配で2階が立憲主義です。立憲主義がうまく機能するためには、法の支配(rule of law)の確立が必要条件です。

正しくない法にも従う?

ではなぜ人(権力者)が法に従わなければならないのでしょうか? これに関してはさまざまな考えがありますが、一番わかりやすいパターンは、法に従う人がその法律の内容的な正しさに同意している場合です。「法の内容は正しい、ゆえに法に従う」。

では逆に、法律の内容が不正であると信じていた場合には、その法は守らなくてよいのでしょうか。こうした問題は「悪法問題」として古代ギリシャ以来議論されてきた問題で、法哲学では遵法責務論ないし政治的責務論とよばれるテーマです(1)

先を急ぎましょう。法哲学に「敬譲(deference)」という概念があります。敬譲とは「あえて敬意をはらう」というぐらいの意味で、法や決定の内容的な正しさ(rightness)とはべつに「正統性(legitimacy)」という水準、つまり、たとえ内容に同意できないとしても、なおその法に従うべきだという規範を導きます。

私は、敬譲ないし正統性という概念と法の支配とのあいだには重要な結びつきがあるのではないだろうかと考えています。

立憲主義から法の支配へ

近年、立法よりも行政の働きを重視するべきだという議論があります(2)。安全保障法制にせよ、あるいは共謀罪の問題にせよ、いかに法律の内容を厳格に整えたとしても、実際にそれをどう解釈したり適用したりするのかは、けっきょく行政担当者の判断次第でどうとでもなりうる、というのがこの数年で得た学びではなかったでしょうか。

そうなると、もはやそれは「立憲主義の危機」ですらなく、法に対する尊重の理由とかそもそも「約束」や「尊敬」とは何かというような、きわめて根源的な問いへと踏み込まざるを得ない状況になってしまっているのではないか、そのような印象をもちます。

こうした状況に対応するためにも、たとえばカントのような古典的、哲学的な著作の解明が喫緊の課題です。

[注]
(1)
井上達夫『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』毎日新聞出版、2015年、127-135頁、または、『世界正義論』筑摩書房、2012年、114頁以降、また遵法責務論の研究書としては、横濱竜也『遵法責務論』弘文社、2016年、を参照。
(2)
この点に関しては、たとえば、國分功一郎『来るべき民主主義』幻冬舎、2013年、を参照。

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